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データを駆使した医療、人を等しく救えるのか

ニューヨークタイムズ・マガジンから
illustration: Brian Rea / The New York Times

遺伝子情報などを駆使した「データ駆動型医療」が有望なのは間違いない。最新の解析手法を用いることで、健康状態を向上させることができる。将来的にはデータテクノロジーが低コストで普及していくことが確実なため、より多くの人々を救うことができるようになる。だが、ビッグデータを扱う技術には社会を平等化する力があるように見えるかもしれないが、格差を広げる恐れもある。

その理由を示唆するものの一つが、「知識格差」だ。より良い情報をすでに持っている人の方が、さらに多くの情報を入手できるということだ。例えば、私が研究している学校とコンピューターについて言うと、裕福な学校で創造的かつ高度な活動をコンピューターで行っている生徒と、そこまで裕福ではない学校で暗記型学習やタイピングを行っている生徒に出会うことがよくある。この差は、後に子供たちが平等とされる競争の場に直面した時に、一部の者が他者よりも抜きん出る方法を知っている、という形で表れる。

裕福な環境にある子供の方が多くの支援を得られるのは、金銭的な余裕だけではなく、親の側に、子供を英才教育プログラムへ参加させようとする態勢、あるいは家庭で勉強を教えるなど学業面で子供をきちんと支えられる態勢が整っているからである。こうしたことは、貧困家庭や一人親家庭で実現するのは難しい。学校の例から得られる教訓は、医療におけるデータ駆動型の診断や介入の増加は医療格差を広げるだろうということだ。裕福な人と貧しい人との格差だけでなく、新しい技術を研究したり、利用したりできる人と、できない人の格差も。

新しいデータ駆動型医療はさらなる差別を引き起こす恐れもある。法的な規制がないとしたら、例えば、生体自己制御で睡眠パターンを最善の状態に調整している人や、ゲノム解析により優れた運動の成果が見込まれる人、長期的に見てがんになりにくい人を企業が採用しようとするのをどうやって止められるだろうか? 

立法者である議員らも問題に気付いていないわけではない。2008年、米国は「遺伝情報差別禁止法」という画期的な法律を制定した。企業が遺伝子検査の結果に基づいて従業員の採用・解雇・昇進を行うことや、保険会社が保障範囲の判定のために遺伝子検査を要求・利用することなどを禁じる法律である。だが、法的な保護は簡単に覆されてしまうものだ。実際、一昨年には、同法に例外を認める法案を共和党の議員らが提出している。

ごく一部の裕福な人々だけが素晴らしいものを利用できるのでは、社会が一つにまとまることはない。この議論は、医療の向上を妨げようとするものではない。すべての人々にとって公平な成果に集中すべきだ、ということだ。新しい医療形態を誰もが公平に利用でき、平等に機会を与えられるようにするにはどうすべきか。遺伝情報などのデータから生じ得る新たな差別の形をどのようにして防ぐのか。こうした変化が企業主導でもたらされ、健康が私たちの幸福や福利のためではなく1~2時間でも多く働かせるために利用されるのをどのように回避するのか。

先進国の中では米国が唯一、ヘルスケアを基本的な権利として認めていないことを踏まえると、不平等によって、米国の医療分野における発明の才がもたらす成果が台無しにされる恐れがあることを認識すべきだ。ヘルスケアの成功度を適切に測るには、少数に対する最大限の値ではなく、全ての人の平均値と、資力も特権も最小限しか持たない人々にも与えられる最低限の機会で測る必要がある。これは、単なる公平性の問題ではない。健全な社会とはどういうものか、という問題である。(ゼイナップ・トゥフェックチー、抄訳 河上留美)©2018 The New York Times

Zeynep Tufekci ニューヨークタイムズ「Opinion」欄の寄稿記者で、『ツイッターと催涙ガス』の著者。