クマからもらった1万5千の笑顔/アルベルトの場合
クマを背負ったアルベルト
標高1500メートルを超すイラゴ峠の昼下がりの日差しは強烈で、気温は40度近い。もうろうとしながら歩いていると、反対側からモコモコした白い物体が近づいてきた。1メートルほどのクマのぬいぐるみを肩車した巡礼者だった。
あっけにとられてやり過ごしてしまった後、すぐにカメラを手に追いかけた。
「どうして担いでいるの?」
「みんなを笑顔にしたいんです」
スペイン人の元IT技術者アルベルト・アギロ(28)は笑みを見せた。
「どこから背負っているの?」
「聖地の先にある町のゴミ捨て場で見つけたんです」
「えっ、ゴミだったの?」
「そう。それで彼を拾って、出発点まで戻ろうと決めたんです」
なぜ?なぜ?と疑問があふれて、なかなか状況がのみ込めない。
かいつまむと、こういう話だ。
アルベルトは今年1月、失恋と失業などが重なってうつ病を発症し、家に5カ月間ひきこもった。そのとき唯一、自分がやりたいと思えたのが巡礼だった。治療にと6月、仏南部から歩き始めた。
大西洋に面した巡礼の終着点フィステーラに向かう道中、ゴミ箱の上に捨てられたぬいぐるみを見つけた。背負ったら面白いかも、と担いでみたところ、周りの人たちが大笑いしてくれた。こんなに喜んでくれるなら何かしたい、と思い立ち、そのまま担いで歩き出した。
約60キロ先のフィステーラで巡礼を終えた際、1週間ほど滞在した宿に「担いで歩きたい人がいたら渡してください」と託して、バルセロナに帰った。
心身はすっかり元気になっていた。でも、技術者として会社のコンピューターの前で8時間過ごす生活に戻る気にはなれなかった。フィステーラに戻って仏南部まで逆にたどりながら、この先のことを考えることに決めた。
宿に電話してそう伝えると、「ぬいぐるみはまだここにいるけど、よかったら一緒にどう?」と尋ねられた。「だれも担がないなら、僕が担ぐしかない」。聖地にあやかって「サンティ」と名付け、復路は二人三脚でたどることにした。
サンティを見て笑顔になった巡礼者を数えて歩いて14日目となるこの日、笑顔になった人は5000人を超えた。インタビューの途中も、巡礼者がスマホで写真をとって声をかけてきた。「重いの?」「だいたい4キロ。その上とても暑いんです」。また一つ、笑顔が増えた。
アルベルトは言う。「いろんな巡礼者と出会って、パートナーや仕事に悩むのは誰でも同じだし、自分は自分のままでいいんだ、と思うようになれた。今度は僕が巡礼者を笑顔にする番です」
約1カ月後。アルベルトが開いたフェイスブックのページをのぞくと、同行者が増えていた。巨大な「トラ」のぬいぐるみを担いだ巡礼者がとなりを歩いていた。笑顔の数は1万5000を超えていた。