米国では、連邦(国)の法律では娯楽用大麻の使用を認めていないが、州ごとに異なる対応が認められている。コロラド州は全米に先駆けて2014年1月から娯楽用大麻を合法化。いまでは同じ動きが10州にまで広がった。
コロラド州デンバーの空港から市中心部へは、鉄道で約40分。車窓からは、緑十字を掲げた大麻販売店の看板が目に飛び込んでくる。まるで郊外型の薬局チェーンのようだ。
コロラド州の統計によると、2017年の州内の大麻の販売業者は1000近く。14年に年間7億ドル(約791億円)ほどだった大麻の売り上げは、17年までに15億ドル(約1695億円)を超えている。今年はさらにそれを上回る勢いで、デンバーでも街中を歩けばそこかしこで大麻の販売店が目につく。
そのデンバー中心部の市街地から、車で約15分。医療用大麻の販売店に隣接した倉庫のような外観の建物に、めざす店「コーヒー・ジョイント」はあった。
娯楽用大麻を合法化したコロラド州だが、公共空間での使用は厳しく規制されている。この店は、州で初めて公共空間で大麻が使える場所としてライセンスを取得した、言わば「大麻ラウンジ」のような店だ。
「ようこそ。身分証明書をチェックします」。重たい鉄の扉を開けると、長いひげをたくわえた男性にパスポートの確認を求められた。いかつい容貌に一瞬たじろぐ。年齢の確認を終えると、にっこり笑って「どうぞ」。
中は明るく、普通の雑貨店のよう。この場で使うことのできる大麻吸引用の器具などが用意され、無料のドリンクサービスなどもある。大麻入りのお菓子などを食べることもできる。ただし、コロラド州では公共空間での喫煙が禁じられているため、煙を吸う形での大麻の使用は許されていない。
どんな人がやってくるのだろうか。訪れた時には来客はいなかったが、そのいかつい男性、マネジャーのデビッド・ヨケルソン(30)が「来客は1日30人ほど。近所の人もいるけど、州外からの旅行者が多いかな」と教えてくれた。
オープンしたのはこの春だ。「この5年で、大麻への好奇心を持つ人がすごく増えている。でも、みんなどこでどう使っていいか分からないから、ここに来る。安全な使い方を同時に広めていくことも、この店の大事な役割だと思っている」とヨケルソンは言う。
ヨケルソン自身は、東部ニュージャージー州の出身。娯楽用大麻が解禁されるのにあわせてコロラドに移り、大手の大麻製品メーカーのアドバイザーなども務めた。片頭痛と不眠に悩み、医師に大麻を処方してもらっている患者でもある。だからこそ合法的な大麻利用が広がるよう、安全に使ってもらうこと、法律を守ることに特に気を使っているという。
医療用であれば、大麻使用を解禁している州は全米30州にものぼる。わざわざコロラドに住むこともないのでは。そう聞くと「娯楽用が解禁された地域では、質のいい大麻が安く手に入る。これが大きいんだよ」と返ってきた。
医療用大麻を買うには、医師の処方箋が必要だ。そのためには医師の診療を受けなければならない。もちろん、その分手間もお金もかかる。
といって、娯楽用大麻が認められていない州では、その手続きを飛ばせば違法だ。それでも闇市場で大麻を買うとなると、密売人が売るものを買うことになる。中には出どころ不明のものも多い。
これに対して全面的に合法化された地域では販売店間の競争が起き、より良い品質の大麻を扱うことでほかの店と差をつけようという店が出てきている。
さらに、価格も下がってきた。州の調査によれば、大人向けの大麻の花の価格は、14年から17年にかけて1グラムあたり14ドル(約1580円)から5ドル(565円)へと65%も下落している。「大麻と言っても、モノによって効果は変わってくるし、体質との相性もある。それを分かって使うことで、安全性も高まる。いろんな選択肢ができたことが、この5年の大きな変化だね」
■旅行者向けに「大麻ツアー」も
2016年、コロラドには約650万人の旅行者が訪れて大麻を使った。州が依頼した調査によると、州内の大麻消費の約9%は、こうした旅行者によるものと推計されている。全米に先駆けて合法化されたことで、大麻目当てにコロラドにくる人もいるという。
旅行者向けのツアーもあるというので、どんなひとが集まるのだろうと見に行ってみた。いくつかあるツアーのひとつ、2014年から営業している「コロラド・カンナビス・ツアー」だ。
中心部から少し離れた倉庫が集合場所。この日は約30人ほどの参加者が集まっていた。飲酒していないかなどのチェックをした後、ガイドに従うといった誓約書にサイン。全体の説明を受けた後、大型のリムジンバスに乗り込む。バスはすべてブラインドが下ろされ、運転席とも敷居で区切られているので、外の様子はうかがえない。
バスが走り出してしばらくすると、女性ガイドが「みなさん、吸いたい方はどうぞ」。するとめいめいがマリファナを取り出し、たばこのように吸い始める。10分ほどわいわい言いながら吸ったあと、今度は「はい、ストップ」。ツアー客みんなが火を消してしばらくすると、バスが停車した。今度は、乾燥大麻の製造所の見学だ。
この後は製造所で精製過程などの説明を受け、販売所で大麻を購入し、買ったばかりの大麻を走行中のバスで楽しむという段取り。製造所を1カ所、販売店を2カ所巡り、最後はマリファナ吸引用パイプのガラス細工の実演を見学する。費用は99ドル(約11200円)。ワイナリーやビールの醸造所ツアーのようなイメージだ。
参加者は、何を求めて集まってくるのか。フロリダ州から来たという学生カップルは、このツアーのために旅行に来たという。「取り締まりを恐れずに大麻を楽しめるなんて、こんなに自由なことはない。信じられないよ」。「特に大麻入りの菓子がどんなものか、試してみたかったんだ」と言ったのは、ミズーリ州から来た男性(28)。同州では医療用大麻の解禁をめぐる議論が起きており、「解禁されているところで何が起きているか、見てみたかった」。
「もう4~5回来てるね」と言うのは、テキサス州から来た男性(26)。毎回ハイキングやサイクリングに、大麻ツアーを組み合わせて楽しむという。
ところがこのツアー、今年春に参加者とスタッフがデンバー市内で当局に連行された。理由は「公共空間での大麻使用」にあたると見なされたためだ。このため窓を完全に隠したほか、デンバー市内では大麻を使わないことにした。バスが止まる前に大麻の吸引をやめさせるのは、駐車地点の周辺に煙やにおいなどで迷惑をかけないためでもある。大麻使用が合法化されたとはいえ、規制とビジネスのせめぎ合いが続いていることがうかがえる。
それでもツアー会社を経営するマイケル・アイマー(36)は前向きだった。「バス内が公共空間かどうかは裁判で争っている。ツアー客が何か問題を起こしたということではないんだから」
もともと大麻ファンで、オランダなどの大麻を楽しめる国によく旅行していたというマイケル。コロラドで娯楽用大麻が合法化されれば、自分と同じようにやって来る旅行者がいるだろうと、ツアーを手がけ始めた。「狙いは大麻について学ぶことと、それを楽しむこと。大麻の悪いイメージをぬぐい去ることも大事だった」と言う。
当初は大麻を吸えるホテルなどを探すのにも苦労したが、今ではツアーがすっかり定着。マイケルの会社も40人ほどの従業員を雇う規模になり、カリフォルニアなど、その他の地域にも事業を展開している。「アルコールの害に比べれば、大麻は安全だということが知られてきた。カナダの合法化がうまくいけば、大麻がアルコールに代わる一大産業になる」と期待を膨らませている。
■州政府の収入は増えた 長期的な影響は
「合法化の前向きな効果として大きかったのは、規制された市場が拡大したことだと思います」。コロラド州歳入局マリファナ執行部門で広報担当を務めるシャノン・グレイ(32)が言った。
合法化の前には、医師の処方を受けていない人は、違法な販売業者から麻薬を手に入れるしかなかった。つまりそれだけのお金が、犯罪組織に流れ出ていたことになる。
州がコンサルティング会社に依頼した調査によると、14年時点では、合法事業者経由での販売は大麻需要全体の約65%だった。それが17年にはほぼ100%になったという。
大麻の販売には、15%の売り上げ税などがかかる。州の税収やライセンス料収入は、14年の7千万ドル(約79億円)足らずから、17年には2億5千万ドル(約283億円)近くに伸びた。税収は道路や学校建設などに活用されている。グレイは「公共の安全の健康福祉に重点を置いて状況を注意深く見ているが、今のところ合法化は成功だったと考えています」と言う。
とはいえ、大麻の使用が増えることに対しては、保守派を中心に悪影響を心配する声も残る。
カナダでは、合法化に対して「子どもが大麻にさらされる危険が増える」といった慎重論もあった。
では、合法化から5年たったコロラドではどうか。
実は、合法化後の若者の大麻使用率は、合法化前から目立った変化はなく、ほぼ横ばいと言える。一方で、大人の大麻使用が目立って増えている。また合法化を挟んだ11年から15年にかけて、大麻に関連した緊急治療室への訪問回数は35%増えたといったデータもある。
大麻合法化に慎重な市民団体「マリファナ説明責任連合」はこう批判している。「マリファナに寛容な法律は、関連産業を肥やしているが、その本当の結果は、数十年先にしか分からない」