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巡礼者群像編⑤ スカーレットとマルティンの場合

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フェイスブックを停止して巡礼を始めたスカーレット・ウィンター=9月、スペイン北西部サンティアゴ・デ・コンポステーラ、村山祐介撮影

親友の見分け方・つくり方 スカーレットとマルティンの場合

本当の友達って何だろう。若い巡礼者たちは多かれ少なかれ、それを探りながら歩いていた。
ニュージーランド人の高校生スカーレット・ウィンター(18)は、フェイスブック(FB)やインスタグラムといったソーシャルメディアのアカウントをすべて停止して巡礼に出た。「世界があまりにもめまぐるしくなり過ぎて、自分が迷子になったように感じていました」

FBを始めたのは12のとき。ちょっと時間があるとスマホをいじらずにはいられなかった。友達も、一緒に過ごす間すら画面から目を離さない。「みんな中毒です。ソーシャルは人々を分断していると思う。だから私たちの世代はいつも孤独なんです。私は画面の中ではなく、自分自身で人生を生きたくなったの」

巡礼中は、昔のことは一切忘れ、出会った巡礼者たちといる今のことだけを考えようと決めた。足の痛みが「今、ここにいる」という現実を実感させてくれた。

アカウントが使えなくなっていることを知って、「大丈夫?」とメールをくれた友達がいた。気にもとめない友達もいた。「誰が本当の友達か、誰が自分の人生で大事なのかが分かりました。たくさんの友達はいりません。少なくていいから、親友がいればいいんです」

アカウントは知り合った巡礼者と連絡をとるため再開する予定だ。でも、もう振り回されるつもりはないという。

親友ができないことを悩む若者もいた。

カフェで私に声をかけたマルティン・シェフチック=9月、スペイン北西部サンタ・マリーニャ、村山祐介撮影

聖地の西85キロ、かつて「地の果て」と信じられていた岬フィステーラに向かう途中のカフェ。テーブルにパソコンとカメラ、資料を並べて原稿を書いていた私に、チェコ人の大学院1年マルティン・シェフチック(22)が声をかけてきた。どうして聖地を過ぎてまだ歩き続けるのか、という話になった。

「サンティアゴ大聖堂のミサに出たとき、探していた答えが分かったんです。でも、どうすればいいのか分からなかった。だから、僕の巡礼はまだ終わっていないと思ったんです」

私は自分が記者だと明かし、カメラの前で語って欲しいと切り出した。マルティンはためらうことなくうなずいた。まるで、予期していたかのようだった。

何を探していたの?私はカメラを向けた。

「友達はたくさんいるんですが、どう頑張っても深いつながりを持てないんです。それはなぜなのだろうと」

答えは?

「僕は子供の頃から殻に閉じこもってきました。喜びや悲しみといった深い感情や自分の内面を共有しないで、深いつながりなんてできるわけがないんです。だから、殻を壊さなくてはいけない」

殻は壊れた?

「その途中です。いま、まさに、この瞬間も」

ん?この瞬間に? 首をかしげた私にマルティンは初めて笑顔を見せた。

「僕は普段、カフェで会った見ず知らずの人の前で、こんな深い感情を打ち明けません。しかもカメラの前でなんて!」

見知らぬ外国人記者に声をかけて、カメラの前で話す覚悟があるなら大丈夫。私はそう確信した。