研究拠点は「認知症サービス開発センター」。センターが入る建物は、晩年アルツハイマー病になった作家アイリス・マードックの名を冠し、全体がモデルハウスのようになっている。
段差が目立つよう薄い水色で縁取られた階段で2階へ。そこには、個人の居室や病室、リビングルームなどのモデルルームが並んでいた。
居室の真っ赤なドアには、腰が曲がったお年寄りにもわかりやすいよう、住む人の名前が書かれたサインが1.2メートルの高さに貼られていた。ドアの横には、若いころなど思い出しやすい時代の写真を飾り、「ここが自分の部屋だ」と認識しやすいようにしている。
室内の棚はガラス張りで、中の物が見えやすい。洋服を入れたたんすも、開けなくても引き出しの中が見えるデザインだ。
寝室とひと続きになった浴室は、段差があると誤解されないよう、フロアの色のトーンをそろえている。模様もない。トイレは周りの風景に溶け込まないよう、便座を赤くして目立たせてあった。
デザインの対象は生活環境全般にひろがり、家や病院の設計から内装、家具まで多岐にわたる。色だけでなく光や音響も工夫している。時間帯によって光の強さや色を調節できる照明を導入したり、認知症の人を混乱させやすい騒音をカットしたりなどはその例だ。
「ここで認知症にやさしいデザインの研究が始まったのは25年以上前です。ソーシャルワーカーだった女性が、認知症の人たちの行動や振る舞いをよく理解したうえで、物理的な環境が認知症の人たちにどう影響するのか、どうサポートすればよいのか、人々に助言するようになったのが始まりでした。以来、その原理を磨き上げてきたのです」。主任建築家のレスリー・パルマーさんは話す。
センターには国内外から視察が絶えず、オーディオ機器を使って見学もできる。認知症の人にやさしい色使いや、音や光の影響を学ぶ一般向けの単発講座もあり、医療従事者や老人ホームなどの経営者らが参加している。入所施設をつくる日本の企業に協力する計画もあるという。