日本企業による過去最大のM&A(企業合併・買収)となる、アイルランドの製薬大手シャイア-の買収を決めた武田薬品工業。12月の臨時株主総会で株主から承認が得られれば、年明けにも統合が始まる見通しです。
昨年始めた同社のフランス人社長、クリストフ・ウェバー氏のインタビュー連載を再開します。
本社が日本にありながら、トップを含めて経営陣の大半が外国人、社内で英語が頻繁に飛び交う――。日本企業の中でも積極的にグローバル化を進める企業を、就任から4年たったウェバー氏は、どうかじ取りしていくのか。グローバル人材の育て方、女性幹部の登用、ワークライフバランスのあり方など、幅広いテーマを聞きます。再開1回目となる今回は、シャイア-買収や、世界の製薬業界の現状などについて聞きました。(聞き手・五十嵐大介)
クリストフ・ウェバー(Christophe Weber) 1966年生まれ。フランスのドイツ国境に近いアルザス地方出身。医者の両親のもとで育ち、25歳で初めて外国に出た。オーストラリアの製薬会社で1年間勤務した後、英製薬大手グラクソ・スミスクライン(GSK)へ移籍。GSKで約20年間勤めた後、2014年6月に武田薬品社長に就任。シンガポール、ベルギーなど8カ国での勤務経験を持つ。妻と子ども2人の4人家族。
English: Takeda President Explains Why Pharma Firms Need M&A
■世界の4割を占める米国市場を手に入れる
シャイア-買収の手続きはうまくいっていますか?
状況はうまくいっていると言っていいでしょう。多くの国から買収の承認を得て、最後に残っていた欧州でも承認を得ることができました。株主の承認を得るため、株主総会を開く必要があります(12月5日に臨時株主総会を開催予定)。
我々はすでにシャイア-との統合の準備を進めています。もちろん買収で忙しくはなっていますが、それでも本業に集中し、いい業績も出せています。
なぜ今回の買収は必要だったのですか?
シャイア-の買収は、我々の会社に勢いを与え、競争力を高めることができると信じています。研究開発のための、より力強い投資を維持することができるからです。
武田は年間約3000億円を研究開発に費やしています。シャイア-の買収で、グローバル市場、特に米国市場での大きな規模を手にすることができます。今回の買収はとても大規模で複雑なものですが、理にかなっていると思っています。
■シャイアーとの経営統合、急ぐ
これまでも買収を手がけてきましたが、異なる二つの企業を統合する際に重要なことは何ですか?
シャイア-の買収について話してみましょう。最初に言えることは、明確な戦略を持つことです。特定の事業や研究開発で明確な戦略を持ち、どう組織を作るかを考える。その後はもちろん、共通の文化を作る必要があります。
私は、長期間にわたって分断された二つの組織を維持したくはありません。「武田」として統合された一つの組織をすぐに作り、みんなが一つのビジョン、一つの傘の下でいられるようにしたい。我々にとって企業が持つ価値観はとても重要です。
私たちは価値観では妥協をしたくありません。なぜなら、製薬業界はとても繊細なビジネスだからです。患者さんは消費者ではありません。彼らは病気になれば、医師から薬を処方されます。患者さんが薬を選べるわけではありません。ルイ・ヴィトンのような高級ブランドやiPhoneのように、企業が値段を決められるわけではない。貧しい人にも、豊かな人にも、人々が薬を手に入れられるようにする責任を私たちは持っています。
私たちはシャイア-との統合準備を迅速に進めています。もし買収が完了すれば、数カ月で統合を進めることも可能でしょう。
■世界でおきた業界の変化、対応できなかった日本
いま、世界の製薬業界はどのような状況ですか?
製薬産業はとてもグローバルです。多くの病気は世界各地に存在し、誰かが新しい薬を開発すれば、その活用もグローバルになります。世界の製薬業界の上位20社はすべてグローバルに、つまり世界の多くの国で事業を展開しています。
なかでも米国市場はとても力強く、世界の製薬市場のおよそ40%を占めています。中国、ブラジル、アジア太平洋などの新興国も相当な成長をみせてきました。研究開発の投資を回収するためには、特に成熟した市場が重要で、その意味では米国はとても重要です。日本も重要な市場の一つです。
興味深いことに、日本は1994年の時点で、世界市場の約20%を占めていました。それが今では7%。なぜか?米国や新興国が成長したからです。また、イノベーションもとても厳しい世界です。研究開発にはとてもお金がかかり、過去15年で飛躍的に増えました。研究開発で成功して新薬を発売できる確率はきわめて低いのです。
もう一つの傾向は、世界の医療制度は様々な理由で、相当な財政的圧力にさらされています。米国や英国では医療費が上がっています。高齢化の日本もそうです。多くの国で薬の値段は政府がコントロールしていますが、この政府が相当な財政的な圧力にさらされていて、薬の値段や、保険制度による患者さんへの支払い額を抑えようとしています。私たちはこうした状況に対応しなければなりません。
世界の製薬企業トップ10をみると、日本勢はいません。なぜ日本企業は後塵を拝しているのでしょうか。
私が1990年代にこの業界に入った時は、日本の製薬業界はとても競争力があり、心臓血管、抗生物質などの分野で、相当のイノベーションを生み出していました。ですが、過去20年でイノベーションの競争は、バイオ医薬品などの新しい分野に移っています。つまり、これまでのように化学よりも、生物学的な理解に頼るようになりました。こうした変化の多くは米国で起きており、多くの日本企業はこの変化にうまく対応できず、かつてより競争力を失いました。それでも、挽回するのに遅すぎるということはありません。
世界の製薬企業はM&A(企業合併・買収)を繰り返しています。なぜM&Aが必要なのですか?
我々の業界は、先行投資、つまり研究開発にかかる投資が巨額で、これが一つの特徴です。通常では、我々は利益の15%を研究開発に使っています。この投資は製品が発売される約20年前からおこなうもので、とても長期のサイクルです。そのため、相当な資金力を持つ必要があります。
二つ目の特徴は、特許の独占期間が切れることです。これは相当大きな問題です。我々はいくつかの大型製品がもたらす利益に頼ることがありますが、これらの製品の特許はやがて切れてしまいます。売り上げが急減することになり、新しい製品をこのタイミングに合わせるのは簡単ではありません。そうなると、コストや研究開発費を削る必要がありますが、これは企業の将来に影響を与えます。そこで、企業を統合することで、新しい収益の源を確保することができる。これが、製薬業界をM&Aに駆り立てている一般的な理由です。
■次回は、ウェバー社長が武田のトップになってからの4年間、どのように社員と対話し、会社を変えてきたかを聞きます。2018年12月配信予定です。
English: Takeda President Explains Why Pharma Firms Need M&A