台湾の蔡英文政権は、台湾海軍の懸案事項である国産潜水艦(IDS)の建造計画を推し進めている。そのIDS建造のための造船所の起工式は、台湾海軍の重要拠点がある台湾南部の高雄で、蔡総統の出席の下、執り行われた。
中国政府は、台湾がIDSの建造に拍車をかけ始めたため、台湾当局に強い警告を発している。中国にとっては何としても阻止したい台湾海軍による新鋭潜水艦の取得だが、日本を含む東アジアの戦略環境にも大きな影響を及ぼすため、米海軍や米シンクタンクなども強い関心を寄せている。
台湾海軍潜水艦とアメリカ
1988年以降現在に至るまで、台湾海軍は4隻の潜水艦を保有している。そのうち2隻は、第2次世界大戦中にアメリカが建造したグッピー級潜水艦の「海獅」(44年起工)と「海豹」(43年起工)で、骨董品と言ってもよい代物だ。
残る2隻はオランダのズヴァールトフィス級潜水艦を基にしてオランダで建造された「海龍」(82年起工、87年就役)と「海虎」(82年起工、88年就役)だ。後者の海龍級潜水艦といえども40年以上前の設計構想(同レベルの潜水艦で、海上自衛隊が使用していた「うずしお」型潜水艦は、96年までに全て退役した)で、すでにかなり時代遅れの潜水艦となっている。
すでに90年代後半には、2隻の老朽潜水艦と2隻の旧式化しつつある潜水艦しか保有していなかった台湾海軍は、潜水艦戦力の近代化を急加速させていた中国海軍に対抗するため、新型潜水艦の取得を強く求めた。その結果、2001年、アメリカのブッシュ政権が台湾に8隻の近代的潜水艦を供与すると約束した。
しかし、アメリカ自身は原子力潜水艦しか建造することができず、台湾に輸出する通常動力潜水艦を建造できなかった。現在もアメリカには通常動力潜水艦を建造するメーカーは存在しない。そのため、アメリカ政府はヨーロッパの潜水艦メーカーに建造させた通常動力潜水艦を買い上げ、それを台湾に輸出する、という方式をとらざるを得なかった。
日本の潜水艦というオプション
もっとも、アメリカ海軍にとっては、海上自衛隊の中古潜水艦をアメリカ経由で供与するのが妙案だった。なぜなら、日本の潜水艦の性能には定評があった上、アメリカ海軍と共通の武装が施されている。さらに米海軍と密接に行動している海上自衛隊が使う潜水艦と同じものを台湾海軍が使用すれば、アメリカ・日本・台湾の連携が強化されることにもなるからだ。
しかし日本政府は当時、武器輸出三原則を掲げていたため、そのようなアイデアを公式に提案することさえできなかった。また、海上自衛隊の中古艦をアメリカが買い上げ、いったんアメリカ海軍に編入し、アメリカから台湾に輸出したとしても、結局は日本から台湾に輸出することに変わりはない。そんなことをすれば中国政府による猛烈な対日圧力が予想され、日本政府がそのような圧力に抗しきれないことは想像に難くなかった。
台湾海軍が近代的な潜水艦を入手することは、中国海軍にとって最も避けたい出来事の一つである。そのため日本でも欧州諸国でも、最終的に台湾海軍が潜水艦を入手するような試みに関与する国には、中国政府は当然、最大限の圧力を加える。実際、オランダが上記「海龍」と「海虎」を台湾に引き渡した際には、中国がオランダに強力な圧力を加えたため、6隻だった建造計画は2隻で打ち切りに追い込まれたのだった。
欧州にはスウェーデン、オランダ、ドイツ、フランス、スペイン、イタリアといった多くの潜水艦建造輸出国があるが、アメリカ経由で、しかも巨額の取引になるといえども結局、台湾海軍のための潜水艦を建造しようという国やメーカーは現れなかった。
比較できないほど劣勢となった台湾海軍
以上のように、アメリカ政府は台湾当局に潜水艦を供与する約束をしたにもかかわらず、その約束は履行されなかった。その間に、台湾海軍と中国海軍の潜水艦戦力の差は急激に開き、現在では比較できないほどの差がついてしまった。
台湾海軍が老朽潜水艦と旧式潜水艦の計4隻しか保有していないのに対し、中国海軍は国際水準から見て先進的レベルの潜水艦を少なくとも18隻、近代的潜水艦を26隻、旧式潜水艦を13隻の計57隻以上の通常動力潜水艦を保有。さらに少なくとも11隻の攻撃原子力潜水艦も保有している(このほか中国海軍は少なくとも5隻の戦略原子力潜水艦を保有するが、戦略原潜は潜水艦戦力ではなく核戦略用戦力に分類される)。つまり、台湾海軍と中国海軍の潜水艦戦に投入できる戦力は4対68+で、圧倒的に中国海軍の方が強大なのだ。
このような状況では、台湾海軍が新たに8隻の潜水艦を手にしても“焼け石に水”のようなものだとして、米海軍関係者の間でも「他の手を考えた方が良いのではないか」という意見は少なくない。それでも、もし台湾海軍が海上自衛隊の運用するレベルの潜水艦を8隻保有すると想定すると、中国海軍と台湾海軍の現在の戦力バランスに多少なりとも変化が起きることは確実である。そのため、台湾海軍が是が非でも新型潜水艦をできるだけ多く手にしたいと考えるのは当然とも言える。
IDS建造計画の加速
安倍政権は武器輸出禁止という方針を捨て去った。その方針転換を受け、結局は失敗に終わったものの、日本はオーストラリアに最新鋭の潜水艦を輸出しようとしたこともある。日本がアメリカに中古潜水艦を輸出し、それをアメリカの同盟国や友好国に転売することはもはや、日本の制度上できない相談ではなくなった。
しかし、いかにアメリカと台湾のためとはいえ、中国からの猛烈な圧力を受けることになる対応を安倍政権に期待できないことは、アメリカ側も十二分に承知している。トランプ政権も日本を苦境に陥れることは差し控えているようだ。
こうした状況が続き、台湾当局はアメリカが約束を果たすことは不可能だと考えざるを得なくなった。蔡英文政権は「アメリカの支援を待つのではなく、台湾が自らの力で潜水艦を建造する」という方針を打ち出し、かねてより研究が開始されていた国産潜水艦(IDS)建造プログラムを17年頃から加速させたのだ。
再浮上した日本オプション
トランプ政権は、本格的にスタートした台湾の国産潜水艦(IDS)計画について、アメリカ企業が米国国防機密に触れないかぎりは協力することを容認している。このため、台湾がアメリカ企業から何らかの潜水艦関連技術を手に入れることは可能になるかもしれない。
しかし、アメリカ海軍関係者たちも危惧しているところであるが、潜水艦建造は水上艦艇建造とは比較にならないほど「難易度が高い」ものである。過去数十年間にわたって通常動力潜水艦を建造してこなかったアメリカ企業が関与したとして、どの程度の近代的潜水艦を生み出せるかとなると、「とても中国海軍に対抗できる代物にはなるまい」と考えざるを得ない。
そこで再び取り沙汰されるのが、「中国海軍に対抗しうる国産潜水艦(IDS)を生み出すには、何らかの形で日本企業が関与するしか方法はないのではないか?」という日本オプションである。それを暗示するかのように、国産潜水艦建造所の起工式で蔡英文総統に手渡されたIDSのミニチュアモデルは、海上自衛隊の「そうりゅう」型潜水艦を彷彿とさせる艦形だったのだ。
米海軍関係者などの間で噂になったり議論されたりしているIDSと日本の関わり、そしてそのような意見に関する検討は、次回に述べさせていただきたい。