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緊急出動に自動操縦ヘリ 米シリコンバレー

ニューヨークタイムズ 世界の話題 更新日: 公開日:
自動操縦ヘリ開発を進めているスカイライズの共同創設者マーク・グローデン=2018年8月22日、Jason Henry/©2018 The New York Times

米サンフランシスコの東、トレイシーのほこりっぽい平地にある小さな飛行場で、ヘリコプターがゆっくりと離陸した。赤と白の機体。ヘリは滑走路上2、3フィートの低い位置でホバリングしていた。8月も後半に入っていた。鼻先に小さな黒いボックスのようなものが付いているが、それを除けば、ごく普通のヘリコプターだ。

このヘリは、トレイシー市が緊急出動用として2019年1月に導入を予定しており、同市の職員が1週間にわたってテストを繰り返していた。だが、それは単なる緊急出動ヘリではない。警官や医療スタッフを乗せてサンホアキンバレー上空を飛行する際は、もっと野心的な企てを披露することになるだろう。鼻先の黒いボックスがそのプロジェクトの一端だ。

自力飛行が可能な小型飛行機として活動するために試行錯誤を重ねているのだ。

ヘリコプターを操縦するには、今も経験豊かなパイロットが欠かせない。しかし、今回の新しい緊急出動はシリコンバレーのスタートアップ企業スカイライズ(SkyRyse)が操作する。同社は自動運転車に使われるハードウェアとソフトウェアを多用して、自動操縦ができる小型ヘリや飛行機を増やそうとしている。テスト中のヘリの鼻先についたボックスには、360度カメラやレーダーセンサーなどが組み込まれているのだ。

だが、「自動操縦の飛行機が実際に人を乗せて飛ぶまでには、やるべきことがまだたくさんある」と、スカイライズの共同創設者で最高責任者のマーク・グローデン。「それでも、実現のための技術は開発している」と言った。

軍需企業ロッキード・マーチン社の子会社シコルスキー(Sikorsky)とシリコンバレーの別のスタートアップ企業エックスウィング(Xwing)も、似たような技術を開発している。また、ボーイング社が所有するオーロラ(Aurora)をはじめ「空飛ぶタクシー」に向けた新型の電動飛行機を製作している企業は、その中で自動操縦技術を開発している。5年から10年以内に空飛ぶタクシーの実用化を目指す米配車大手ウーバー・テクノロジーズも、当初計画では最終的に操縦士を不要にしたいと記している。

こうした計画の動機ははっきりしている。すなわち、パイロットは金がかかるということだ。しかも、パイロットはフライトの合間に休息を取らなければならない。自動操縦飛行は新たな旅客サービスをもたらし、今日の航空会社の経営を変えることにもなる。オーロラのような企業は自動操縦専用の飛行機をつくるが、グローデンのような起業家は、今ある機体を採用した方が現実的だと信じている。しかし、いずれにせよ、技術的、文化的な理由で実現までにはしばらく時間がかかるだろう。

自動操縦ヘリ開発をめざして360度カメラや画像化レーダーを装備したスカイライズのロビンソンR44ヘリコプター=2018年8月22日、Jason Henry/©2018 The New York Times

「これは単に自力飛行できる何かをつくる、ということではない」とロボット工学会社ベクナ(Vecna)の最高責任者ダン・パットは言った。パットは以前、米国防総省の調査部門、国防高等研究計画局(DARPA)にいた時、シコルスキーやその他の会社と一緒に自動操縦飛行について研究していた。彼は「安全に飛行できるのはこれだという証拠を築き上げることなのだ」と強調した。

米国の専門用語で「オートパイロット」と呼ばれる旅客機の自動操縦装置は、これまで政府と民間企業が長年取り組んできた。いくつかの点では、自動操縦機は、公道で長いこと実験されてきた自動運転車より作るのが簡単だ。というのは、歩行者や他の車で混み合う狭い道路に比べ、飛行機は広い空域で動けるからだ。しかも、飛行機やヘリコプターの操縦は、高度な手続き作業であり、これはコンピューターが得意とする典型的な分野だ。

すでに、小型のドローンは自動操縦の可能性を明示している。グーグルの元技術者が設立したシリコンバレーのスタートアップ企業スカイディオ(Skydio)は、人が森の中で木々の間を動き回っていても、きちんと付いてくることができるドローンを2500ドル(1ドル=110円換算で27万5千円)で売り出している。同社の最高責任者で、かつてグーグルのドローン配送プロジェクトにいたアダム・ブライによると、デジタルカメラや瞬時にイメージを分析する数学的体系を基にした同じ総合技術は、旅客機にも向いていたという。

ブライは「技術的な課題というのは、いろんな意味で割合単純なものです」と言った。「森の中を全速力で飛ぶことなんて誰も望んではいない。それより安全に飛行し、乗客をA地点からB地点に運ぶこと、そしてどのような状況でもきちんと離着陸できることを求めている」と。

そうは言うものの、飛行中の墜落を招く突発的な出来事はいうまでもなく、離着陸の際の不安定性にどう対応するかという課題は極めて難しい。

旅客機の場合は厳格な規則が定められている。たとえ彼らが安心して飛べるシステムを開発したとしても、航空会社は公共空域での飛行にその技術を導入するとなると、やっかいな問題を抱えることになるだろう。

だからこそ、スカイライズはトレイシー市と共同で事業を進めているのだ。同社はシリコンバレーのベンチャー企業のベンロック(Venrock)やエクリプス(Eclipse)などからの投資を含めて2500万ドル(27億5千万円)の資金を有している。それでも、市と共同し、トレイシー緊急出動サービスも現行の連邦規則の下で稼働することになる。

スカイライズのヘリコプターには、自動航行に必要な数々のセンサーが搭載されている。たとえばレーダーは自動運転車に積んでいるレーザーセンサーに似たもので、厳しい気象条件下でも周囲が見渡せる。しかし、今の段階では操縦士も乗り込み、センサーと二人三脚で航行している。ベクナの最高責任者のパットはそれを、法令機関との「信頼を醸成するための手段」と呼んでいる。

各種センサーは同時に、離陸して着陸するまでの間にヘリコプターが遭遇する膨大な情報と操縦士の反応を収集する。

スカイライズの技術者たちはこのデータを使い、ある種のバーチャルリアリティーの中で飛行コンディションを再生。それをシミュレーションしながら、航行システムを開発している。自動運転を進めている自動車メーカーの取り組みも同じような技術だ。

「我々は風のひと吹き、エンジンの故障、テールローターに巻き込んだ鳥までシミュレーションできる」とグローデンは言った。

しかし、こうした技術をトレイシーの緊急出動サービスのような形で実用化するには、まだ数年の歳月がかかるだろう。「空飛ぶタクシー」で実用化するにはさらに多くの時間がかかるかもしれない。

スカイライズが使っているヘリコプターは4人乗りのロビンソンR44。小型で静かで、同機はかなり普及している(これまで約6千機製造されている)。しかし、自動操縦装置が付けられた同型ヘリが増えるとなると、人口過密地帯ではよくないかもしれない。このためオーロラやシリコンバレーのスタートアップ企業のキティホーク(Kitty Hawk)では新しいタイプの機体を製造している。

だが、それでも最大のハードルは、法令機関や多くの人びとに自動操縦は安全だと納得させることだろう。
「多くのスタートアップ企業がこの問題に取り組んでいる」とシコルスキーの自律プログラム部長のイゴール・チェレピンスキー。だが、「そのためには何が必要なのか。その点を甘く見ている企業も少なくない」と言った。(抄訳)

(Cade Metz)©2018 The New York Times

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