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「大学信仰」をやめて、手に職を

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イングランド東部、グレート・ヤーマスにある職業訓練校。30代以上の大人も多く通う=江渕崇撮影

アリソン・ウルフ教授=ロンドン市内で、江渕崇撮影



――グローバル化が進んだ世界で、雇用のありようはどう変わっていくのでしょうか。

私たちの世界がどこに向かっていくのかをめぐり、人々は奇妙な考え方をしてきた面があります。それは、あたかもみんながオフィスに座り、素晴らしい思考を巡らせるようになる、というものです。しかし、もちろん、実態はまったく違います。

ほとんどの人は、グローバル企業では働きません。そう、人間はいわば「血と肉」です。私たちは家に住み、食べ物を食べ、服を着て、子育てや介護をする。時に病気になったりしながら。だれであろうと、こうしたことの一つひとつが重要なのです。

革新的で創造的な、いわゆるプロフェッショナルな仕事はわずかですが、そこばかり注目されてきました。結局のところ、現実にほとんどを占めるのは、親の世代がやってきた仕事とそう変わらない仕事なのです。

――とはいえ、技術の変化で仕事のあり方が大きく変わっている面もありますが。

一つ例を挙げましょう。いまや工場では多数のロボットを使っています。そのため、過去にあった仕事の多くはすでに存在していません。しかしながら、何百万もの人々がコンピューターなどのメンテナンスをしています。かつての機械のメンテナンスのようにオイルにまみれてはいないものの、マシンを整備して、この世界がうまく回るようにするという意味では、まさに同じ種類の仕事です。

このように、一定の技能を必要とするようなタイプの仕事は膨大に存在します。レストランでの調理、家のメンテナンス、保育、建設などです。これらはすべて何らかの職業トレーニングを必要とします。大学で教わるわけではありません。

問題は、あまりに多くの人が大学に行っていて、また、皆が子弟を大学に行かせたがっていることです。ここにほとんどの国が解決できていない緊張関係があります。その結果、大学へ行ったはいいが、なんの職業訓練も受けておらず、かといって、トップレベルの仕事に就けるわけでもない人たちが量産されてしまっているのです。職業訓練が見直されるべきです。

――英国では、技能のいる仕事は、かなりの部分を移民が担っていますね。

そうです。日本はまだそこまでいっていませんが、私たちは職業訓練を終えた人々を国外から輸入しているのです。英国にこんなにたくさん移民がいることの理由の一つは、私たちが例えば建設作業をする人や看護師の養成をあきらめてしまったためです。それは、英国民が良質な職業訓練を受け、職を得る機会が減ることを意味します。

――とくに生涯学習や職業訓練のプログラムで学ぶ大人の数が、英国では2012年ごろから減っています。

総合大学への投資はそれほど減っていません。むしろ、収入ということでいうと、大学はこの数年は大変恵まれてきました。私たちは大学の拡大をやめて、お金を生涯教育や職業訓練の学校に回す必要があります。

――英政府は緊縮政策を進めてきましたが、なぜ、ほかでもなく職業訓練の予算が特に削られたのでしょうか。

私は、答えはある意味とても単純だと思います。政治家はみな大学に行っているし、人々も子供が大学に行くのはいいことだと思っています。また、政治家たちは大卒者が増えれば増えるほど、経済がよくなると信じています。しかし、今の世界経済を見てください。大卒者はかつてなく増えていますが、経済が昔よりよくなったわけではないですよね。それなのに、彼らは大卒者こそ経済が求めるものだと信じて疑わないのです。だから、緊縮政策を実施しているさなかであっても、大学にしわ寄せはいっていません。

イングランド東部、グレート・ヤーマスにある職業訓練校。30代以上の大人も多く通う=江渕崇撮影


――社会に存在する仕事の質が大きくは変わっていないとすると、では、グローバル化はいったいどのような影響を英国の雇用に及ぼしているのでしょうか。

もちろん、かなりの影響があります。大きく二つを挙げましょう。一つはEUの影響です。EUはある意味、グローバリゼーションのような考え方を具体化した存在です。EUがあることで、東欧で訓練を受けた人が英国に来て働いています。それによって、英国の若者の雇用機会が失われているとも言えます。

もう一つ興味深いのは、ロンドンという存在とほかの地域の関係についてです。ここロンドンは経済の中心で、グローバリゼーションはこの街にとって血液のようなもので、その恩恵ははかりしれません。一方で、残りの地方はロンドンで起きていることへのねたみが渦巻いています。

私は、グローバル化はよいものだと信じています。自由貿易は大変重要です。しかし、その恩恵はあまりに不平等に分配されています。ロンドン以外の地方は、グローバル化を素晴らしいとは思っていないのです。

さらにやっかいなのは、グローバル化への適応に成功した産業があれば、為替レートは上昇します。ただ、それは経済のほかの部門にとっては競争力が失われることも意味します。この国ではロンドンの金融産業が膨大な富を生み出しましたが、金融が優秀な人材を根こそぎ奪ってしまうことなどを通じて、ほかの地域のほかの産業に極めてネガティブな影響が及んでいるのです。

――新興国の働き手や、ITに仕事を奪われることで、先進国では条件のよい仕事が減ると言われています。そんな世界で、職業訓練の充実はどの程度、解決策になりうるのでしょうか。

もちろん職業訓練や教育の充実だけで問題が解決するわけではありません。確かに、多くの仕事は、安定して守られたものではなくなりました。しかし、それが強調されすぎたと思うのです。たとえば人工知能(AI)が普及したとしても、今の農業や工業のあり方からそこまでかけ離れたものにはならないと思っています。徐々に自動化が進むということでしょう。ただ、重要なのは人々が人生のなかで新たな仕事に就くために、技能を学ぶ機会を十分に用意することです。

――いま世界で起きている反グローバル化の動きは、200年前に労働者が機械を打ち壊した「ラッダイト運動」の現代版ではないかと思うのですが。

まさに私もそう思いますね。2008年までは多くの人々の生活は厳しかったものの、みんなが少しずつよくなってはいた。しかし08年以降は貧しい人がもっと貧しくなってしまった。これは紛れもなく現代版のラッダイト運動です。

ブレグジットはほんの始まりに過ぎません。私は欧州の未来を本当に心配しています。また、米大統領選でトランプが勝ったら、なんでも起こりえます。グローバル化が止まることはないでしょうが、国家は次々にバリアを築き始めるでしょう。現代のラッダイト運動を起こしている人々は、200年前と違って、今やみな投票権を持っているのですから。

(インタビューはトランプ当選前の9月に行った)



Alison Wolf 
ロンドン大キングスカレッジで公共政策を講じる。英国政府が進める職業訓練改革の青写真となったレポート「ウルフ・レビュー」を2011年にまとめた。