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一体化強めるメコン地域、意識せざるを得ない中国の動き

World Now
ハノイの市場には、色とりどりの野菜や果物が並ぶ=佐々木学撮影

流域国と日中の思惑

中国とインドの2大文明に挟まれた東南アジアを、時に結び、時に隔ててきた大河メコン。王国興亡や植民地支配、独立闘争や東西冷戦の影響を受けた「戦火のインドシナ」の時代をへて、カンボジア、ラオス、ミャンマー、タイ、ベトナムの流域5カ国に、ようやく一体性が生まれつつある。

東西につながる新たな物流の開拓に期待を寄せる日本、南北に自国の権益ルートを押し広げようとする中国──。日中の思惑も交錯し、人びとの暮らしや、都市や村の姿は、いやおうなく変化を迫られている。

しかし、グランドデザインのないまま経済成長の階段を駆け上がる国々に注ぎ込まれる投資や援助は、やや過熱ぎみだ。その勢いは、危うさを感じさせるほどだ。

日本にとっても、欠かせない関係になりつつあるメコン流域国。そこで目の当たりにした変化のダイナミズムは、予想を超えていた。

イオンで「にぎりずし」/カンボジア

photo:Sasaki Manabu

カンボジアの首都プノンペンのシンボル「独立記念塔」から南東に1キロ。メコン川近くに、日本人になじみの赤紫色の看板が見えた。2014年6月に開業した大型商業施設「イオンモール」だ。

2月の午後、モールは多くの家族連れや若者らでにぎわっていた。カンボジアでは米ドルが流通しており、食品売り場には「にぎりずし」(8貫入り5.42ドル)やカット野菜と肉がパックされた「鍋セット」(5.5ドル)などが並ぶ。子どもを連れてよく来るという飲食店経営の女性シータ(34)は、「いままで見たこともなかった外国の食材や衣料品、最新の電化製品が手に入るようになった。イオンはカンボジアに暮らしの近代化をもたらした」と話す。

市場や露店で、ハエがたかる肉や野菜を買うことに慣れていたカンボジア国民にとって、清潔で明るく、エアコンの利いたショッピングモールは衝撃だった。生鮮食品は温度が管理され、店員は礼儀正しくお辞儀をする。開店からわずか1年で、カンボジアの総人口に相当する1500万人が訪れた。

「最初に来た時は、原っぱだったんですよ」。設立から関わる営業担当の瀬野幸一郎は振り返る。「今ではカンボジアで最も人が集まる商業施設です」

カンボジアの経済成長率は04年から07年まで2桁台を記録し、最近も7%と高い。イオンモールは、都市部で急増している中間所得者層をターゲットに出店した。カンボジア人の平均月収は100~200ドル程度だが、イオン独自の調査では、モールの半径1キロ内の世帯では、75%が800ドルを超えていた。

「若くて元気のある国。まだまだこれから伸びていく」とイオンカンボジア社長の大野恵司はみる。18年には、プノンペンに2号店を出店する計画だ。

100平米2500万円の高層マンション

消費意欲が旺盛な中間層や富裕層の増加を狙い、周辺ではマンション開発も相次ぐ。

イオンモールから橋を一本隔てたメコン川に浮かぶ中州「ダイヤモンドアイランド」。建設現場のフェンスに描かれている完成予想図は、3棟並んだ高層建築の上に大きな船が載り、シンガポールの有名複合施設「マリーナ・ベイ・サンズ」にそっくりだ。

中国系カンボジア人が率いる銀行グループが進める38階建ての巨大マンションで、投資額は約795億円。施工は中国のゼネコン大手「中国建築」が担う。

販売価格は100平米が2500万円前後で、40~350平米の計約900戸が分譲される。営業担当者によると「中国や香港などの投資家のほか、カンボジアの富裕層も多く訪れている」。

ショールームにドラえもんそっくりの人形を並べ、「イオンモールまで車で3分」とうたう別の中国資本の高層マンションでは、「カンボジア人の30代の女性会社経営者が、1フロア38戸をまとめて買い上げた」(営業担当)という。

日本のディベロッパーも手をこまねいているわけではない。不動産開発「クリード」は空港近くに約900戸の大型マンションを建設中だ。先行販売した2棟分はすでに9割が「売約済み」という。

中間層や富裕層の出現にわくプノンペンだが、国民の約8割が暮らす農村部の平均所得は、都市部の半分に満たない。国連の調査では、国民の2割弱が1日1.25ドル未満で暮らす。電気や水道設備が整っていない集落や、子どもが学校に行けない家庭も多い。

「横」につなぐ日本/カンボジア

日本のODAで完成した「つばさ橋」。メコン地域の経済成長を支える。 photo:Wake Shinya

青空に、巨大なハープを突き立てたような橋が見えてきた。プノンペン中心部から車で約1時間半。悠々と流れるメコン川にかかる長さ約640メートルの橋は、「つばさ橋」と呼ばれる。総工費約120億円のほぼ全てを、日本政府の途上国援助(ODA)で賄った。欄干には「日本の人々から」と書かれた石板が貼られている。

ちょうど1年前に橋が完成するまで、ここは船で川を渡るしかなかった。通常30分、混み合う時には7時間も待ったという。「陸続き」となったことで、地元は大いに沸いた。開通式典にはフン・セン首相が出席し、橋の絵と日の丸が新たに500リエル紙幣に描かれた。

カンボジア開発評議会事務局長で首相補佐特命大臣のソク・チェンダは「橋のおかげで、隣国との『コネクティビティー』(連結性)が高まった。製造業の拠点としても、モノを売る市場としても、魅力が高まったということだ」と話す。

つばさ橋の完成後、プノンペンはメコン地域の大きな都市二つを結ぶ要となった。橋から東へ車で3時間ほど走ればベトナムの商都ホーチミン、西に10時間ほど走ればタイの首都バンコクだ。橋は、2大都市とプノンペンとを1本の道で結ぶ「最後のピース」だった。

日本はなぜ、この橋に巨額の金を出したのか。政府は13年度までに、メコン流域5カ国に計6兆6735億円ものODAを投じてきた。道路や橋などのインフラ整備が中心だ。

タイプラスワンの受け皿に

つばさ橋を通る道は「経済回廊」と呼ばれ、その基本構想は1992年、アジア開発銀行が打ち出した。中国を含む6カ国を道路でつなげ、地域経済を底上げしようという狙いだ。

日本はメコン地域を東西に横断する「東西経済回廊」と「南部経済回廊」の2本の道を整備した。つばさ橋は、南部経済回廊の途中に架かる。

一方、中国雲南省からラオス、タイへと通じる縦の「南北経済回廊」は、中国が整備に力を入れた。3本の道はいま、物流の大動脈になった。

日本が横の道に力を入れたのは、日系の自動車や電機産業の製造拠点が、タイに集中しているためだ。2本の道が通じれば、部品調達や販売網を広げられる。生産拠点を、賃金上昇や人手不足が深刻化するタイから周辺国に分散させる、「タイプラスワン」が進む中、日本企業の利益につながると考えた。

その受け皿を狙う急先鋒がカンボジアだ。日本の製造業がタイから移ってくれば、産業の幅が広がると期待する。

呼び水として、カンボジア政府は経済特別区(SEZ)と呼ばれる民営の工業団地を経済回廊沿いにつくってきた。プノンペン国際空港にほど近いSEZには、自動車部品大手のデンソーや精密部品メーカーのミネベアなどの工場が並ぶ。

見えないコスト

ただ、本当に動脈にうまく血液が流れているのかどうか、懐疑的な声もある。

経済回廊により、国をまたいだモノの流れが増えると予想する鴻池運輸は、メコン流域各国に拠点を置く。タイの責任者は「実際に機能するには、税関手続きの一本化などが必要だ」と話す。国境での面倒な書類のやりとりや車の乗り換えに、手間と時間がかかるという。

別の日系企業の社員は「通関時に職員が『領収書が出せない金』を求めるケースも多い。見えないコストがかさむ実態を変えなければならない」と指摘する。

半年に一度、日本の大使館や企業と話し合いの場を持つカンボジア政府は、こうした指摘に対し、汚職の通報窓口を整えるなどの対策を進める。

特命大臣のソク・チェンダは「繊維産業中心の中国の投資もありがたいが、日本の製造業はこの国に産業の革命をもたらしてくれると信じている」と話す。

道がつなぐ経済と平和/森田徳忠元ADB局長


中国を含むメコン流域6カ国を経済回廊で結ぶ構想は、アジア開発銀行(ADB)の支援で1992年に始まった「大メコン圏経済協力プログラム」で示された。青写真を描いたのが、ADBで融資計画を担当した森田徳忠(78)だ。現在もタイに暮らし、メコン地域の開発に関わる森田に、構想の理念を聞いた。


経済回廊を構想したのは80年代。インドシナ半島にはまだ、長く続いた戦争と内戦の硝煙のにおいが漂っていました。この地域の平和を持続させるには、民族や国境を越えて通商を盛んにし、経済的に必要としあう関係をつくるしかないと。それには、物理的につながる道路が必要だと考えたのです。

森田徳忠・元ADB局長


私は調整役に徹し「最初から壮大なことを考えず、隣国同士つながっていなかった道をつなげましょう」と提案しました。2年ほどかけて、参加国でどのルートがいいのかを調べました。鉄砲を置き、一緒に調べるだけでも当時は意味がありました。

それから30余年。ようやく道がつながりました。青写真に色がついてきたぐらいでしょうか。地域の経済格差はまだある。でも、この30年で人材が育ち、拠点になる多数の都市ができました。

先進国の手助けはまだ必要かもしれないけれど、各国で育った人材が中心となって国づくりをする段階です。メコン地域は中国とインドという二つの大きな国の間にある。外交でも経済でも、独自の存在感を示せるのではないでしょうか。

もりた・のりただ 1937年生まれ。日本輸出入銀行(現国際協力銀行)を経て70年にアジア開発銀行入行、プログラム西局長などを務める。

「縦」に伸びる中国/ラオス

「ご興味がおありですか」

2月上旬、ラオスの首都ビエンチャンから車を20分ほど走らせたニュータウン「塔銮湖新天地」を訪ねると、若い女性スタッフが話しかけてきた。

中国・上海の企業が2012年に開発を始め、住宅ゾーンの1期工事だけでコンドミニアム28棟(計約3000室)を建てる計画だ。首都でも人口約80万、総人口約700万の小国には不釣り合いともいえる。

売りは、20万ドル以上の部屋を買えば、もれなく「ラオスの永住権」がついてくるという特約だ。12年にラオス政府と上海の企業が特定経済区としての開発に合意した際、ラオス側が認めた。「中国人が何十万人も移住してくる」といううわさを生み、ラオスにおける中国の存在感を象徴する場となっている。

ニュータウン前の道路の中央分離帯には、白い像のオブジェが並ぶ=大野良祐撮影

ラオスが経済開放にかじを切った後の1989年以降、中国企業による投資額は認可ベースで累積54億ドルに上る。

投資は、インフラ建設と鉱物資源の開発が中心だ。中国は南シナ海やインド洋に抜けるルートの確保を目指しており、ラオスはその重要な通り道にある。また自国製品を輸出し、資源を輸入するため南北につなぐ交易圏も必要としている。

「話がうますぎる中国案件」

ラオスの悲願は2020年までの「最貧国脱却」で、インフラ整備をその起爆剤にしようとしている。中国はその意をくみ取り、巨大スタジアムや文化ホール、病院などを無償でつくってきた。昨年12月に起工式があった中国・昆明とラオスを結ぶ高速鉄道も、総工費68億ドルの7割は中国が負担する。

日本もODAでラオスの発展に貢献してきたが、物量ではもはや中国には歯がたたない。ある日本企業関係者は「中国は採算やコンプライアンスをうるさく言わない。我々は中国案件を『話がうますぎる案件』と呼んでいる」と話す。

ラオス永住権を始め、中国は投資や援助にあたり数々の「特権」を要求する。鉄道建設では、沿線の独占的な開発権を求めているとされる。「それでも大型インフラを即断即決で造ってくれる中国の援助や投資は魅力的だ。日本にはその機動性はない」と日本の外交筋は言う。

ただ、このままでは中国に完全にのみ込まれるという危機感はラオス側にもある。今年1月に開かれたラオス人民革命党大会では、親中派筆頭の副首相が引退し、その後継者も政治局から外れるという予想外の人事があった。

中国に急接近するラオスは、日本にとっては「対中最前線」で、その動向を注意深く見守る。外務省の担当者は言う。「今年に入り、官邸のラオスに対する関心は極めて高い。こんなことはかつてなかった」

くすぶる火ダネ、南シナ海/ベトナム

中国の監視船に体当たりされたベトナム漁船=大野良祐撮影

ベトナム中部沖に広がる南シナ海で迎えた静かな正月は、1隻の船の出現で一転した。今年の元日の正午過ぎ、漁船長フイン・タック(42)ら10人が乗る船に、中国の監視船がぶつかってきた。木造の船室は大破し、寝ていた7人の漁師が海へ投げ出された。タックによると、妨害をやめるよう訴えたが、中国船は再び近づき、体当たりし去っていったという。

漁師たちは壊れた船の破片などにつかまり、泳ぎながら救助を待った。約1時間後、仲間の漁船が異変に気づき、全員を助けダナンに運んだ。「全身に打撲を負い死ぬかと思った。思い出すたびに恐怖がよぎる」とタックは振り返る。

船の修理には、月収の100倍にあたる5億ドン(約250万円)もかかり、親戚や仲間から借金して払った。

海で操業することが国の主権を守ることにもつながるため、ベトナムで漁師は「兵士」とも言われる。

「漁は主権を守る重要な任務。どんなに危険でも、また海に出る」

南シナ海では、ベトナム漁船が中国の監視船などから妨害を受けるケースが多発している。火ダネはどこにあるのか。

ひとごとではない日本

中国がこの海域の領有権を主張するのは三つの理由がある。一つ目は海底に眠る石油・天然ガスの存在。二つ目は経済航路の支配。三つ目は安全保障だ。

中国の習近平国家主席は2013年、海と陸の二つのシルクロードで東南アジアとインド、中東、欧州を結ぶ経済圏をつくる「一帯一路」構想を打ち出した。中国にとって南シナ海は、太平洋やインド洋と接続する重要な通路となる。

14年には西沙諸島近海で石油掘削を始めた。南沙諸島でも埋め立てを本格化させて滑走路をつくり、今年初めには民間機を試験着陸させた。2月には西沙諸島に地対空ミサイルを配備するなど、実効支配を強めている。

「このままでは海も空も乗っ取られてしまう」とダナン漁協会長のグエン・チュオック(82)は憂える。

尖閣諸島など東シナ海を巡り、中国と対立する日本にとっても、南シナ海問題はひとごとではない。ODAで約5億円相当の中古漁船6隻を巡視船として提供するほか、高性能哨戒機P3Cを派遣し、「共闘」を呼びかけている。

領有権問題は足並みそろわず

「アジア重視」を掲げてきた米オバマ政権にとっても、中国のアジアでの影響力拡大は脅威だ。「航行の自由」を盾に、軍艦を派遣して牽制する。

中国が南シナ海を支配すれば、メコン流域国にとっても影響は大きい。だが、こと領有権問題に関しては、一枚岩とはいかない。中国から多額の資金を受けるカンボジアやラオス、ミャンマーは南シナ海に面しておらず、この問題では中国擁護に回る。タイも軍政に移行して以降、中国への接近が目立つ。

ベトナムにとっても、中国は国境を接する隣国で、最大の輸入相手国だ。共産党政権同士、歴史的、人的なつながりも深い。日本から支援を引き出しながら、中国とも友好関係を保つ、したたかな外交戦略をとる。

経済的な結びつきを強める日本とメコン流域国だが、安全保障が絡むとおぼつかない。南シナ海問題が、メコンの安定を揺るがす。

増えるか「中国の友人」/タイ

中国言語文化センターの門には、中国らしく獅子が並ぶ photo:Ohno Ryosuke

タイではいま、中国人が起こす交通事故が問題になっている。

タイと中国の出資で2013年、メコン川をまたぐ第4タイ・ラオス友好橋が完成すると、中国からの旅行者が続々と自家用車のコンボイツアーに参加し、タイに来るようになった。だが右側通行の中国に対し、タイは左側通行。この混乱で、事故になるケースが多いという。

昨年のタイへの中国人旅行者数は793万人で、この5年間で7倍に膨らんだ。タイには多くの華人が移り住んでいるが、「あんな大声で話す人びとを見たことがない」など地元の人の旅行者への評価は厳しい。

だがこうした悪評とは対照的に、中国語の学習熱は高まる一方だ。語学と文化普及のため、中国政府が世界で展開する「孔子学院」のタイでの設置数は14カ所。東南アジアでは2位のインドネシア(6カ所)を大きく引き離す。

タイ北部チェンライ県にあるメーファールアン大学は、中国政府と提携し、04年に中国言語文化センターを開設した。孔子学院も入る施設は中国の伝統建築様式で、中国側の全額出資で造られた。中国ビジネスを専攻する4年生のニポーン・プランセンウィライは「中国製品の貿易をしている父に中国を学ぶように勧められた」と話す。

日本、遠く及ばず

「中国の友人」を増やそうと、中国はソフトパワー戦略を強める。様々な奨学金制度を用意してタイ人学生を中国に引き寄せており、中国で学ぶタイ人留学生の数は、韓国人、米国人に次ぎ多い。語学教師として、毎年2000人近い中国人もタイに送り込んでいると言われる。

中国語ブームには二つの理由がある。一つは、タイと中国の関係の大きな変化だ。東西冷戦中、西側陣営についたタイは徹底的な反共政策を取り、中国語教育が禁止されていた時期もある。だが中国の経済的台頭で方針転換を迫られた。タイ政府は中国に詳しい専門家が不足していることに危機感を抱き、人材養成に力を入れ始めた。

もう一つは、グローバル化の流れで中国語が話せる人を厚遇する企業が増えたことだ。タイの若者の間では「中国語は就職に有利」という考え方が定着する。

日本も、アニメを始めとするソフトパワーで存在感の拡大を狙う。安倍政権は13年、東京五輪までの7年間に総額300億円を投入し、日本語学習支援などを強化する方針を打ち出した。だがタイの中学・高校で日本語を学ぶ生徒は12年の時点で約3万4000人。中国語の約29万人には遠く及ばない。

(大野良祐、佐々木学、和気真也)