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王室雑誌が売れるアメリカ いないからあこがれる?

World Now 更新日: 公開日:
「マジェスティ」の2018年8、10月号=高橋友佳理撮影

■6割が北米で売れる

まず話を聞いたのはマジェスティの編集長イングリッド・シュワード。1980年に創刊された月刊誌で、日本でも東京都内の大型書店などで売られている。

シュワードは84年に編集部に加わり、10年以上編集長の職にある。邦訳が出ている『ダイアナ妃の遺言』をはじめ英王室にかんする著作は20冊を超える。英国だけでなく米国のテレビやラジオでもコメンテーターを務める王室通だ。ロンドンのバッキンガム宮殿にほど近いシュワードの自宅兼編集部を訪ねると、2匹の大型犬とともに迎えてくれた。

マジェスティ編集長のイングリッド・シュワード=本人提供

その販売数は、4万4000部。決して多くはないが、6割近くが米国とカナダで売れるのだという。残りは英国と、オーストラリアやニュージーランドなど。カナダは英連邦の一部でエリザベス女王を元首として戴いている国だから分かるが、なぜ米国が? 問うとシュワードはこう言う。「アメリカでは定期購読者が多くて、彼らは王室に対して、英国人よりも批判的でないんです」。読者は高齢層が多く、女性とゲイの人が多いという。

さらに深い分析を、歴史家でマンチェスター・メトロポリタン大学准教授のジョナサン・スパングラー(48)に聞くことができた。彼は、米国人だ。彼も若い頃米国で、マジェスティを熱心に読んでいた。

■移民社会、「ルーツ」に関心

「人は、アイデンティティーのよりどころとなる、『自分はどこから来たのか』というルーツに興味があるものです。ご存じの通り、ほとんどの米国人はどこかからの移民です。私も10代の頃、自分の家族の歴史に興味を持ち、いろいろ調べました。ですが、分かったことといえば、祖先はドイツから来た、ということだけでした」

オーストリアのハプスブルク家の旗の前に立つマンチェスター・メトロポリタン大学准教授のジョナサン・スパングラー=高橋友佳理撮影

きっかけは、欧州旅行中に訪れた。まだ十代の頃だ。初めての欧州旅行で、オーストリアに行き、かつての皇帝の墓を目にした。「私は自分の先祖をたどることができない。でも王室の人たちは、歴史を中世や神話の時代までさかのぼることができる、ということに魅了されたんです」。そこから、興味は、自分の家系ではなく、王室に向くようになった。

米国人の歴史好きはよく言われることで、王室がない代わりに、裕福もしくは有名な一族にその役割を求めることがある。よく名前があがるのが、ケネディ家や大富豪ロックフェラー家など。

「特にケネディ大統領と夫人は、美術や音楽を振興させたりといった活動からも、大統領以上のもの、王室に近いものと見られていました。ケネディ大統領の悲劇的な暗殺により、ケネディ家は『悲劇の王朝』となりました。一方、ブッシュ家は、共和党支持者にとって王室のような存在になってきている。このように王室のないアメリカで、私たちはロイヤルファミリーを作り出そうとしている」なぜか? スパングラーは複数の理由をあげた。

一つに、米国人にとって王室は、「ファンタジー」であるということだ。英国のように現実のものではない、だからこそ、批判なく語れる。そしてヴェールに隠され、ミステリアスな部分があるからこそ、引かれる。それは「マジック(魔法)のようなもの」だという。

ディズニーの影響も大きい。「ディズニーが、プリンセスものの映画を次々と作ったことも大いに関係があります。米国人の多くは中産階級で、満足した生活を送っていたけれど、米国にはきらびやかな宮殿や馬車はありません。ディズニーの世界は、米国人の王室に対する想像をかきたてたのです」

そしてもう一つに前述の、米国人の歴史好きがある。いわば歴史の体現者ともいえる王や女王に、引かれる理由はそこだ。

そして、ケネディ家やブッシュ家を王室扱いするのは、その家系の連続性の中に安定性、一貫性を見いだせると思うからだという。特にトランプ大統領になって、政策が大きく揺れるなか、人々は安定性を渇望している。昨年末、第41代大統領のジョージ・H・W・ブッシュ(在任期間1989~93年)が亡くなると、その追悼報道の中にはブッシュ家の「血統」に触れるものも少なくなかった。「ですが、彼らは英国のような真の王室ではありません。もし(崇拝傾向が)行き過ぎれば、ただ無視すればいいのです」

Jonathan Spangler 1971年、米・バージニア州生まれ。ワシントンD.C.郊外で育ち、米国でハーバードに次いで2番目に古い歴史を誇る同州のウィリアム・アンド・メアリー大学で歴史と音楽を学ぶ。ニューヨークで数年働いた後、英国に渡り、オックスフォード大学でフランス君主制について学び博士号を取得。2008年から現職。