シンガポールで、日本製のトイレを病院に売り込むことで、高齢化社会に貢献しようと奮闘するビジネスマンがいる。日本の衛生陶器最大手TOTOの現地販売店を率いるホンサン・ガンさん(55)だ。
19歳の時、マレーシアからビジネスのチャンスを求め、単身でシンガポールに移住した。電化製品の営業マンをしていた頃、知人からシンガポールに進出していたTOTO製品を扱わないかと持ちかけられた。トイレに個人的な強い思いがあったたわけではなかったが、実際に製品を見て「シンガポールで流通しているどのトイレよりも優れている」と一目惚れした。
だが、商売はなかなかうまくいかなかった。大きな需要がある住宅分野で、TOTO製品は、より価格が低い他社製品の後塵を拝していたのだ。ガンさんは、「シンガポールでは政府系の集合住宅が多い。建設費を抑えるために政府は安いトイレを好むので、半額近い価格の英国のメーカーに太刀打ちできなかった」と言う。
転機は1999年。政府から依頼を受けたコンサルタント会社から、障害者施設のトイレ改修のコンペに参加しないかと誘われた。施設は当時でも築30年以上。老朽化でトイレが汚くなり、入所する障害者がストレスを感じて使いたがらないというのが、改修の理由だった。施設に到着すると、建物に入る前からアンモニアの悪臭が立ちこめていた。
どんなトイレが必要なのか――。ガンさんは1年以上かけて施設に週2~3回通い、入所者のトイレの利用法を聞き取るなどして、トイレをめぐる状況を徹底的に調べ上げた。便座の高さや手すりの設置、尿ハネを掃除しやすい床など、トイレの中の構造まで事細かに企画・設計した。「粗悪な製品では意味がない。TOTOの製品は高いかもしれないが、高品質のものを使わないと、障害者にとって使いやすいトイレにならない」とガンさん。品質の良さをアピールする売り文句でコンペに勝利した。トイレは完成後、利用者からも、使いやすいと好評だった。「いい製品を出せば、困っている弱者を助けられる」。そんな思いが、ガンさんの心に強く刻まれた。
ガンさんが次に狙いを定めたのは、高齢者が長い時間を過ごすことの多い病院だった。急速に高齢化が進むシンガポールでは、障害者と同じように、高齢者も使いづらいトイレ環境で悩んでいる。「病院なら資金もある。品質は抜群だが高価格のTOTOでも食い込める」と考えた。03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の流行で、感染症対策の必要性が高まり、トイレ改修や感染源の特定などのため、病室内トイレの需要が出てきたことも後押しした。障害者施設の改修の実績を知った財界人も応援してくれた。
こうしてシンガポールの10病院でトイレ販売の実績をあげ、ビジネスも軌道に乗った。「建設が計画されている病院の6割ぐらいでTOTOを採用してもらうところまできた」という。ガンさんは言う。「最も高品質のトイレを売り込めば、高齢者のトイレ環境を改善することになり、高齢化社会への貢献になる。もちろん収益アップにもつながる。ウィンウィンですね」(杉崎慎弥)
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