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「自由貿易のバチカン」は生き返れるか WTO、自分の首を絞めて陥った苦境

World Now
WTO本部の内部。昼食や打ち合わせに使われるスペース=ジュネーブ、笠井哲也撮影

高さ約130メートルまで噴き上げる大噴水が名物のレマン湖。そのほとりに立つ重厚な建物が、600人超の職員が働く国際機関WTOの本部だ。許可をもらって内部に足を踏み入れると、廊下や会議室に絵画がいくつも掲げられていた。多くが労働にまつわる作品という。

「WTOでは労働について議論することは、ほぼありません。1975年まで国際労働機関(ILO)が入っていた名残です」と、案内してくれた報道部門長のダニエル・プルジンが教えてくれた。

WTO本部からのぞむレマン湖=2月28日、スイス・ジュネーブ

WTOは、1947年にできたGATT(関税貿易一般協定)の後継として、95年に誕生した。現在、加盟国は164カ国・地域に達し、全体で世界貿易の98%を占める。カトリック教徒の総本山にも例えられるゆえんだ。

そんな自由貿易の象徴である国際機関が2000年以降、「想定外」の事態に見舞われている。要因の一つが、01年に加盟した中国を始め、インドなど新興国の台頭だ。自由貿易の恩恵を受けて各国が急速な経済発展を遂げる一方、米国など先進国は国内産業が空洞化して雇用が流出。先進諸国からすれば、自らが決めたルールで自由貿易体制を拡大していったのに、自らの首を苦しめる結果を招いてしまった。さらに当初、「自由主義経済圏」に取り込むはずだった中国は、なびくどころか、米国と覇権を争うまでに力をつけた。

スイス・ジュネーブにある世界貿易機関(WTO)の本部=2月28日

WTOでは、どんなに貿易量が少ない国も等しく一票を持つ。そんな全会一致の元で、意見調整は極めて難しい。自らの思い通りにならず、「決められない組織」にいらだちを募らせた米国など各国は、二国間での自由貿易協定(FTA)やTPPのようなメガFTAの推進へとかじを切り、WTOの枠組みを軽んじた。「自国第一主義」を掲げる米トランプ政権は、WTO脱退をちらつかせる。

「途上国」の扱いも、加盟国が不満を募らせる一因となっている。WTOでは、加盟国を途上国と見なすかどうかは自己申告制をとっている。いまや日本をしのぐGDPを誇る中国も途上国とされ、協定の実施が猶予されるなど特別待遇が認められている。

WTO一般理事会の開始を待つ日本の代表者=2月28日、スイス・ジュネーブ

紛争解決も課題だ。WTOは、貿易協議で「裁判官」として重責を担ってきた。2017年の紛争件数は月平均38.5件と前年から20%増で過去最多を記録。事務局長のロベルト・アゼベドは「WTOの紛争解決手続きは世界で最も有効な裁定システム」と語る。

だが、本来は定員7人の最高裁判事にあたる上級委員が、現在は3人のみ。うち2人は今年末にも任期切れを迎える。米国は「紛争解決に時間がかかりすぎる」「解決を超えた意見表明が目立つ」と反対し、委員任命を拒み続けている。このままでは、紛争解決の仕組み自体が機能不全に陥りかねない。

「WTOの協定は生産者の利益を軸に作られており、学問的な意味での経済厚生の最大化を目指しているわけではないが、自由貿易を推し進める哲学に基づいている」とWTOで働く日本人職員、矢野博巳は言う。

WTOルール部参事官の矢野博巳氏=3月14日、スイス・ジュネーブ

「一方で、政府が介入しながら経済を回す中国型の経済システムを明示的に禁止しているわけではない。米国の市場万能型か、それとも中国型もよしとするのか。WTOは何のために存在し、何をめざすのか。今、WTOのオーナーたる加盟国に問われているのは、哲学です」

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