仮想水とは、ロンドン大学のアンソニー・アラン名誉教授が1990年代に提唱した考え方。食料などを輸入する際に、その生産に必要な水も輸入したことになると考えて、輸入した水の量を計算したものだ。食料を他国から輸入すると、その生産に必要となるはずだった水を国内で使わないですんだことになる。
水資源というと飲み水や、炊事や洗濯に使う生活用水が思い浮かぶ人も多いかもしれないが、実は世界の水資源取水量の約7割は農業用水として利用されており、工業用水は2割、生活用水は1割程度に過ぎない。
日本のカロリーベースの食料自給率は38%(2016年度)。雨が多く水資源が豊富な日本だが、多くの食料を輸入に頼っていることもあり、仮想水の輸入量も大きい。東京大学サステイナビリティ学連携研究機構の沖大幹教授らの試算では、日本の主要穀物(大麦、小麦、大豆、トウモロコシ、コメ)と畜産物(牛肉、豚肉、鶏肉)についての仮想水総輸入量は年間約60兆リットル以上にのぼり、国内での灌漑に使う水の量を上回る。日本人1人あたりで計算するとおよそ50万リットルで、仮想水輸入量は世界一と考えられるという。
一般的に、穀物と畜産物では、仮想水の量は畜産物のほうが多くなる。家畜の場合、エサの穀物が育つのに必要な水の量も加算されるためだ。沖大幹教授らの研究では、1キログラムを生産するのに必要な水は、小麦では2000リットル、コメでは3600リットル。一方、鶏肉では4500リットル、牛肉では2万700リットルにもなると推計されている。
日本への仮想水の輸入量の内訳(下の図)では、一見すると、とうもろこしや大豆、小麦などの農作物の割合が半分以上を占める。ただ、輸入されるとうもろこしの7割は飼料用であり、大豆も油の搾りかすが飼料として利用されるため、畜産物にかかわる仮想水の輸入は見た目よりも多くなる。国産の鶏肉や牛肉であっても、飼料が外国産だと、仮想水貿易という点では海外依存度が高いことになる。
沖教授はこう語る。「日本は農畜産物を生産するために必要な平地が少ない。コメだけだったら何とか自給できるかもしれませんが、食肉を生産するのに必要な飼料用作物を育てるだけの土地は足りません。日本人が現在の食生活を続けていくためには、ある程度、仮想水の輸入量が多くなるのはやむを得ないと考えられます」
日本の仮想水の輸入先を表したのが、上の図である。アメリカが最も多く、次いでオーストラリア、カナダ、ブラジルなどからの輸入が多いことがわかる。こうした現状を、どうとらえればいいのか。
「基本的には、1人あたりの水資源量が多い国から少ない国に、仮想水は貿易されていると考えることができます。水が豊富で食料生産に余裕がある国の水資源を有効に使っているとも考えられるわけで、仮想水の輸入量が多いことが必ずしも悪いというわけではありません。数十年使ったら枯渇してしまうような水資源を使ってつくられた食品を輸入し続けることは持続可能性を考えると問題がありますが、現状でそうしたケースの割合は数%程度と考えられ、決して多くない。全体としてみれば、仮想水貿易による恩恵の方が大きいと考えられます」
「水資源問題は、これまで地域ごとのローカルな問題と捉えられてきましたが、食や工業製品の輸出入を通じてグローバルなイシューになってきたと考えられます。まずは、どの国にどれくらい私たちの食生活が支えられているのかを知ることが第一歩です」
私たちが日々、口にしている食品は、遠い他国の水資源を使うことで生産されているものも多い。目に見える世界の裏にある地球規模の水の循環を知ることは、持続可能な社会を考えるための土台になりそうだ。
PROFILE
東京大学サステイナビリティ学連携研究機構教授沖 大幹さん
おき・たいかん/1964年生まれ。地球上の水の循環を総合的に研究する「水文学(すいもんがく)」が専門。気象予報士の資格も持つ。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書の統括執筆責任者。著書に『水の未来 グローバルリスクと日本』(岩波新書)など。国連大学上級副学長も務める。
提供:三菱商事
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