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「難民大国」ドイツ 歓迎政策のゆくえは

World Now
ベルリン中心部にある難民キャンプには子どもたちの声が響き渡っていた=杉崎慎弥撮影

紛争が続くシリアやアフガニスタンなどから昨年、大勢の難民が欧州にたどり着いた。ドイツは首相のメルケルの意向で、戦火を逃れてきた人たちを含む100万人以上を迎え入れた。どう受け入れているのかを知りたくて、ドイツに飛んだ。

「Fluchtlinge」。首都ベルリンで地下鉄に乗ると、隣に座る男性が読む新聞の1面に「難民」を意味するこの単語が躍っていた。ドイツ滞在中、取材のために覚えたこの単語を、タクシーの中のラジオやホテルで見るテレビニュースで、繰り返し聞いた。

ドイツ人が「110万人の難民」を、最初に迎え入れる場所を見るため、ベルリン市内の難民キャンプを訪ねた。ドイツでは、元兵舎や学校なども使って避難してきた人を受け入れてきたが、施設が足りず、テントや住居用に改造した運搬用コンテナまでも使っている、と聞いたからだ。

零下の冷え込みのなか、住宅街を抜けてたどりついたのは、300人が暮らす巨大なドーム形のテントだった。中は掃除が行き届いていて暖かく、クッキーやコーヒーの香りがほのかにした。入り口の広いホールで、男性たちがスマホをいじり、子どもたちがサッカーゲームをして大声を上げる。珍しい日本人である私に笑顔でついてくる子もいた。

避難してきた人は、ドイツに16ある州のキャンプなどに割り振られて難民申請する。その後、各市町村に移住させられ、5カ月前後かかる審査を待つ。

受け入れに熱心だと聞いて、中部のゴスラーを訪ねた。世界遺産の街並みを誇り、5万人が暮らすこの町は、毎年約200人ペースで進む人口減少に歯止めをかけようと、空き家を活用して、約700人を受け入れた。市長のオリバー・ユンク(40)は、「人口が減れば経済規模も小さくなる。市がいまのような生活を保つには、難民の力が必要不可欠だ」と話した。自動車部品工場やリサイクル業などで難民が活躍する姿を思い描き、企業や経済界に協力を働きかける。

労働不足の解消に期待

かつては有数の工業都市だった西部のドルトムント(人口約57万)では、難民向けの職業訓練が進んでいた。

中心部の住宅街にある歯科技工士の事務所を訪ねると、シリア難民、ムハマド・アルダバック(18)が、電動ドリルを使ってプラスチックの入れ歯の土台を整える訓練を受けていた。昨年9月から訓練中で、ドイツ語も同僚と会話できるレベル。「将来、この仕事をできる限り続けたい」と滑らかに話した。責任者のアンネ・タナート(33)は「働きたい彼と、人材を必要とする我々の双方に利益になる」と言った。

この職業訓練プログラムは、約2万の技術系事業者が加盟するドルトムント手工業会議所が、昨年2月に始めた。電気工やパン屋などの手工業者の平均給与は企業の事務職を下回るとの調査もあり、希望者が少ない。担い手不足の解消策として、手工業会議所は難民の活用を思い立ったという。

17歳から34歳の20人が週5日、語学や文化の講義を受け、その後、地元企業で訓練を受ける。1人あたり5000ユーロ(約63万円)の費用がかかるが、手工業会議所会長のベルトルト・シュレーダー(55)は「ドルトムントの未来への投資だ」。政府からの支援も得て、今年は受け入れ人数を100人に増やす。

自動車大手のダイムラーや電機大手シーメンスなどの大企業も、難民向けの職業訓練と語学コースを合わせたインターンシップを始めた。連邦政府の諮問機関「ドイツ経済諮問委員会」によると、こうした取り組みがうまくいけば、2020年までに50万人の難民が職を得る可能性がある。

政府や経済界も、ドイツが直面する人口減と労働力不足という課題の解決に、難民を役立てようと考えている。ドイツの公益法人「ロバート・ボッシュ財団」の推計では、ドイツの労働力人口は30年までに610万人(約12%)減る。有力シンクタンクは、50年までに年間28万~49万人の移民を欧州域外から受け入れないと、税収が減り社会保障制度が成り立たなくなると指摘している。

こうした事態を見据え、政府は過去10年以上、労働力となる移民の受け入れに積極的に取り組み、制度も整えてきた。ドイツは、1950年代から70年代にトルコから出稼ぎにきて定住した大勢の「移民」を受け入れた経験がある。その時に、ドイツ語教育などが不十分だったため、多くのトルコ人がドイツ社会にうまく溶け込めなかった。その反省もあって、05年施行の「新移民法」では、600時間のドイツ語学習などからなる「統合コース」を難民や移民向けに導入した。

年間2兆円超のコストめぐり賛否

問題は、難民の生活支援や教育、職業訓練などにかかるコストだ。独Ifo経済研究所は、受け入れにかかるコストは、16年は210億ユーロ(約2兆7000億円)に上ると推計する。

受け入れに賛成する人たちは、難民のための住居建設や語学教育はドイツ国内で行われるため、GDPを押し上げるとみている。国際通貨基金(IMF)は、難民支援への支出で、ドイツのGDPが20年までに年率0.5~1.1%押し上げられると試算する。

一方、独シンクタンク「ZEW」所長のクレメンス・フューストは、独紙への寄稿で、難民対策への巨額の支出は財政悪化を招きかねないと警告。過去にドイツに来た難民は、移民に比べて、社会に統合されるまでの時間がかかったことを示すデータがあるとして、「難民が近い将来に国家財政に大きく貢献するとは期待できない」と指摘する。

昨年の大みそかに、西部の大都市ケルンで難民申請者も関与した女性への暴行事件が起き、難民の増加が治安悪化につながるという見方も広がる。独公共テレビZDFの1月の世論調査では「難民による犯罪が増えるか」という質問に66%が「ja(はい)」と回答。「ドイツは難民にうまく対処できるか」との問いに57%が「nein(いいえ)」と答えた。

難民とは?なぜ6000万人も?

2014年末の国連難民高等弁務官(UNHCR)の推計では、国外にいる難民は約2000万人。これに加え、自国内で避難生活をする国内避難民(IDP)は3820万人に上る。15年は難民とIDPは計6000万人を上回る見通しだ。

昨年、欧州諸国に来た100万人以上の難民らに対し、各国の対応はばらばらだった。ドイツやスウェーデンが積極的に受け入れた一方、ハンガリーは入国制限に動き、デンマークは財政負担を軽くするため、難民の財産の一部を没収できる法律をつくった。

難民条約は、難民の受け入れ国に、自国民と同等の公的扶助や社会保障を提供するよう義務づけているが、強制力はない。受け入れるかどうかや、その後の処遇は各国の裁量に委ねられていて、難民の生活費も、受け入れ国が負担する。保護が手厚い国に難民が殺到すれば、そうした国の負担は大きくなる。

難民の9割近くを受け入れる中東やアフリカの国々の負担は、欧州よりも大きい。シリアから約250万人を受け入れるトルコは、国家予算の約6%にあたる100億ドルを難民支援に使ったという。全人口の4分の1に相当する数のシリア難民が暮らすレバノンの状況も厳しい。パレスチナ難民に加え、約63万人のシリア難民を受け入れるヨルダンのアブドラ国王は2月、国家予算(約85億ディナール=約1兆3600億円)の4分の1を難民支援に充てていると英BBCに明らかにし、「国民の心理状態は沸点に達している」と語った。

状況を改善するため、EUは昨年、トルコに30億ユーロ(約3800億円)の援助を表明。日本も昨年、シリア難民支援に8億1000万ドル(約920億円)を出すと発表した。世界銀行などは、難民受け入れ国向けの基金創設を検討している。

難民支援の根本的な変化を求める意見も出ている。英オックスフォード大教授のポール・コリアーと同大難民研究センター長のアレクサンダー・ベッツは昨年秋、米外交評論誌「フォーリン・アフェアーズ」に共同論文を発表。ヨルダンを例に、「経済特別区をつくり、ここに企業を誘致してシリア難民を雇用し自立の道を与えていくべきだ」と提言した。

新たな支援については、スイスで1月に開かれた世界経済フォーラムの年次総会(ダボス会議)でも、著名投資家ジョージ・ソロスが持ち出し、「経済特区は新たに流入する難民の受け皿にもなる」と評価した。難民支援策は、5月に日本で開催されるG7伊勢志摩サミットでも主要議題になる見通しだ。

難民と移民の違い

難民は、外国に移り住むという点では、移民と同じだ。国連によると国境を越えて移住した人は2015年は2億4400万人。このうち8%を占める難民は、迫害などを移住の理由としている点で、単なる移民とは区別される。

難民を定義する基本原則は、1951年に締結された「難民の地位に関する条約」(難民条約、148カ国加盟)。「人種、宗教、国籍、政治的意見などを理由に迫害を受けるかその恐れがあるために他国に逃れた人」と難民を規定し、受け入れた国に保護を義務づけている。

難民問題に詳しい大東文化大教授の小泉康一は「東西冷戦時代、旧共産圏から逃げてきた人々は『条約上の難民』に当てはまった。だが、他の理由で移住する人が増え、難民の概念は複雑化した」という。

難民の範囲は条約を超えて拡大してきた。60年代以降、世界各地で紛争が多発し、国外に脱出する人が増加。条約難民以外も難民として保護すべきだとの議論が高まり、アフリカでは紛争から逃れた人も難民とする地域条約が結ばれた。UNHCRも紛争を逃れる人を難民とみなす。いまでは、紛争に加えて性的差別などの人権侵害で国外に逃れた人も、難民として保護するのが国際的な考え方になっている。だが日本は条約難民のみを難民とする原則を保つ。

政情不安や経済の悪化などを理由に難民申請する人も増え、難民と移民の境目はあいまいさが増す。

一橋大名誉教授の伊豫谷登士翁は「いつの時代も、場所を問わず人は豊かさを求めて移動してきたが、グローバル時代になって、人の移動はますます制限できなくなっている。国際社会は政治的な理由で逃げる人を難民、それ以外を移民と定義するが、厳密には分けられない。区別すること自体が政治的な作業なのです」と指摘する。

(杉崎慎弥)