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なぜトランプ大統領は「強い」のか 答えは宗教の中にある

ことばで見る政治の世界
マラー報告書にひるまず強気のトランプ大統領(2019年4月22日、ホワイトハウスで ランハム裕子撮影)

ウォーターゲート事件で辞任し、ホワイトハウスを去るニクソン米大統領(1974年8月)=ロイター

宗教は、日本人にはなじみの薄い話なので、そもそもの所から語りはじめよう。

1セント硬貨でも10セント硬貨でもよい、もし手元にアメリカの硬貨があったら、デザインをよく見てほしい。どの硬貨にも、”IN GOD WE TRUST”(我々は神を信じる)という文字が刻み込まれている。毎日使う硬貨に神への信仰を刻み込むとはどういうことか。これは、連邦議会で公式に定めたアメリカ合衆国の国家の標語なのである。

日本人にとってのアメリカのイメージは、映画やジャズのような大衆文化、自動車や電化製品のような耐久消費財、あるいは民主主義や自由主義などの政治理念から形作られている。アメリカ人が実はことのほか宗教的な国民であることは、私たちのアメリカ理解から欠落している。世論調査をみても、「神の存在を信じるか」との問いに、アメリカ人の8割以上がイエスと答える。ヨーロッパの先進諸国では、その割合が半分にも達しないのと対照的だ。

多くのアメリカ人が、心のどこかに信仰という小部屋を持っている。

私自身、忘れられない体験がある。21世紀の初頭、息子のブッシュ大統領の政権のとき、ワシントン特派員を務めていた。ブッシュ氏を擁する共和党支持者には、福音派と呼ばれる保守的なキリスト教徒が多い。地方組織を訪ねて、彼らの一人と話をしたときだ。「日本人は神を信じているのか」と問われた。「いろんな神様(gods)を信じている」と答えると、「神(God)はひとりしかいない」と大変な剣幕になった。こちらが「文化によって宗教のあり方は違うでしょう」と言っても聞く耳を持たない。取材そのものを中止せざるを得なかった。

もともとアメリカには、聖書の言葉を文字どおり信じて進化論を認めないキリスト教保守の大きな流れがあった。ただし、彼らは政治には口を出さず、ひっそりと信仰を守っていた。1960年代後半から、ベトナム反戦運動が盛り上がり、フェミニズムや様々なカウンターカルチャーが隆盛すると、そういう信仰心を持つ人々は、道徳的な危機意識から立ち上がり、政治運動の世界に踏み込んだ。80年代に入ると、彼らが共和党の最大の支持基盤となる。いまや、宗教保守の支持なしに、大統領候補になることは共和党では不可能であるほどだ

前回大統領選の選挙集会で、熱狂的支持者に手を振るトランプ氏(2015年11月14日、テキサス州ボーモント、金成隆一撮影)

2016年にトランプ大統領が当選した背景にも、彼らの動きがあった。大統領選が終わって間もない同年12月のことだが、民主・共和両党の草の根の活動家に話を聞く機会があった。彼らが口をそろえて指摘したのは、選挙の最後の1週間で勝敗が決したということだった。宗教保守による空前の大動員があったという。トランプ氏が大統領になれば、保守派の最高裁判事が新たに任命され、同性愛や人口中絶を認めるアメリカ社会の流れが阻止できる、という狙いだった。スキャンダルまみれで、差別的で下品な言葉遣いが止まらないニューヨークの不動産王を、彼らが支持する理由は、その一点にあった。

大統領になるとトランプ氏は彼らの希望通り、保守派の判事を任命した。さらに、在イスラエルのアメリカ大使館のエルサレムへの移転という、彼らが喜ぶアジェンダを進める。大統領は彼らとの「契約」を守っており、その約束を守る限り、宗教保守はトランプ氏を見捨てない。何があろうと、大統領を守り抜く。どんなときでも崩壊しない支持率の底堅さが、それを証明している。

「イカれた報告書にある私の証言はまったくのウソだ」と反撃するトランプ大統領のツイート(2019年4月20日)

だが、こうも考えるのである.敬虔な信仰を持っていた宗教保守の人々が本来持っていたはずの道徳心はどこにいったのだろうか。ブッシュ大統領は、大義のないイラク戦争に踏み切り、大きな間違いを犯した。だが、彼は個人として強い信仰を持っていた。若いときにアルコール依存症だったと言われるが、信仰の力で禁酒し、政治への道を進んだ。日頃から聖書を読み、自らの行動を律した。

ふと思う。かつて神をめぐる質疑で私を詰問したあの宗教保守の活動家は、いまどうしているだろう。トランプ大統領を心から支持しているのだろうか。

残念ながら、現在のアメリカの宗教保守に感じるのは、何はともあれ、リベラル派だけは許せないという「憎しみ」だけである。

これは彼らにとって信仰の一部なのか、信仰そのものが変質したのか。それとも、政治の世界に踏み込んだ宗教の宿命なのだろうか。