原子力潜水艦一辺倒のアメリカ
各国海軍が使用している潜水艦は現在、主要な推進装置に原子力機関を使用するかどうかで、原子力潜水艦と通常動力潜水艦に分類される。
通常動力は基本的に、水中潜航中は電池で推進モーターを回す。電池がなくなると、ディーゼルエンジンで推進しつつ、電池を充電するため水上に浮上するか、水上に空気吸入用シュノーケルを突き出して水面近くの水中を航行する。例えるならば、ハイブリッド自動車のような仕組みだ。原子力潜水艦が登場するまで、潜水艦とは通常動力潜水艦であり、このような潜水艦はディーゼル・エレクトリック潜水艦とも呼ばれる。
アメリカ海軍はかつては通常動力潜水艦を建造し、運用していた。しかし、原子力潜水艦を採用してからは通常動力潜水艦を捨て去り、現在は原子力潜水艦しか運用していない。それに伴い、原子力潜水艦を製造しているアメリカの潜水艦メーカーは、通常動力潜水艦を造る能力を失ってしまっている。
世界に先駆けてリチウムイオン採用した自衛隊
一方、原子力の使用に抵抗感が強い日本では、原子力潜水艦は採用されず、海上自衛隊の潜水艦は全て、通常動力潜水艦だ。三菱重工業(神戸)と川崎重工業(神戸)が建造している。日本技術陣が生み出す海自潜水艦は、世界でも屈指の性能を有していると国際的に評価が高い。
とりわけ2018年10月4日に進水した「おうりゅう」(三菱重工業が製造中)は画期的な新鋭潜水艦で、アメリカ海軍はじめ、世界各国の海軍関係者の間で注目されている。なお、「おうりゅう」が竣工、すなわち武装なども完成して海自に引き渡されるのは、20年3月の予定だ。
「おうりゅう」が世界中から注目される理由は、世界に先駆けてリチウムイオン電池を採用したことにある。
「おうりゅう」は「そうりゅう」型潜水艦と呼ばれる通常動力潜水艦の11番艦である。これまでの10隻の「そうりゅう」型潜水艦は、スターリングAIP(非大気依存推進)システムとディーゼル・エレクトリックシステムを併用する推進方式だった。この方式の通常動力潜水艦はAIP潜水艦と呼ばれ、原子力潜水艦でないにもかかわらず、極めて長期間にわたって海中に潜航した状態を維持できるため、各国海軍では先進的潜水艦として評価が高い。とは言え、実際にAIP潜水艦を建造している国は、スウェーデン、日本、ドイツ、中国など極めて少数である。
しかしながら、新鋭の「おうりゅう」からはAIPシステムが姿を消し、ディーゼル・エレクトリックシステムに回帰した。ただし、AIP潜水艦を含むこれまでの通常動力潜水艦で使われてきた鉛電池(エレクトリック推進の動力源)に代えて、リチウムイオン電池が搭載されたのである。
リチウムイオン電池の利点
スマートフォンやラップトップコンピューターなどに採用されているリチウムイオン電池は、これまでの潜水艦で用いられてきた鉛電池に比べて充電時間が大幅に短縮できるという、潜水艦にとっては何より望ましい特徴を持つ。
第1次大戦や第2次大戦中の潜水艦は、必要に際して潜航可能な軍艦という位置づけだったが、現代の潜水艦は、水中を潜航して作戦行動をとることが前提となっている。そのため、電池の持続時間を極大化するとともに、電池の充電時間を極小化することは、以前の潜水艦以上に現代の通常動力潜水艦にとっては最大の関心事なのである。
さらに、コンパクトで強力なリチウムイオン電池は、鉛電池と同じ容量の場合、発生するエネルギー量は2倍以上といわれていて、潜水艦の水中機動性能を飛躍的に向上させられる。つまりは潜水艦の作戦能力を強化することを意味する。
また鉛電池は、戦闘中などに潜水艦が激しい動きを余儀なくされた際、内部から酸素が放出されて電池が壊れたり、水素が放出されて電池が爆発したり、電池内に充塡されている硫酸に海水が浸入して有毒ガスを発生したりするといった危険性があった。しかし、リチウムイオン電池にそのような危険性はない。
このようにリチウムイオン電池は潜水艦にとって明らかに多くのメリットをもたらす。だが、かねてよりリチウムイオン電池は何らかの状況下で加熱された場合、温度の急上昇が起こり、発火・爆発する恐れがあると指摘されている。実際、スマートフォンや「テスラ・モーターズ」の電気自動車などで発火・炎上事故が発生している。しかしながら、日本の技術陣(三菱重工業、GSユアサ)は強靱で安定した隔壁や、自動消火システムなど極めて安全性の高い潜水艦用リチウムイオン電池を生み出した。
20年に「おうりゅう」が就役し、海上自衛隊によりリチウムイオン電池潜水艦の作戦運用が良好であった場合、AIP潜水艦に代わって、リチウムイオン電池潜水艦が通常動力潜水艦の花形的存在となるであろう。
限られた産地、競争リードする中国
このように期待されているリチウムイオン電池潜水艦ではあるが、このタイプの潜水艦を建造するためには高性能かつ、安全性の高いリチウムイオン電池そのものを作り出すことが大前提となる。
ところが、電気自動車や電子通信機器などリチウムの需要が急増しているのに対し、リチウムの産出量と産出国は極めて限られている。2017年には、チリはオーストラリアに次いで産出量が多く、アルゼンチンがそれらに続く。
この希少資源を巡ってアメリカや日本、ヨーロッパの企業などが開発・取得競争を始めているが、一歩リードしているのは中国だ。中国のリチウム開発会社「Tianqi Lithium」が世界最大級のチリのリチウム生産大手「SQM」の株式およそ24%を取得したことが12月に確認された。中国はそれ以外にも、希少資源リチウムの独占的支配に向け、積極的な動きを見せている。
せっかく日本が世界に誇る新機軸のリチウムイオン電池潜水艦を生み出す技術を手にしても、リチウムそのものが手に入らなければ話にならない。現代国際社会はまさに、軍事衝突など存在しなくとも、常に総力戦のまっただ中にあることを忘れてはならない。