1. HOME
  2. World Now
  3. アメリカに住む父、母はいま何を 家族の絆はSNS頼み

アメリカに住む父、母はいま何を 家族の絆はSNS頼み

Re:search 歩く・考える 更新日: 公開日:

移民が多い東部地域のサンホセグアロソにある公民館で、パン工場の従業員たちに「親族に移民はいますか」と尋ねた。

「きょうだい4人が米メリーランド州にいます」

「息子2人が、仕事を探して米国に行きました」

挙手をお願いすると、ためらいがちに周りの様子をうかがいつつ、結局、7人全員が手を挙げた。

前日に訪ねた東部チランガの小中学校でも、教員や生徒らほぼ全員が手を挙げた。一人が言った。「誰もが、家族の誰かが米国にいる。これがこの国の現実です」

米国への移民は昔からあったが、1979年から12年間続いた内戦時代に加速した。

激しい戦場となった東部地域から米国へ逃れる人が相次ぎ、92年の和平合意後も、経済低迷で仕事を求める人波が続いた。2001年の2度の大震災で約150万人が被災したときも多くが米国に避難し、米政府は支援策として一時的な在留資格(TPS)を与えて滞在を認めた。2010年代には青少年ギャング「マラス」による治安悪化で、子どもや家族連れが増えた。

内戦、経済低迷、大震災、マラス――。苦難に満ちたこの国の歩みを反映して米国に渡る人は増え続け、エルサル外務省の2015年の推計では、いまや在米移民は約290万人。この年の国内人口は推計約640万人で、実に3人に1人が米国にいることになる。

移民の多くは、家や地域社会を担うはずだった働き盛り世代だ。父母が去った家には子どもたちと祖父母らが残された。

内戦中に左派ゲリラの拠点があった山岳地帯にある東部ペルキンは、国内で最も貧しく、移民も多い地域の一つだ。小中学校で生徒たちに身の上を聞いて、私はがくぜんとした。

ヤケリン・アルグエタ(15)の車整備工の父は14年前に、母も翌年に米バージニアに移民として渡った。それ以来、両親とは電話やスマートフォンのアプリ「ワッツアップ」で週23回、やり取りするだけだ。「一緒に暮らしたいですが、陸路で米国に向かって失敗したおばの話を聞くと恐ろしくて、私には行く勇気が出ません」と話した。

アロンドラ・ボルハ(16)は45年前に米国に働きに出た父と週3回、ワッツアップでテキストメッセージのやりとりしている。家の改装や塗装の仕事をしているが、どこに住んでいるのかは「知りません」と首を振った。

ファニー・サエンス(15、写真右)は生後1カ月のときに父が米国に渡り、9歳のときに母も後を追った。異父弟のエクター・アルグエタ(13)は、7歳のときに両親が同時に米国に行った。それ以来、連絡は毎日のSNSが頼りだ。

エスタンレー・ペレス(15)も、大工の父が12年前に米ワシントンに出稼ぎに行ったきり戻らず、母と暮らしている。父とは毎日、テキストメッセージのやり取りをしている。米国に行くつもりがあるかと聞くと、「うーん」と考えた後に、「たぶん」とうなずいた。

学校を運営するペルキン教育機会基金代表のロナルド・ブレネマン(59)によると、児童・生徒の35割が両親ともに、そしてほぼ全員が親族の誰かは米国にいるという。「親がいないトラウマで学習障害を抱える子もたくさん目にしてきました」。在留許可を持たない親がエルサルに一時帰国後、米国に再入国するのは容易ではなく、米国に行ったきりになることがほとんどだ。「親が十数年間、家を空けている間に、残した子ども自身がいまや親になっています。電話や送金、テキストメッセージだけで家族関係は築けません」

首都サンサルバドルから、エルサル移民の約3分の1が住む米ロサンゼルスまで陸路で5千キロ近く。それでも、父や母に会うために米国に向かう子どもたちは後を絶たない。

米国境警備隊の統計によると、13年度にメキシコとの国境で検挙された家族連れと子どもは約54千人だったが、14年度に約137千人と倍増した。移民の総数が減少傾向の中、家族連れと子どもは高水準が続き、17年度は約117千人と全体の約4割を占めた。エルサルでは、政府とマラスの「停戦協定」が崩れ、殺人件数が急増した時期とも符合する。

在外移民を担当する外務副大臣リドゥビナ・マガリン(53)は、移民が米国を目指す主な理由として、社会経済的な状況と治安悪化、そして家族の再会の三つを挙げる。「渡米は子どもではなく、在米の親が決めること。ほとんどの子どもは祖父母らとの生活にすでに慣れていますが、親は子どもに来て欲しい。それで密航手配業者の甘言に乗ってしまうのです」と指摘する。

しかし、メキシコを縦断して米国に密入国する旅路は危険なうえ、米国で再会できても、離れて暮らした年月を埋めるのは簡単ではない。マガリンは「米国に暮らす両親がすでに離婚していることも多く、とりわけ十代の子どもにとっては、再婚後の新しい家族との暮らしや米国での新生活になじむのはとても難しいことです。結局、親元を離れて、在米のおじやおばに身を寄せるケースも少なくありません」と話した。