『アントマン&ワスプ』(公式サイト)はアント(英語でアリの意)とワスプ(同ハチ)を模したスーパーヒーロー男女2人を軸にした、米マーベル・コミックが原作の作品。アントマンとなるスコット・ラング(ポール・ラッド、49)はもとは、前科ゆえ定職になかなか就けず、前妻のもとで暮らす娘に会うのを生き甲斐としながら、養育費をまかなうのにも苦労する男性だ。それがひょんなことからシリーズ第1作『アントマン』(2015年、MovieNEX発売中)で、身長約1.5cmまで伸縮自在のアントマンとして訓練を受け、戦うはめに。2作目の今作では、スーツを開発したハンク・ピム博士(マイケル・ダグラス、73)と娘ホープ・ヴァン・ダイン(エヴァンジェリン・リリー、39)とともに、ピム博士の妻でホープの母、行方不明のジャネット(ミシェル・ファイファー、60)を助けようと奔走する。
両作品で大きく違うのは、ワスプとなるホープのありようだ。1作目ではきっちりメークにビシッと決めた髪型、かつ動きづらそうなタイトなフォーマルスーツ姿が中心。優秀な物理学者で、かついずれワスプになりたいと鍛えているため身体能力にも長けているが、父のピム博士からはワスプとしての活動をなかなか許されずにいた。父なりの愛情と事情が背景にあるにせよ、結果として守られた存在となっている。アントマンの陰で、活躍の幅も限られていた。
それが今作では、メイクも髪型も動きやすく自然なものに。ピム博士も彼女と対等に接している。内面もより立体的に描かれ、アントマンと並び立つ主役として前面に打ち出された。その変化は、タイトルが『アントマン2』でも『アントマン with ワスプ』でもなく、並列の『アントマン&ワスプ』となった点にも表れている。タイトルに女性スーパーヒーローの名前が冠されるのは、マーベル映画初だ。主な宣伝ポスターも、アントマンが大きく描かれていた1作目と違って、2作目は日本版だと2人が横並びで、米国版に至ってはワスプがアントマンより上に位置している。
地に足ついた女性スーパーヒーロー像
リード監督は言う。「ワスプは脇役ではなく、アントマンとともに主役。これまでのマーベル映画にはなかったような、スーパーヒーローの男女コンビについて描くチャンスになった。そうしてマーベル作品である種、違った趣となっている。マーベルに新たな女性ヒーローを誕生させることができてとてもうれしい」
リード監督によると、ワスプとなるホープを演じたエヴァンジェリン・リリーはかねて、既存の映画で女性ヒーローが、荒々しい戦闘シーンでも完璧な髪型とメークで登場したりするのを見てはイラついていたそうだ。このため、リード監督は脚本に取り組む当初から、ホープの見た目や振る舞いについて「前作といかに同じにしつつ、いかに違ったものにするか話し合った」という。
「1作目のホープは企業人としての顔を持ち、父親ともうまくいっていなかった。今や和解し、彼女は今作で自分自身を取り戻している。そんなホープがいかにリアルな形でスーパーヒーローになるかが大事だった。長いあいだ鍛錬し待ち望んだホープを、もっと柔らかで、実用的な感じにしたいと考えた。だから、たとえばヘルメットを着脱しやすいよう髪型はポニーテールにし、ちょっと汗をかいていたりするようにもした。スーパーヒーローとして地に足のついた感じになるし、エヴァンジェリンも気に入った」
大手マーベルが多様性に取り組む意義
女性をはじめとするマイノリティーの登用は、ハリウッドを中心に米映画界の大きなテーマのひとつだ。女性蔑視発言をいとわないトランプ米政権の誕生に抗議した2017年1月のウィメンズ・マーチや、同年秋から巻き起こった「#MeToo」運動をはさんで、男性中心主義への批判が高まっている。だが、特に大作映画では、女性がスクリーン上でもスタッフとしても後塵を拝している場合がまだまだ多い。米サンディエゴ州立大学の「テレビと映画における女性研究センター」によると、2017年に全米興行収入上位100位入りした映画のうち、「セリフのある女性」の割合は、前年より2ポイント増えたものの、なお34%。「主要な女性キャラクター」の割合は前年と変わらず37%で、「女性の主役」に至っては前年より5ポイント減の24%だった。
それだけに、ディズニー傘下のマーベル・スタジオというハリウッド大手が、多様性に取り組むだけで意義がある。
原作のマーベル・コミックスは1939年のタイムリー・コミックスを前身とし、1961年に「マーベル」の名を冠し始めた。以来、伝説の編集者スタン・リー(95)のもとで「スパイダーマン」「アイアンマン」「X-メン」などの人気スーパーヒーローが生み出されたが、いずれも誕生したのは1960年代。アントマンが初めて登場したのも1962年で、ワスプは1963年だ。公民権法成立以前からのキャラクターを、21世紀に共感できるものにするのは工夫を要しそうだ。
そう言うと、リード監督は答えた。「ワスプが誕生した1960年代、特にメディアでの女性への扱い方は今とはものすごく違うものだったしね。ただ、マーベルは原作やキャラクターのあり方を変えるのを恐れない。私も、原作の精神をおさえつつ、この2018年に現代的だと感じられるよう、やりたいようにやらせてもらえているよ」
史上初のアフリカ系スーパーヒーローを描いたマーベル作品『ブラックパンサー』(2018年)も、原作で最初に登場したのは1966年。それが大胆な解釈と肉付けを経て今年2月に公開されるや、人種・民族・性別を超えて熱狂的に支持され、興行収入は『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』(2015年)、『アバター』(2009年)に次ぐ全米歴代3位。世界でも歴代9位を記録している。
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リード監督は語る。「マーベルは今、ヒーローのパターンをいろんな人種・民族やジェンダーに広げてスクリーン上で見せている。本当にすごい時代になったよ。1ファンとしても、映画制作者としても非常にワクワクする。多くの人たちは、自分たちの暮らしや人生を反映した物語や、今までにない視点を映画で経験したがっているし、その状況自体、とてもうれしく感じている」。マーベルは2019年3月には、女性スーパーヒーローを単独主役にした『キャプテン・マーベル』を公開予定。オール女性の『アベンジャーズ』の構想も米メディアでささやかれている。「その場合、主役はワスプだろうと私は言っている」とリード監督は笑った。
女性キャラクター陣に比べて、アントマンとなるスコットは、普段はどこか頼りなげでコミカルだ。そもそも身体的にも頭脳的にも超人的な力を備えているわけではなく、スーツを着ない限り、人類を救うような活躍はままならない。こうした普段着の男性ヒーローが、大国・米国でも人気を得たのはなぜだろう。リード監督は言う。「女性や様々な人種・民族だけでなく、男性も含めてすべてのタイプのヒーローを生み出す余地があったということだと思う。ものすごい身体能力と体格を持つ神、『マイティ・ソー』のようなスーパーヒーローもいれば、対照的な『アントマン』もいる、というのがおもしろい。スコットの一番のジレンマはワーク・ライフ・バランス。娘のため父としてどうすればいいか?というのが一番大きな葛藤だ。そこに観客が親しみを感じたことと思う」
「女性が悪役」のインパクト
『アントマン&ワスプ』について米メディアがさらに注目したのが、「悪役」をも女性にした点だ。
アントマンやワスプは、「ゴースト」ことエイヴァ(ハンナ・ジョン・カメン、28)の攻撃に手を焼く。ゴーストはどんなものもすり抜けることができる能力とすさまじい破壊力を持つ。苛烈な過去を背景に憎しみと恨みに包まれ、いわばダークサイドにおちいったキャラクターだ。『スター・ウォーズ』シリーズのダース・ベイダーをも思わせる。
ゴーストはもとは、『アイアンマン』の原作コミックで1987年に初登場した男性の悪役キャラクター。それをベースに、同じようなグレーのマスクとスーツを着せつつ、中身は女性とした。リード監督は「ゴーストはあまり知られていない敵役。だから、女性にして、これまでと違う役柄にしたらおもしろいんじゃないかと思った。ワスプが女性の敵と対峙すること自体、興味深い展開だ」と語った。
ハリウッドのみならず、映画業界で女性は長年、「守られるべき存在」または「誰かを陰ながら支える立場」として描かれ、総じて平和的な役回りが多かった。いわゆる悪女的なキャラクターは多いが、動機は嫉妬や恋愛または母性がらみなどが目立った。米サンディエゴ州立大学の「テレビと映画における女性研究センター」の前述の調査でも、たとえば犯罪組織・集団のリーダー役は94%が男性だったという。米国の過去の銃乱射事件で容疑者のほとんどが男性だった現実を考えれば、いたしかたないとも言えるが、「女性は規範を踏み外さないもの」という一般的な期待の裏返しにも映る。今年公開されたオール女性の犯罪者集団を描いた『オーシャンズ8』を含め、大作映画で「悪役」の女性キャラクターが生まれるのは、女性の役の幅を広げるためにも意義深い。
「そんな風に言われるのもうれしいことだった」。リード監督はそう言って、つけ加えた。「ゴーストはとてもパワフルだけれど、その力を負担かつ苦痛に感じている。見ている側は物語が進むにつれ、いったい誰を応援していいのかわからなくなる。敵役としての彼女に、観客が共感できるものとしたかった」。ゴースト役のハンナ・ジョン・カメンはオーディションで決まったが、「彼女はスクリーンから飛び出したかのように、ゴーストに必要なもろさと残忍さを合わせもっていた」そうだ。父がナイジェリア系でもある彼女の起用で、人種の多様性を広げる結果にもなっている。
足元の米国社会はしかし、多様化が進むにつれて、悲しいながら思わぬバッシングも起きている。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』(2017年)はベトナム難民を両親に持つ米国人ケリー・マリー・トラン(29)をレジスタンスの整備士役に抜擢。シリーズ初の非白人女性の主要キャラクターとして話題となり、アジア女性として初めて米誌バニティ・フェアの表紙を飾ったりもした。だがネット上では彼女の人種や性別、容姿を中傷する差別的な書き込みが相次ぎ、彼女のインスタグラムへの投稿にも罵詈雑言が並ぶように。彼女は今年6月、インスタグラムの全投稿を削除した。しばらく沈黙した末、8月21日付の米紙ニューヨーク・タイムズへの寄稿で、「有色人種の子どもたちが白人になりたいと願いながら思春期を過ごすことのない世界に生きたい。女性が容姿や振る舞い、あるいはただ存在するだけで吟味されることのない世界に生きたい」と語っている。
ハリウッドが多様化にいそしむ一方で、あるいはいそしめばいそしむほど、ハリウッドに代表される既得権益層やリベラルに反発し、多様化を喜ばない人たちが勢いを増している面もある。「米国を再び偉大に(Make America Great Again)」を掲げるトランプ米政権を背景に、白人至上主義者はこの8月もワシントンでデモを繰り広げ、「白人の権利が守られるべきだ」と息巻いた。
リード監督はインタビューをこう結んだ。「どういうわけか、女性のヒーローがスクリーンに登場すると、脅かされるように感じる男性が常にいる。でも、それは彼らの問題だ。この世界には男性と同じ数の女性がヒーロー的行動をとっている。映画は現実の世界を映し出さなければならない。女性ヒーローを描くのに問題を感じる人がいるとしたら、見当違いだ」