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「実は世界は、より平等になっている」と言うエコノミスト

World Now 更新日: 公開日:
ブランコ・ミラノビッチ氏=米ワシントンで、江渕写す

――世界の所得分布をめぐるあなたの興味深い論文を読みました。リーマンショックまでの20年間で、世界の所得上位1%と、真ん中の30~60%の人々は所得が6割以上増えているのに、上から10~20%の人々はほとんど増えていないという研究です。これをどのように読み解けばいいのでしょう。

「世界の真ん中あたりの人々、たとえば中国やインドネシア、タイなどアジアの国々の働き手にとっては、この20年間は極めて良い時代だったということです。これらの働き手は、所得がほぼ倍増しています」

「これに対し、世界の所得上位20%前後の人々、つまり、豊かな国のなかでの中・低所得層には厳しい時代でした。なかでも重要なのは経済規模の大きな米国や日本、ドイツの3カ国です。これらの国の中・低所得層は、所得がわずかしか伸びなかったか、あるいは、まったく伸びませんでした。一方で、世界のトップ1%にあたる人々、これは米国だと上位12%、日本だと上位4%にあたりますが、この人たちにとっては大変良い時代でした」

――新興国の中間層が拡大し、先進国のトップ層が富を膨らませた一方で、先進国の中間層が割を食ったという構図ですね。これらの現象は互いにどう関連しているのでしょうか。

「たとえば中国の急成長で膨大な中間層が生まれたのはご存じの通りです。米国などの先進国にとっては、中国などからの商品の輸入や、仕事の海外への移転を通じて、国内の雇用が減りました。言葉を変えれば、グローバル化は先進国の多くの人々の利益にはつながらなかったのかもしれません」

――あなたが分析対象にしているのは「所得」の分布です。所得には賃金だけでなく、政府からの手当や、利子・配当なども含まれますが、賃金はどのぐらいの比重を占めていますか。

「世界でもっともトップの層は、所有する資産が生み出す利子や配当などの収入がありますが、それ以外の人々の収入は大半が賃金です。ですから、私の説明は基本的には賃金の話と受け取ってもらってかまいません」

――世界の所得をめぐるこうした変動は、グローバル化によるものが大きいのでしょうか。ITなど技術の進歩を重視する研究者もいますが。

「大きく分けて三つの流派があります。一つ目はグローバル化の影響を重視する人たち、二つ目は技術革新に注目する人たち、三つ目は制度や政策のせいだと考える人たちです。私がどれかと聞かれれば、グローバル化を選びたいと思います。テクノロジーの影響はある特定の国内、たとえば米国内の所得分布を分析する場合は魅力的になりえますが、世界全体の所得の変動はグローバル化の影響の方が大きいですから」
「ただ、概念上はグローバル化と技術革新を分けられても、実際には混然一体となってはっきり区別できるものではありません。たとえばパソコンを考えましょう。パソコンの半導体は、かつては最先端の商品でしたが、安く大量生産できるようになり、いまはほとんどアジアで生産されています。安いパソコンが大量に出回ったせいで、人手がかかっていた事務処理などを代替し、雇用にも影響するようになりました。この現象はグローバル化でもあり技術革新でもあり、互いに密接に関係し合っているの
です」

――世界では所得の格差が広がっているというのが一般的なイメージですが、あなたは論文で格差が縮まっていると指摘しています。

「そうです。世界はより平等になっています。それは主にアジアの国々の成長によるものです。主に、いまはインド、かつては中国です。それらの国々は規模が大きく、高い成長率を記録しました。これによって世界全体での格差は実際に縮まっています。世界の格差が全体で縮まるのは、産業革命以来のことだと言っていいでしょう」

「産業革命以降、欧州と北米が、そして日本が豊かになりました。一方で中国とインドは貧しいまま、あるいはもっと貧しくなりました。これらの国々の所得格差は1960年代から固定化したままだったのですが、2000年前後からその差が縮まってきたのです。今起きているのは、産業革命以来となる、世界の賃金のガラガラポンです」

――ただ、各国内での格差は拡大しています。

「重要なのは、グローバルな格差の縮小と、ほとんどの国の内部での格差拡大が、同時に進んでいるという事実です。中国でも日本でも米国でも、そしてあのスウェーデンでも、国内の格差は広がっているのです」

「政策は国ごとに決められています。国内の格差拡大に対して政策が直接なにかできるとすれば、トップの富を再分配することぐらいでしょう。ほかにもたとえば、関税を上げて輸入を食い止める、通貨の価値をいじる、という方法も可能性としてはありますが、こういうやり方はその国の経済にとっても、世界経済にとっても成長の妨げになります。グローバル化にあらがわないで何かするとすれば、教育を改善し、普通の働き手への再分配を強化することでしょう」

――世界の格差が縮まる一方で、各国内の格差が広がる傾向は、このまま続くのでしょうか。

「どうなるかは分かりません。もしインドが、またはタイやベトナム、インドネシアがいまのような成長を続けることができたら、同じような傾向が続くことになるでしょう。しかし、事はそう単純ではありません。たとえばアフリカがどうなるかにもよります。アフリカの人口は増えているので、アフリカの多くの国々が、いまのエチオピアやナイジェリアのように成長を始めた場合は、また大きく世界の所得分布を変えるでしょう。私はそれには悲観的ですが」

Branko Milanovic 世界銀行のエコノミストを経て、現在はニューヨーク市立大学に在籍。世界の所得分布研究の第一人者。著書に「不平等について 経済学と統計が語る26の話」(みすず書房)など。