――どうして、スウェーデンの通信教育を受けようと思ったのですか?
在宅医療を15年ほど前から始めました。老人ホームなどで訪問診療するなかで、認知症の方が適切なケアが受けられているのかな、という問題意識を持ちました。特に、日本だとプライマリーケア(初期診療)が根付いていないので、認知症の診断が遅れてしまいがちです。3年前から、世田谷区と一緒に、認知症の方に「初期集中支援」に取り組む中で「住みなれた地域に暮らしていくためのケアと医療を充実させるためには、もっと勉強しなければいけない」と思っていました。
しかし、日本では、開業をしながら学べるような機会が見つからない。知り合いの医師から「カロリンスカ研究所が、一般医のために認知症ケアを教えるコースを始めるらしい」という話を紹介されて、悩んだ末にやってみようと。
――具体的に、どのように勉強されたのですか。
一緒に始めたのが、スウェーデン人3人とドイツ、ルクセンブルク、ギリシャ人が1人ずつ。このグループに担当教授が1人つきました。
授業の内容は、解剖学、診断学から症状への対処、地域連携、終末期ケア、ささえるための社会システムに至るまで、網羅的です。短いビデオ講義もありましたが、むしろ、「認知症と運転免許」とか「権利擁護」といった実践的な課題についてレポートを書くことに大きな割合を占めていました。レポートを書き、それをウェブにアップし、コメントをもらうことの繰り返しです。もう一つ、今回のコースでよかったのは、カロリンスカ研究所が厳選した重要論文を読むように導いてくれたことです。これで、国際的な流れがつかめました。
――コースの紹介文を見ると、「週に10時間の勉強が想定されている」と。
いや、大変でしたよ。僕はあまり英語が得意じゃないので、もっと時間がかかったんじゃないかな(笑)。この2年間、週末はほぼ全て、自分のレポート書きと、他の参加者のレポートにコメントをつけるのに費やしました。オンラインでレポート重視だったので、自分の都合のよい時間帯に勉強できるのは助かりました。
想定外だったのは、僕以外は、みんな認知症の専門医だったのです。最初から議論がすごく深い。自分の抱えている患者の症例もたくさんあげてくる。でも、面白かった。各国の違いや共通点も見えてきました。どこの国でもプライマリケア・レベルでは認知症がうまく診断されていない。認知症の人の数はすごく増えているので、専門医だけではとても追いつかない。もっとプライマリーケア・レベルでの認知症の初期診断を徹底しなければ、というのです。
認知症の特徴は、本人に病識、つまり病気にかかっているという意識がないこと。海外で家庭医に定期通院する習慣がある国は、早めに検出しやすいですね。なるべく、早期に介入すれば、本人や家族が落ち着くのも早い。
――日本とは違うと感じたことは?
たとえば、海外では基本的に、認知症の患者を精神科病院で診たり、入院させたりすることはまずない。ほとんど老年科で対応します。日本で精神科病院への入院が増加傾向にあるのは、国際的に見てとても奇異なことですし、精神障害扱いされていることの裏返しですよね。
地域でのケアが不足しているということだと思います。「日本で精神科病院に入院した認知症患者の平均在院日数は944日」というデータをレポートで紹介したら、同じコースの医師からは「うちの国でも、確かに入院で対処しなくちゃいけないBPSDはあるけれど、せいぜい数週間だ。なんで、そんなに長く入院するんだ?」と不思議がられました。
――どうして、そうなるんでしょうか?
日本でも薬によるコントロールはすぐつくと思います。でも、家族が疲弊してしまっている。施設も受け入れない。精神科の先生は「帰したくても帰せない」と、よくおっしゃいます。地域のケア力が乏しく、施設ケアのレベルも不十分なので、結局、精神科病院で預かるしかないという悪循環に陥っているんだと思います。
スウェーデンでは、シルビア王妃が設立した組織が、看護師に認知症ケアの研修を行っていますね。日本でも、地域のケア力をレベルアップする取り組みが必要です。日本で私どもがやっている「初期集中支援」も、家族とか介護スタッフに、認知症の人とどう向き合うのか指導するのに多くのエネルギーを使っています。
――日本の認知症ケアは国際的にどう評価されているのでしょうか。
世界一、高齢化が進み、500万人近い認知症の人がいる日本は、海外から注目されています。オレンジプラン(厚生労働省が2012年に策定した「認知症施策推進5か年計画」)や、新オレンジプラン(2015年に関係省庁が集まって決めた「認知症施策推進総合戦略」)を紹介すると、「それはどこに行けば英語で読めるのか」と聞かれる。でも、厚労省のサイトを見ても英訳はありません。他の国では公用語のほか、英語バージョンをセットでつくっていることが多い。国際的な評価を受けるためです。日本政府による発信はかなり少なく、国際的な評価が受けられないのは残念ですね。
オレンジプランにも、世界の様々な国の施策を研究した結果が反映されていますし、また初期集中支援をはじめ、日本の認知症施策についても世界が注目していると思います。いまや認知症は世界的な課題であり、世界の様々な取り組みや知見を合わせることで、取り組みの精度やスピードを上げることが出来るでしょう。高齢化が最も進んだ国である日本からも、どんどん世界に発信していきたいと考えています。(終わり)