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「ポータブルトイレ自立」の三つの柱

LifeStyle 更新日: 公開日:
長野中央病院のポータブルトイレたち photo:Hamada Yotaro

排泄は脳卒中患者とその家族の最大の関心事の一つであり、在宅復帰の最大の条件である。排泄の介助は介護者の負担感が大きく、患者本人の自尊心も傷つけやすいからだ。長野中央病院のリハビリテーション病棟(56床)では、排泄がリハ治療のなかで重要な役割を果たしている。

当院がリハビリ病棟を開設した1980年ごろは、長野市にはリハビリをできる施設はなく、リハビリ専門のスタッフも全くいない時代だった。看護師を中心に「しもの世話が自分でできる」ことを目指すことが患者さんのためになると信じて取り組んだ。ただ、看護師は日夜、しもの世話に追いまくられ、「ウンチ、オシッコまみれの青春」という状態で、簡単には活路を見いだせなかった。しかし、取り組みを続けるなかで、ポータブルトイレでの排泄が自立してできるようになるために、三つの柱があることが見えてきた。

一つめは、患者さんの体力づくりだ。立ち上がり訓練を導入したところ、劇的に体力が向上した。車いすから手すりをもって100回前後立ち上がるのだが、それだけでベッドから自分では起き上がれなかった患者が起き上がれるようになり、ポータブルトイレに移れるようになる。そんな患者さんが増えたのだ。毎朝、みんな一緒に、レクリエーションのように取り組んでいる。

二つめは、「マイトイレ環境の整備」だ。一つひとつのベッドにポータブルトイレと移乗用の手すりで、自分専用のトイレ空間をつくる。当院オリジナルの「らくらく手すり」や「スーパーらくらく手すり」を作るなかで、「マイトイレ環境」はより安全で移りやすい形態へと進化してきた。ポータブルトイレの進歩や数を増やし、患者一人ひとりに「マイトイレ環境」を用意できるようにした。

三つめは、オムツ外しの取り組みだ。ベッドに「マイトイレ環境」をつくったことで、介助でポータブルトイレへと誘導することが容易となった。トイレに座ることが可能な患者には尿意や便意がなくても、時間を決めて介助でポータブルトイレに移す。これを看護師たちは基本方針にするようになった。

ポータブルトイレが使えるということは、起き上がり、立ち上がり、方向転換に加え、ズボンの脱ぎはき、トイレのふたを取るという一連の動作が、誰の助けもなくできるということ。リハビリで必要な体力やバランスを獲得した結果で、これを繰り返せば、さらなる強化を期待できる。自分が行きたいときに行けるようになれば、排泄を我慢する必要もなくなり、尿路感染や失禁が少なくなる。不安感がなくなり、夜間の不眠が無くなったりもする。何よりも、自立したという自信がリハビリテーションへのやる気を高める。

長野中央病院の中野友貴医師とポータブルトイレ(右下) photo:Hamada Yotaro

体の機能が回復するに従って、患者さんの排泄自立のレベルはステップアップしていく。
(1)介助なしに自分でポータブルトイレが使える
(2)車いすに乗ってトイレまで行き、立って安全にパンツを脱ぐことができる
(3)歩いてトイレまで行ける
――という具合だ。それぞれの自立度にあわせて許可を出すので、トイレや廊下で転倒するリスクは低くなる。身体の機能の向上に応じて排泄の自立道を上げていくこのやり方を「自立重視型排泄アプローチ」と呼んで実践し、学界にも発表するようになった。

実はリハビリテーションの学界では、ポータブルトイレを使わず、洋式トイレを使うべきだという考え方が強い。プライバシーを侵害し人権に反するとして、使わないことを宣言し、誇る病院もある。したくなったら、スタッフがトイレに誘導するというのだ。

だが、こうした病院は、「各部屋に個別のトイレ」とか「人員配置が基準以上に手厚い」という一般の病院では望めない条件を整えていることが多い。普通の病院で、そうした介助をどこまでやりきれるのか。患者には病的な頻尿を訴える人もいて、誘導が間に合わずオムツにしてしまうリスクが高い。であれば、自分でポータブルトイレを使えた方が安心できる。

また、在宅に復帰した後のことを考えれば、ポータブルトイレに慣れておいた方がよいはずだ。退院するとき、いきなりポータブルトイレを渡しても使いこなすのは難しい患者が多い。安全確実に使うには、入院中から総合的な取り組みが必要だ。

ポータブルトイレは臭いが問題といっても、すぐ便器のフタをして迅速に処理すれば、オムツ交換するよりずっとましだ。カーテン1枚でしか隔てられていないベッドサイドは、プライバシーには良い環境とはいえないが、同様の障害を持つ者同士の暖かな支え合いの中で許容されるのではないか。4人部屋でも、みんな使っていればお互い気にならないし、自立へのステップアップを応援しあう関係にもなれる。
(構成・グローブ編集部 浜田陽太郎)