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「認知症」という海 もっと楽に上手に

World Now
認知症ユニットでは入居者11人あたり日中3人、夜間2人の職員が配置されている

■「いい加減」は「よい加減」?

「目が回るような忙しさ。スタッフが高速回転している」

「全員をトイレに誘導し、サロンに戻す一連の動きは職人芸」

実習当時の日誌を読み返すと、介護職員のハードワークぶりに圧倒された記憶が生々しくよみがえる。

今年1~3月、記者(浜田)は社会福祉士の資格取得のため、東京都内の特別養護老人ホームで9日間、実習した。入居者のほとんどは認知症で、要介護度は重い。起床、着替え、排泄、食事、入浴など日常生活のすべてに介助が必要だ。昼間は入居者ら約60人に対して10人以上の職員が働く時間帯もあるが、それでも超多忙だ。

みんな、本当に一生懸命、効率的に働いている。でも、入居者と一緒の時間を楽しむような余裕は少ない。職員は動き回り、入居者は広間でテレビを見ながら座っていることが多い。

同じころ、スウェーデンの高齢者施設で認知症ケアを実習するツアーにも参加した。場所は、スウェーデン南部にあるクングスバッカ市直営の高齢者特別住居。自宅で住み続けるのが難しいと市が認定した110人ほどが暮らす。

記者以外の4人の参加者は日本で介護職に就いている。高級有料老人ホームの勤務者もいたが、みな一様に驚いたのは、そのゆったりとした働き方だった。

■「排泄介助、飛ばしてないか?」

「朝は忙しいって聞いたけど、スタッフがまずコーヒーを飲んでる!」と男性介護職員。日本だと、夜勤明けと早出の少ない職員でたくさんの業務をこなすため、最も忙しい時間帯だ。「勤務中にお茶するなんて、考えられない」

「呼び出しに急いで対応しようとしたら『走らないで』と何度も注意された」と40代の女性ケアマネジャー。日本じゃ走るのが当たり前。ベッドから落ちて骨でも折ったら大変だからだ。

一方、こんな観察も。「オムツを開けたら結構ぐっしょりだった。排泄介助、飛ばしてないか?」と20代の男性介護福祉士。日本ならきっちり2~3時間に1回は排泄の有無をチェックするけれど……。ここでは食後の歯磨きも、毎回ではないようだ。

確かに日本の特養に比べれば、スウェーデンの方が職員の数は多いように見えた。でも、それ以上に、介護観の違いがあるようなのだ。

一汁三菜以上の温かい食事、週2回の入浴や排泄ケア、事故防止の徹底。日本の介護はとっても丁寧、きちょうめんだ。

一方、スウェーデンでは、朝食はヨーグルトとパン、コーヒー程度のことが多い。シャワーは週1回で、本人が嫌がればそれも無理強いしていない。

事故防止の考え方もずいぶん違った。オムツなどの備品庫のドアが開きっぱなしなのに気づいた参加者が、現場の職員に「認知症の人が入り込んだらどうするの」と尋ねると、「何かあったら、その時、考えればいい」という答えが返ってきた。

■空気がやわらかい

はっきり言おう。日本から来た「介護のプロ」たちの目には、「手抜き」「非効率」「いい加減」に映る場面が多々あったのだ。

そのかわり、「お年寄りとゆったりと過ごす、いい時間はたっぷり」(参加者の一人)あり、場の空気がやわらかかった。もしかして、「いい加減」じゃなくて、「よい加減」なのか?

記者が最も印象に残っているのは、女性職員が両手の指で、認知症の男性の白髪をゆっくりと梳(す)いている光景だ。男性は今でも攻撃的になることがあるが、体に触れるケアで落ち着くという。朝の起床介助では、入居者がその日着たい服を選ぶのに、おしゃべりしながら20分くらいかけたことも。その様子は、時に「友だち」のように見えた。「日本で入居者を『様』づけで呼ぶのが、いいのかどうか」と男性の参加者は考え込んだ。

記者と同じユニットにいたスウェーデン人の女性職員(35)に、日本との違いを問いかけると、こんな答えが返ってきた。「私たちだって気が急いてストレスがかかることもある。でも、それがお年寄りに伝わったら、穏やかな気分でいられなくなる。もし仕事が残ったら、別の日にやればいいのよ」

■診断の後を支える「親友」

画家デビッド・ブラックバーン。最後の数年はアルツハイマー病と闘い、76歳で生涯を閉じた Photo: Christopher Nunn

認知症と診断された直後は、本人も家族もショックと不安でいっぱいになる。自分はこれからどうなるのか、いままで通りの生活を続けられるの……。そばで支える家族も、何をすればいいのかわからない。

この時期に必要なのは、治療でも介護でもなく、当事者の心をほぐし、家族を支える第三者かもしれない。

英スコットランドには「リンクワーカー」と呼ばれる専門家がいる。診断を受けた人の家を訪ね、認知症についてかみ砕いて説明したり、趣味の続け方をともに考えたり。いわば、行政が用意する「親友」のような存在だ。

この取り組みは、ひと家族の体験から生まれた。

グラスゴー郊外に住むジェームズ・マキロップ(75)はかつて、銀行員として働き、週末には妻モーリーン(62)と4人の子どもとピクニックや博物館に出かける平穏な日々を送っていた。

■ブレンダ・ビンセントとの出会い

人生の歯車がかみ合わなくなったのは、50代半ばを過ぎたころだった。けんかっ早くなり、同僚の名前を忘れ、お金の計算も難しくなった。

家庭では、ささいなことで怒るジェームズを、子どもたちは避けるようになった。だが、ジェームズはなぜ愛する家族に疎まれるのかわからなかった。

さまざまな検査を受け、認知症と診断されたのは59歳のとき。生活が破綻しはじめて、すでに3年が過ぎていた。

ある冬の日のこと。一人で出かけたジェームズが、通りで倒れているところを発見された。子どもたちもパニック発作や強迫性障害を発症した。モーリーンは追い詰められ、抗うつ剤を飲むようになった。

そんな家族が変わったのは、アルツハイマー病協会の職員だったブレンダ・ビンセントとの出会いがきっかけだった。

ブレンダは、ジェームズが行きたい所を聞いて誘い出し、自身の体験を人前で話す機会をつくってくれた。講演を重ね、スムーズに話せるようになったジェームズは、自信を取り戻していった。

■日本も患者支える仕組みづくり模索

ブレンダはジェームズ以外の家族のことも気にかけて、行事に巻き込んだ。ジェームズの変化に気づくと、家族にそっと伝えた。

モーリーンは「信頼できて頼れる、家族みんなの親友」と感謝する。

ジェームズは次第に医療に関わる人や政治家にも自分たちの声を届けたいと思うようになり、2002年に当事者団体「スコットランド認知症ワーキンググループ」を設立した。「診断された日から、よりよく生きる支援が必要だ」と訴え続け、スコットランド自治政府は13年、「診断から最低1年間、リンクワーカーの支援を受けられる」とする国家戦略をうちだした。

「今は自分の人生の大半をコントロールできている気がする。ブレンダのおかげで、充実した生活が送れるようになった」とジェームズは話す。

日本も、診断直後の患者を支える仕組みづくりを模索する。介護福祉士らが自宅を訪ね、相談にのる「認知症初期集中支援チーム」を、18年度までに全市町村につくる方針だ。リンクワーカーの取り組みを参考にしたいと、スコットランドには官民からの視察が絶えない。

■世界に発信、富士宮モデル

静岡県富士宮市は、認知症の人が普通に暮らせる街づくりで知られる。全国から視察があるが、昨年10月に来た視察者には、市長の須藤秀忠も驚きを隠せなかった。「欧州の福祉先進国から来たんだよ。本来なら、こっちから視察に行くようなところなのに」

オランダ政府の保健・福祉・スポーツ省副大臣、マーテン・ファン・レイン(60)。首相訪日に先立って来日した際、丸一日を使って富士山のふもとに足を運んだ。新幹線車内で記者の取材に応じたファン・レインは「認知症の人の支援に、新聞配達などの事業者を巻き込んでいる。たくさんの目で見守れるのが素晴らしい」と称賛した。

短い滞在中になぜ、富士宮市を訪れたのか。国際医療福祉大教授の堀田聰子は「認知症になっても安心して暮らせる地域に向けて、立場を超えてともに行動する。富士宮の取り組みは世界に発信したいモデルです」と話す。オランダ大使館に視察をアドバイスしたのが、堀田だ。

富士宮市では、認知症の人が集まるサロンや、旅行やスポーツのサークル活動を市民が独自に運営する。店舗や金融機関、タクシー会社の職員らが認知症当事者の声を直接聞く機会を持つ。市役所主導ではなく、税金や保険料を使う介護保険とも別の取り組みだ。

■高齢者にやさしい地域づくり

2000年度の介護保険制度の誕生で、利用できるサービスは飛躍的に増えた。だが介護保険の総費用も急増し、16年度は10.4兆円と、00年度の3倍近くになった。危機感を抱いた政府は、軽度の人向けのサービスを保険から給付するのではなく、市町村に任せてコストを抑えようとしている。

似たような動きがオランダでも進む。在宅ケアの責任を国から市に移し、家族や地域の支え合いをより活用しようとしている。この政策を推進するのがファン・レインだ。「医療・介護の長期ケアの費用は年4~5%伸びたが、経済成長率は良くても2%。このままでは持たないと考えた」と振り返る。

ただ、オランダでも多くの自治体は、こうした動きに十分ついていけていない。日本には富士宮だけでなく、福岡県大牟田市や京都府宇治市などでも優れた取り組みがある。

G8認知症サミットを受け、日本は「新しいケアと予防のモデル」を担当することになった。高齢者にやさしい地域づくりを進める「新オレンジプラン」ができたのが15年。適切な医療や介護の提供や、介護者への支援など七つの柱が立てられた。

社会保障財政が苦しいのは、どこの国も同じだ。高齢化率世界一の日本が先駆的なモデルをつくり、海外がお手本にする。そんな時代が近いのかもしれない。

(浜田陽太郎、下司佳代子、瀬川茂子、小山謙太郎)

「陰りゆく日々」の撮影者

Christopher Nunn
クリストファー・ナン
1983年生まれ。英国とウクライナで活躍中のドキュメント写真家。英紙Financial TimesやTelegraphなどにも寄稿。
http://www.christophernunn.co.uk/