スペイン東岸沖のマジョルカ(マヨルカ)島や周辺の島々は、かつて世界の金持ちや有名人がひっそりと夏のバカンスを過ごす地中海の楽園だった。太陽とさわやかな風が吹き抜ける地中海性気候。マジョルカ島に滞在した文化人は多く、19世紀を代表する作曲家のフレデリック・ショパンと恋人の作家ジョルジュ・サンドもひと冬を過ごした。
有名人は、今もマジョルカ島を訪れる。しかし、最近はずいぶん様変わりした。格安のフライトやパッケージツアーを利用して、気楽な酒の日々を過ごそうと、英国などから訪れる観光客も目立つようになってきた。
こうした酒浸りの観光客に、地元は手を焼いている。同島の港町マガルフでは、数軒のホテルがバルコニーにガラス壁を設置して酔客がバルコニーから飛び降りるのを防ぐことにした。実際プール付きのホテルでは、バルコニーからプールに飛び込む客が少なくない。だが、時にはプール外に落ちてしまう。6月初めには20歳の観光客が亡くなった。2018年に入って2件目だった。
そんな中、島の中心都市パルマで、いわゆる民泊に新たな規制が敷かれた。パルマは美しい海岸線に沿った静かでおしゃれな街だが、7月からエアビーアンドビー(Airbnb)をはじめとする民泊仲介サイトによる共同住宅(マンション、アパートなど)の短期滞在を禁止する、という厳しい規制に乗り出したのだ。ここまで観光客を規制するのはスペイン国内でも初めて。他の観光地への影響も出てきそうだ。
パルマ市長のアントニ・ノゲラは、あるインタビューに答えて「我々は住民が暮らしやすい街にしたいのだ」と述べた。「街づくりに新しい流れを生み出す。なぜなら、欧州の多くの都会が同じような問題を抱えているからだ」とも語った。
実際、各地でAirbnbなどの仲介業者に反発が起きている。アムステルダムやパリでは、こうした業者を介した共同住宅での宿泊日数を制限している。北米でもカナダ・ブリティッシュコロンビア州のバンクーバーから米ニューヨークまで、さまざまな規制が施されている。
パルマ市の決定は、こうした規制をさらに強めたいとの狙いがある。市の新規制では、民泊が許されるのは一戸建ての民家のみで、共同住宅の部屋を短期間貸し出す民泊を提供した場合、最大4万ユーロ(1ユーロ=130円換算で520万円)の罰金が科せられる。
市長やAirbnbに批判的な人びとは、今回の規制は観光を封じる措置ではなく、むしろ観光を取り込んだ街づくりのため、と強調している。
確かに観光はマジョルカの総生産の約40%を占める一大産業だ。しかし、市長たちは、短期滞在型の民泊は市の社会構造に対する攻撃だとみている。すなわち短期の民泊は結局のところ住宅供給量を減らすことになり、パルマの44万市民に深刻な住宅問題をもたらす、と。いくつかの研究によると、17年のパルマの既存のセカンドハウス市場価格はスペイン国内の都市で最も速いペースで上昇した、と分析している。
民泊の観光客にうんざりした住民たちは、抗議のポスターをバルコニーにぶら下げている。ポスターには、自撮り棒とキャリーバッグを手にした観光客を地元の女性がショッピングカートと杖で追い払う姿が描かれ、「ここは住んでいる者の街であって、訪問者の街ではない」と記している。
今回の規制はマジョルカ島と周辺の島々で構成するバレアレス諸島(自治州)の州法に基づいている。とはいえ、法自体が地域ごとに宿泊を規制することを認めているため、パルマ市として独自に規制することにしたのだ。
マジョルカ島のほか、イビサ島やメノルカ島といった同諸島で民泊を提供している家主組合の一つ、Habtur(ハブツアー)代表のホアン・ミラレスは、地元の政治家が観光ブームにうまく対応できず、十分な住宅建設もできないため、Airbnbをそのスケープゴートにしている、と批判する。一方でスペインの5大ホテルチェーンのうち四つのチェーンの拠点がマジョルカ島にあるため、政治家がホテル経営者の圧力に屈している、とも語った。
「住宅問題を解決するためにAirbnbを禁止したところで、何の役にも立たない。それどころか、禁止したら2、3の独占的なホテルに牛耳られている観光システムを民主化する動きが中断されることになる」とミラレス。
ミラレスは、老朽化したままの建物や放置されている建物が2、3残っているパルマ市内の地区をみせてくれたが、大半の建物は民泊ができるように改修されていた。市内では11年以降、19のホテルがオープンした。そのほとんどが改修されたパラシオ(大きな邸宅)内にある、小さいがおしゃれなホテルだ。
パルマ市長はAirbnbを除外することで共同住宅が住民にもっと開放されるだろうと予想している。しかし、今のところ、家賃は上昇しており、家主側が観光客より長く居続けてくれる住人を求めているという証しはほとんどない。
海岸通りに面した共同住宅を所有しているクリスティーナ・モレイは売りに出そうと考えている。借りた住人がそのうち部屋を不法占拠してしまうのが心配だから、という。
彼女はこれまで4年間、Airbnbで観光客に部屋を貸してきたが、受け入れた観光客への苦情はどこからもなかったという。「Airbnbの客が皆大声で騒いだりするなんて言うのは、悪口で侮辱的だわ」とモレイは言った。
また、地元の政治家たちがAirbnbを規制したら、観光に付随する他の問題への取り組みをやめてしまうのではないか、と懸念する声も出ている。他の問題というのは、パルマに入港する多くの客船対策やレンタカーの利用増、といったことだ。タクシー運転手のハイメ・ボニンは「街が観光客であふれかえっている現状では、まずは夏の恐ろしい交通渋滞を何とか解消しなければならない」と言い切った。
Airbnbの反対派も支持派も、今回の禁止措置がどう実施されるかという点では疑問を抱いている。
マジョルカ島のホテル連合会長、マリア・フロンテーラは「新しい規制法ができても、査察や監視体制がないなら新たな大問題が生じるだけだ」と語った。
一方、ハブツアーのミラレスは、Airbnbを禁止すれば、多くの観光収入が地下経済に流れてゆくだろうと警告する。つまりAirbnbなどの仲介サイトはきちんとした電子決済システムのため掌握できるが、禁止されると闇取引が横行するようになる、というのだ。
実際、2月には、Airbnbはサイトに登録されていない民家を仲介広告に使った、として州政府が30万ユーロ(同3900万円)の罰金を科した。同社はこれを不服として訴えを起こしている。
住民の中には、Airbnbや他の仲介サイトが急成長している時代なのに、市の対応は法的な混乱を巻き起こしているだけだ、と批判する声もある。
「パルマは悪い法律を考え出した。こんな法律なら、マドリードでもブリュッセルでも間違いなくつぶされるだろう」と市内で共同住宅の一室を民泊用に貸し出しているインマ・モラスは言った。仲介サイトの禁止はスペインの借地借家法に違反しているだけでなく、自由市場に関するEU(欧州連合)の法律にも違反している、と。
しかし、市内の近隣組合長の一人として禁止を求めてきたマネル・ドメネチは、住民には過熱している観光産業がもたらす苦痛から免れて生きる権利があるはずだ、と反論した。
「近所に住む人が年に1度の誕生祝いを楽しむのは大いに結構だ。しかし毎週毎週、頭の上でパーティーを開かれたらたまったものではない」と元教師のドメネチは言うのだ。 仲介サイトというマスツーリズムの新しい形にどう対応したらいいのか。これはパルマ市だけでなく、各地で起きている問題だが、地元の建築家カルロス・ガルシアデルガードは、英国の産業革命初期の都市を引き合いに出して、こんな話をした。
産業革命の最初のころ(訳注=18世紀後半)、工場は都市の市内に置くことが許されていた。しかし、その後工場数が増え、公害も出てきて、都会生活が耐えられなくなると、工場は郊外に強制的に移された。
「数十年前、夏になると私たちの海岸は大勢の観光客に占拠された。でも私たちはそれを受け入れた。だが今日、私たちの最後のとりでであるこの街まで占拠されてしまっては、もはや許されるものではない」と。(抄訳)
(Raphael Minder)©2018 The New York Times
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