トップ科学者が新薬を送り出す
――新薬の開発は難しくなっていると言われています
新薬の開発は常に難しいと言わなければなりません。候補物質を見つけ、それが作用するかどうかを調べ、安全性と効力を確認するまでに多くのリスクがあります。他の産業と違って、試作品が動くからといって、すぐ量産することができません。
さらに例えば5年前にやっていたことと、今やっていることとが、全く変わってしまう。たとえば製薬産業はC型肝炎の根治という大きな成功を収めましたし、ギリアドはそれに大きく貢献しました。しかし、私たちはもうC型肝炎の薬(※)への投資を終え、科学的により難しいとされるB型肝炎の治療をめざしています。そして、もしB型肝炎が根治できれば、HIV(エイズウイルス)の根絶に向かいます。
つまり私たちは、より難しく、より高度な科学技術を使う方向へ自分たちを押し出しているのです。ほかの人たちが治療できなかった病気を治す、よりよい薬をつくること。それが、私たちが勝つための方法です。
※ギリアドのC型肝炎薬 C型肝炎の治療はこれまで、重い副作用が出ることも多いインターフェロン注射などが中心だった。ギリアドは2013年12月に米国でソバルディ(一般名:ソホスブビル)を1錠1000ドル(約11万円)で発売。抗ウイルス薬リバビリンとの併用で、3カ月の投与での根治にこぎ着ける画期的な低分子薬だった。続いて別のタイプのC型肝炎向けの配合錠ハーボニー(一般名:レジパスビル・ソホスブビル配合剤)を1125ドル(約12万3750円)で発売した。これまでの治療を根本から変える薬だったこともあり、世界中で値下げを求めるデモが起きたり、偽造品が出回ったりした。
――もう薬を開発するための病気がなくなってきた、という考え方はありませんか?
その考え方には賛成しません。糖尿病、がん、うつ病、パーキンソン病、アルツハイマー病などは非常に患者の多い病気ですが、まだまだ課題もあります。たくさんの企業がブレークスルーをめざしています。抗体医薬品に限らず、低分子薬もあるでしょうし、そのほかにも数多くのアプローチがあります。重要なことは、そのどれが効果をもたらすか、まだ分かっていないということです。私たちはその難題を突破する道を見つけたいと考えています。
――薬の開発は常に難しいと言いますが、それでも米国が薬を送り出しているのはなぜでしょうか。
薬の候補物質が規制をクリアできるほどに安全で、効果があると判断できる段階になるまでには、何百億円も使って試験を繰り返さなければなりません。それでも米国、特にカリフォルニアでは、投資家に、よりリスクを取ろうという態度があります。多額の資金を科学者たちに渡し、そして彼らが成功するまで、待ってくれるのです。つまりここには、非常に強く「起業家」的な投資家たちがいるのだと思います。
――その中でギリアドが、薬を送り出し続けて来られた理由は?
ひとつは科学的なリーダーシップでしょう。ギリアドの科学者は抗ウイルスの分野で世界トップの水準にありますし、がんや炎症といった分野でも、その分野をリードする科学者たちがいます。彼らの考え方や態度も大きいと思います。その分野でベストの、患者にとって最善の候補物質を追い続けるため、常にリスクを取ろうとするのです。
例えばC型肝炎薬のソホスブビル。これはもともと創薬ベンチャーのファーマセット社が開発した候補物質でしたが、私たちは「これはC型肝炎の根治に最も重要な薬になる」と考えました。その信念のもと、同社を買収し、薬の開発を完結させて商品化にこぎ着けました。
しかし当時は誰もがこの物質がこのように働くとは考えておらず、私たちはおかしくなったのではないかと思われていたのです。つまり我々は科学に基づいて、ほかの人たちが取らなかったリスクを取っているということなんです。
――では、どうしてトップ科学者が集まるのでしょうか。
彼らは新しい科学で患者を救うため、リスクを取りたいと考えています。そして私たちがどのように薬を販売し、多くの患者に届けようとしているかを評価してくれています。つまり科学者たちを動かす力というのは、「人々に何ができるか」という考えなんです。
私たちのC型肝炎薬や抗HIV薬は、日本やアメリカで商業的に非常に成功しましたし、多くの患者を救うこともできました。しかし私たちの科学者は、同じようにこれらの薬が東欧、アフリカ、東南アジアなどで人々を救っていることに目を向けていますし、それを非常に誇りに思っています。
大手とベンチャーの連携が生み出すもの
――ファーマセットの話が出ましたが、大手とベンチャー企業との連携をどう考えていますか。
極めて重要です。ベンチャー企業というのは、いくつもあります。C型肝炎の例でいけば、ベンチャーキャピタルから資金を得てC型、B型肝炎の薬を開発しようとしていたベンチャーはおそらく何百とありましたし、ファーマセットはそのひとつでした。私たちは、彼らの候補物質が最も有望だと見抜いて投資をし、製品化に必要な長期で大規模な治験を進めたのです。
――しかし「単にベンチャーを買っただけ」とも言えます。
買収当時、ファーマセットの候補物質は第2相試験の初期段階にありました。薬の開発の本当の投資というのは、規模が大きくなる第3相試験からです。ソホスブビルについて言うと、開発までの研究開発投資のうち、95%はギリアドによる買収後の支出です。確かにファーマセットは候補物質を見つけました。ただ、大きな支出、そしてリスクというのは、それを多くの患者に届けるまでのところにあるのです。
――患者から見た場合、ギリアドが参画するメリットというのは。
イノベーションが生まれる過程を考えると、私たちが参画することで、結果として新薬が生まれる可能性を高めていると思います。ギリアドのような会社がベンチャー企業を買収するのは、候補物質を開発した人たちや、初期に投資した人たちに多額の報酬を支払うようなものです。大企業に買収されても、結局、製品が出せなかったベンチャーもたくさんありますが、その場合でも、投資家は見返りを得ているわけです。いい見返りが得られるなら、より多くの人が創薬に投資しようと思うでしょう。そうして、より多くのお金が新しい科学技術に注がれるようになるなら、成功するものが増えてくるはずです。
――大手にできず、ベンチャーだからできることもありますか?
基本的に我々も同じ事をやっています。ただ、多くのベンチャーが最新の科学技術に投資し、互いに競争することが、イノベーションを生む環境になっていると思います。それに時折ですが、私たちならリスクが高すぎて二の足を踏むようなことにベンチャーが挑み、うまくいくこともあります。それが彼らのいいところでしょう。
――ギリアドは最近、大きなベンチャーの買収はありませんが、どんな企業、あるいはどんな分野に関心を持っていますか。
私たちは常に新しい科学技術を追い求め、探している、と言いたいと思います。その中でも、特にがんの領域、それから炎症の領域、さらに肝臓病の領域の三つが中核となる専門分野でしょうね。
薬の価格はどう決めたのか
――新しい薬の価格は高くなってきています。C型肝炎薬についても、「高すぎる」という批判があります。
私たちが「ソバルディ」を発売した当時、C型肝炎の標準的な治療費は9万5千ドル(約1045万円)でした。だから、(治療に必要な3カ月間の総額が)同じような価格にしたのです。世界各地で同じような決め方をしています。
しかも、何年にもわたって毎日飲み続ける一般的な薬と違って、ソバルディは3カ月、集中的に飲めばそれで終わりです。日本や米国のように、非常に積極的にこの薬が使われた市場を見てください。確かに最初の2年間はソバルディ向けの医療費は大きな額になりましたが、すぐに下がっていきました。患者がいなくなってきたからです。
しかし、その価格を理解してもらうには多くの困難もありました。つまり、ほとんどの社会と医療制度は、ウイルス性の慢性疾患が根治するという状況に適応できていなかったんです。それほど、まれなことだからです。
――売れるほど、市場がなくなっていく。
典型的な医薬品は、発売すると売り上げが毎年右肩上がりで伸びていきます。そして、特許切れの直前に売り上げのピークを迎えます。ソバルディはまさにこの逆です。ただし、我々にとっていいニュースは、私たちは100万人を優に超える人たちの疾病の根治に成功したことです。日本でも、C型肝炎のために肝硬変に苦しんだり、肝細胞がんになってしまったり、さらには肝移植が必要となったりするような人を、なくすことができている。だから、私たちは非常に前向きでいられるのです。
――一方でインドの製薬会社とライセンス契約を結ぶことで、途上国にソバルディを非常に安い値段(注:インドでは1000ドル程度)で出していますね。
同じ取り組みは抗HIV薬から始めています。世界の最貧国にいるたくさんの非常に貧しい患者をどう治療するかを考えたということです。そのためには私たちは生産規模を拡大しなければなりませんし、患者に手に届く価格に設定しなければなりません。一方で私たちは、そうした非常に貧しい経済社会が、基金や援助に依存して成り立っていることを知っています。私たちが薬を売って利益を上げる市場にはなっていないのです。
そこでインドの製薬会社と手を組み、彼らの非常に大きな生産力、品質における競争力、さらには流通チャネルを生かすことで、私たちの薬を必要とする患者たちに届けることができるわけです。
――利益が目的ではない?
これは人道的なプログラムです。利益を上げようと思っても、そうした国の医療制度では支払いはできないでしょう。たしかに、薬をつくるには利益を上げなければならないというのは、その通りです。そうでなければ、投資家が投資してくれなくなってしまう。それでも、市場を分類し、異なった価格を設定することで、商業的にも成功しながら、より多くの患者に薬を届けることに成功できているのです。
――それでも高いという批判はあります。
それは常にある批判で、私たちの宿命だと思います。私たちはスマートフォンのような製品を売っているのではなく、人々が生きるために必要な製品を売っているからです。ですから常に政府との交渉が発生しますし、商品を出すのが遅れることもあります。それは大変残念なことです。
しかし私たちの目標は、常に各国の政府と協働し、より多くの人に薬を届けることです。そのために、その国の予算に見合う公正な価格をつけたいと思っています。しかし必ずしもすべての国が、そうしたお金を払おうと思っているわけではないんです。日本はいいと思いますが、そうでない国もあるのです。
――日本の製薬業界について、どう見ていますか。
日本の製薬市場は世界で最も力のある市場の一つであり、いい規制があり、いい医療費制度があると思います。製薬会社についても、非常にいい科学技術を持っています。例えば私たちの抗HIV薬エルビテグラビルは、日本のJTが見つけたものです。つまり候補物質発見や、その開発において最新の科学技術を持っていると思います。私は、確かに米国は世界をリードする存在だと思いますが、日本も、今もトップのうちのひとつだと思っています。
Gregg H. Alton/1966年生まれ。カリフォルニア大バークレー校卒、スタンフォード大でJD(法務博士)。法律事務所でヘルスケア、IT分野の企業買収やファイナンスなどを手がけた後、1999年にギリアド入社。ゼネラルカウンセル(法務責任者)を経て、2009年から副社長(Executive Vice President