転がるように駆け抜ける小さな馬に裸足でまたがっているのは、5歳から10歳の少年たち。片手にムチを持ち、1日に4~8回のレースに参加していた。
インドネシアのバリ島の近く、スンバワ島で行われる伝統的なレース、マインジャラン。インドネシア語で「馬レース」を意味するこの競技をベルギーのフリーカメラマン、アラン・シュローダー(63)が知ったのは、何げなく手に取った機内誌だった。子ども騎手の姿に興味をひかれ、2017年9月、島に向かった。
スクーターを借りて、町から20キロ離れたほこりっぽい競技場に10日間通った。入り浸ると、別の顔も見えてきた。
レースは元々、収穫を祝う行事として代々受け継がれたものだった。20世紀に島を統治したオランダ人が観戦用に変え、今は島民たちの娯楽になっている。
騎手は転落の危険と隣り合わせ。「身を守る」とされているのは、レースの前に少年たちが受けるサンドロと呼ばれる祈祷師のおはらいだけだ。
馬の保有者や祈祷師たちと顔なじみになり、普段は見ることができない祈祷の様子や、レース後に馬を水浴びさせる様子など、一部始終をカメラにおさめた。一連の写真は世界報道写真展のスポーツの部、組み写真で1位に輝いた。
おはらいだけではなく、小さな騎手たちにはしっかり防具を身につけて欲しいと願う。でも、この写真で訴えようとは思わなかった。歴史に翻弄され、形を変えながらも、島民が伝統を守り続けてきたことに心を動かされたためだ。伝統と馬への情熱。「見て欲しいのは、ありのままの姿です」
■マインジャラン
元々は文化的、儀式的なものだったが、20世紀に島を統治したオランダ人が、役人と貴族をもてなすための観戦用のスポーツに。現在は観客のほとんどが地元や近隣の人々で、レースは独立記念日や宗教的祝祭などの機会に行われる。人々が信じるイスラム教とは関係なく、土着の文化と見られている。
レースは馬の体重別に行い、勝利者には賞金が贈られ、騎手は1回のレースで400~900円相当の報酬を受けとる。少年が騎手を担うのは、小さな馬を走らせるのに体が小さい子どもの方が有利になるためで、農家の親や親戚に「稼ぎ」を期待されてレースに参加する少年たちも少なくないという。