深刻な経済危機に陥ったギリシャが、数十億ユーロの国際金融支援から何とか抜け出して1年も経たないのに、首都アテネは投資ブームに沸いている。アクロポリスの丘が見える最新式のホテルがあちこちに建っている。現金収入が必要なギリシャ人の住居に建設労働者が続々と入り込み、あっという間に短期滞在用のレンタルハウスに改装し、民泊仲介サイト最大手のAirbnb(エアビーアンドビー)に提供したり外国人向けのおしゃれな住居に変えたりしている。
ギリシャの滞在ビザを求めにやって来る何千人もの外国人。その多くは不動産を探しに来る中国人だ。アテネのほか、サントリーニ島(テラ島)やコルフ島(ケルキラ島)で住居を取得し、ヨーロッパにおける拠点にしようとしているのだ。
長年の財政危機に苦しんできたギリシャでは、持ち家のある人たちがこの投資ブームで一旗揚げようと、アパートを売ったり自宅を観光客に貸し出したりしている。おかげで住宅市場は激変している。
新たにギリシャに入ってくる人々が求めているのは、いわゆる「ゴールデンビザ」と呼ばれる査証だ。経済危機から脱却する足掛かりとして、ポルトガルやスペインが投資を呼び込むための手立てとして何年間も導入したビザだ。ギリシャの場合、最低25万ユーロ(1ユーロ=127円換算で3175万円)を住宅に投資すれば、更新可能な5年間の滞在ビザが確保される。
ギリシャは2011年に極度の債務危機に陥ったこともあって、国際的な投資活動は遅れたが、富裕層にとって格好の投資先になってきた。政府は13年にゴールデンビザの発給を開始し、ロシア、トルコ、中東諸国からの投資も募り始めた。
だが、状況が転換するには、それなりの代償が伴う。不動産価格の高騰は、住居の所有者には利益をもたらしたが、借家人は家賃の高騰に悲鳴を上げている。経済危機の影響から何とか抜け出そうと四苦八苦している労働者家族は、地域に入り込む解体業者と入れ替わるように、相次いで追い出されてゆく。
「まるでバルセロナ(スペイン)のようだ。みんな中心部から引き離されている」。4年前、それまで住んでいたバルセロナからアテネに移ってきた若い芸術家のマリア・ドローレスは言った。彼女と3人のルームメートは月400ユーロ(同5万800円)で住まいを借りていた。しかし18年11月、家主がAirbnbで部屋貸しをするか、それとも外国人に売却するかしたい、と言い出し、ドローレスたちは追い出された。
香港が拠点の不動産投資グループ「Juwai.com」の最高経営責任者キャリー・ローの話だと、かつて経済的に破綻(はたん)したこの国は、中国の中流階級には最高の行き先になるという。理由は簡単。ゴールデンビザ計画があるからだ。しかも中国人にとってギリシャだと安心して行ける。なぜならピレウス港の運営会社の株式の大半を取得した「中国遠洋海運集団(コスコ)」を含め、中国国営の大手企業がすでに多くの投資をしているからだ。彼女はそう説明した。
ローによると、中国人の顧客はしばしば現金をいっぱい詰め込んだスーツケースを持ってギリシャに飛んで行く。中国から現金を持ち出すにはそれが最も簡単だからだ。中国政府は現金の引き出し制限を課していて、1人あたり年5万ドルとなっている。しかし、例えば6人家族だと(訳注=30万ドルになるため)、不動産を購入するために現金をプールしたり中国の銀行の海外支店経由で送金したりすることはできる、と彼女は言った。
中国人の顧客がクレジットカードで不動産を購入するのを見逃すギリシャの不動産会社もいくつか出てきたため、同国中央銀行は最近、送金の精査を強化するようになった。
ギリシャでは10年以降、不動産価格が低迷し40%も落ち込んだが、回復しつつある。15年にはユーロ圏離脱の瀬戸際まで立たされたが、安定感は徐々に戻りつつあり、ギリシャの威信も観光も回復基調にある。18年に同国を訪れた観光客は3300万人を記録した。
政府機関であるギリシャ投資・貿易センター(Enterprise Greece)によると、観光分野ではトーマス・クックやウィンダムホテルズ&リゾートといった大手観光関連企業が何十億ドルも投資し、数十件のホテルやリゾート計画が実施されている。すでにオープンしたところもあるという。「我々は投資者の新たな信頼を勝ち得ている」と同センター長のGrigoris Stergioulisは言った。
18年の不動産投資は、対前年比約20%の伸びとなった。
投資家たちは、不動産の一部を利益率の高い短期滞在型のレンタルハウスに改装して現金収入を得ようとしている。このレンタル方式は、5年間で4倍に膨れ上がり、平均的なギリシャ人が払える範囲内の借家は、その分減った。Airbnbに掲載されている観光客用レンタルハウスの数が急増し、政府は規制を検討せざるを得なくなっている。
Argiro Fouraci(29)は最近、家族で数年間所有していたアパートの5区画(1区画ごとに1世帯分の居間、キッチン、風呂、トイレなどがついている)をAirbnbで貸し出し始めた。アパートはアクロポリスに近く、人気のあるコウカキ地区にある。経済危機のさなかに教員の職を失った彼女は、アパートをAirbnbで貸し出すまで四苦八苦していたが、今では税金や管理費を払っても1区画月400ユーロ(同5万800円)の収入がある。
彼女はその収入で、年金を大幅カットされた60代の両親の世話をしている。その代わり、両親は息子が始めた電子たばこ店を手伝っている。「友人のほとんどは今も失業している」と彼女。「でも私は生活できるし、家族を支えることもできる」と話した。
Stavros Siempos(53)も、この種のビジネスで生活できるようになった。彼はコウカキ地区でフェタチーズやオリーブ、その他ギリシャ産品を扱う食料品店「Pantopolion」のオーナーだ。Airbnbによる民泊が増えたことで、多くのギリシャ人が出て行ったことは彼も分かっている。「もう隣近所にギリシャ人は居なくなり、隣人はみんなAirbnbの利用者だ」とSiempos。だがビジネスとしてはうまくいっている。「観光客は金を持っているから、我々の生活も今は楽になった」と言った。
Airbnbが不動産に参入すると、ギリシャのゴールデンビザ計画が住宅市場をこじ開けた。それで住宅の価格構造も変化した。不動産価格の一覧をよく見ると、アテネとテサロニキ、それにギリシャの島々では、中くらいのアパートの1区画でちょうど25万ユーロ(同3175万円)。まさにゴールデンビザを取得できる最低ラインの投資額だ。
ギリシャ投資・貿易センターによると、ゴールデンビザ計画は過去5年間で中国、ロシア、その他のEU(欧州連合)非加盟国から約1万人の投資家を引き込み、約15億ユーロ(同1905億円)がギリシャの不動産につぎ込まれたという。ビザ購入者の40%以上は中国人投資家が占めている。
開発業者によると、中国の投資会社は、価格の安い移民地区や住民の大半が学生で、かつて治安が悪く落書きだらけのエクサルヒア地区を含め、アテネ市内のどこでもアパートビルを買いあさっているという。
多くの中国人投資家を顧客にしている不動産会社「アナスタシアディス・グループ」の最高経営責任者ヤニス・アナスタシアディスは、中国の投資会社はアパートを改装し、ビザを求めている顧客に直接販売するのが通例だ、と言った。
不動産仲介業者はアテネの空港で中国人グループを出迎え、目当ての場所に案内し、ワインや食事をふるまう。そして仲介業者と一緒に仕事をしている弁護士が、顧客に必要な納税者番号や銀行口座の取得を手助けする。買った不動産に住まなくてもビザは取得できる。だから、契約が済めば、アナスタシアディスの会社も、仲介したアパートのレンタル管理を任される。
アテネ・アッティカ不動産協会会長のLefteris Potamianosは、ゴールデンビザは不動産市場の復活に大いに役立ったが、賃貸料が高くなり、一部の地区では30%も跳ね上がった、と打ち明けた。
こうした動きに注目している活動家たちは、Airbnbが広まると、住宅問題がコミュニティー全体を脅かす、と警告している。
先述した若い芸術家のドローレスは、彼女を雇っている非政府組織(NGO)が入居していた建物も外国の投資家に買われた、と打ち明けた。彼女のNGOは「AMOQA」といい、芸術の研究と発展、それに性とジェンダー研究に取り組んでいる。
「投資会社は買い取った建物をどんどんアパートのようにしていくだろう」とドローレス。「そこに住む人びとや家族もさることながら、地域の共有空間や近隣同士のつながりまで葬り去られて、地図から消えてゆく」と語った。
彼女は「まるでドミノ効果だ。一番弱い所から倒されてゆく」と語った。(抄訳)
(Liz Alderman)©2019 The New York Times
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