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なくては困る食品添加物―― ワイン文化を花開かせた

LifeStyle 更新日: 公開日:

ボージョレ・ヌーボーで知られるフランス中部のワイン産地ボージョレ。ここで、5代にわたりワイン用のブドウをつくるシュブラン家を9月中旬に訪ねた。ダイニングルームの大きな一枚窓の外には一面のブドウ畑が広がり、その背後のリヨンの山並みが美しい。

現在の当主、フランソワ・シュブラン(65)は、7年前に有機無農薬農法に転換し、オーガニック(有機)ワイン作りを始めた。「オーガニック」をうたうシュブランのワインだが、ある食品添加物は欠かさず入れてきた。ワインの保存性を高める二酸化硫黄(SO2)だ。ラベルには酸化防止剤(亜硫酸塩)などと表記される。

ワインは元々、長期保存には向かない飲み物だった。高温になると酸化が進み、味が落ちる。酸素に触れると酢酸菌の働きでお酢になってしまう。そんな「ワインの限界」を打ち破ったのがSO2だ。酸化防止と殺菌の作用があり、ワインの保存性を劇的に向上させた。

「新しいワインの科学」などの著書がある英国のワイン専門ライター、ジェイミー・グッドによれば、SO2はワインの一大産地・フランスのボルドー地方では18世紀ごろから広く使われるようになった。

「SO2の添加とガラス製ボトルの出現で初めて、ワインの長距離輸送や長期熟成が可能になった。SO2なしには、産地や生産年による味の違いを楽しむ、現在のワイン文化の発展は有り得なかった」。そうグッドは指摘する。

SO2はワインの一部

今回の取材先には、オーガニックワイン専門店「マヴィ」の社員、羽鳥理香(38)に案内してもらった。その羽鳥に、フランス・アルザス地方のワイン農家メイエ-家の第13代当主、ユジェーヌ・メイエ-(83)はこう話した。「丹精こめて育てたブドウを、SO2抜きでわざわざお酢にする必要がどこにあるのか。ナチュラル志向の行きすぎはよくない」

「マヴィ」の田村安社長(57)は「少量のSO2は添加物というよりも、ワインそれ自体の一部。うちが取引するワイン農家には原則として最小限のSO2を添加するようお願いしている」と話す。

世界保健機関(WHO)などが定めるSO2の1日摂取許容量は、体重70キロの人で1日49ミリグラム。シュブランが添加する亜硫酸は1リットルあたり18ミリグラム程度で、ボトル1本空けても許容量よりもずっと低い。一方で、日本が定めるワインSO2量上限は1リットルあたり350ミリグラムと、高めだ。田村は「SO2添加といっても、ワインによってその量は異なり、同列には扱えない」と主張する。

伝統的醸造法でSO2無添加のワインを作る農家も訪ねた。フランス南部のロックタイヤードという小さな町に住むジャン・クロード・ベリュウ(62)だ。

ベリュウは「私の哲学は、ワイン作りを自然に委ねること。SO2の添加はそれに反する」と話す。ただし、品質は安定しない。毎年、ブドウの出来具合や天候によって、アルコール度数も味も大きく変わる。同じ年のワインでも一本一本微妙に味が違うほどだ。

日本は無添加赤ワインを大量生産

ベリュウの妻アンヌ(51)は「リンゴの味が毎年違うように、ワインの味も毎年違う。それを楽しめる人が、私たちのワインを支持してくれる」と言った。

シュブランも今年、ブドウの出来などの条件が整ったため、初めて一部のワインを無添加で醸造するという。

世界中の大半のワインメーカーは、SO2を酸化防止剤としてだけではなく、醸造工程でも殺菌や発酵のコントロールのために使う。

日本のマンズワインで醸造全般に責任を持つ取締役の島崎大(54)は「毎年、一定の品質を保った上で、産地や生産年による味の違いを表現するのがグローバルスタンダード。お酒を飲み過ぎた時に感じる、アルデヒド臭と呼ばれる独特の匂いのないワインを作るためにもSO2の使用は欠かせない」と話す。

ただし、日本では消費者の「無添加志向」を受け、SO2無添加の赤ワインが大量生産されており、国内市場の約1割を占める。これらのワインはほとんどが輸入濃縮果汁を原料としているが、SO2を添加しないために、発酵中に生じたアルデヒド臭が残るという。

SO2の影響について、島崎は「普通にワインを飲む程度では無害」とする。一方、動物実験では、過剰に摂取すると消化器に炎症が生じるとの結果もある。

フランス北西部、ノルマンディー地方にある食品会社「ニュートリセット」は、栄養失調に苦しむ途上国の子どもや妊娠・授乳中の母親のため、栄養価が高い加工食品を作ってきた。


1986年、同社は創業者のミッシェル・レスカン(61)ら5人でスタートした。現在は世界中に700人の社員がおり、年間4万トンの食品を生産。国連の世界食糧計画(WFP)やユニセフを通じて、食糧不足の地域に住む600万人の子どもたちが同社の製品を食べているという。

同社のCEOで、ミッシェルの娘のアドリーヌ・レスカン・ゴーティエ(37)は「我が社の製品のほとんどに食品添加物が含まれているが、それは必要性があってのことです」と話す。栄養失調状態の子どもに不足するビタミン類やミネラルを補うため、同社は製品に、日本や米国では食品添加物に分類される栄養素を加えている。

ミッシェルは農業技術者で、当初は深刻な栄養失調の乳幼児向けに、高カロリー、高栄養の粉ミルクを研究・開発していた。だが、これらの粉ミルクは病院など衛生的な環境下で、医師や看護師の指導に基づいて与える必要がある。飢餓地域で使用条件を整えるのは難しく、救える子どもは限られていた。

ニジェール食糧危機で実績

その弱点を補うために96年に開発したのが、同社を代表する製品「プランピーナッツ」だった。ペースト状の食品で、パックの一部を破って中身をチュウチュウ吸い出すだけ食べられる。1パック92グラムで、500キロカロリーと各種栄養素を摂取でき、2年間の長期保存が可能だ。

ゴーティエは「この製品によって、家庭でも栄養失調の子どもを救えるようになりました。味は甘いピーナツバターのようで、うちの子どもたちも食べたがるぐらい」と話す。

だが、ピーナツと油を混ぜ合わせて長期間ペースト状態を保つには、乳化剤・安定剤といった添加物の助けがどうしても必要だ。無添加で製造すれば、保存性は大きく低下してしまう。

プランピーナッツは、2005年にアフリカ・ニジェールの食糧危機で初めて大規模に使われた。栄養失調の子ども6万人に配られ、9割以上が回復した。

同社では今後、栄養が不足しがちな途上国の女性向けの製品にも力を入れていくという。

加工食品の中には、食品添加物なしには製品として成り立たないものもある。例えばペットボトル入りの緑茶は、酸化防止のために必ずビタミンCを添加しないと、茶色に変色してしまう。

カロリーを抑えたマヨネーズ風のドレッシングにも、食品の粘り気を増すための「増粘多糖類」などの添加物が含まれている。マヨネーズのカロリーを減らすには、油の割合を大幅に減らすしかないが、そうするとマヨネーズ独特の粘りけがなくなり、水っぽくなってしまう。そのため、添加物で食感を補う必要があるという。

ちなみに、日本農林規格(JAS)では、「マヨネーズ」という名称を使うには、原材料の65%以上に植物油を使うことを義務づけており、増粘多糖類の使用も認めていない。このため、カロリーオフのマヨネーズは正式には「サラダクリーミードレッシング」という名称になっている。

チューインガムは、かんだ後に口に残るガムベース自体がチクル、エステルガム、酢酸ビニル樹脂、ポリイソブチレンなどの食品添加物でできている。カロリーオフのガムには、甘味を出すためにキシリトールやアスパルテームなどの人工甘味料が使われており、原材料の大半が食品添加物となっている。

食品添加物の安全を担保する鍵となるのが、1日摂取許容量(ADI=Acceptable Daily Intake)だ。

人工の添加物の多くは、ヒトがこれまでほとんど口にしたことがなく、未知の悪影響を与える可能性が否定できない。このため、発がん性や慢性毒性、子孫に影響を与える遺伝毒性などを動物実験で確認し、動物に毎日与え続けても影響がなかった最大限度量を「無毒性量」と呼ぶ。

その上で、ヒトと動物の体の構造差、さらにヒトの個人差などの安全係数を見込み、無毒性量の100分の1をADIとしている。「毎日食べても間違いなく安全だろう」とみなされる量のことだ。

つまり、ADIは添加物の毒性について相当な余裕を見込んだ値であり、「摂取量が一時的にADIを超えても、ただちに悪影響はない」とされる。

このADIに基づき、それぞれの食品について添加量の上限が定められる。毒性がほぼないと見なされた添加物には、ADIが設定されないこともある。

日本では、ADIは内閣府の食品安全委員会の評価に基づき定められるが、国連食糧農業機関(FAO)とWHOが合同運営する専門委員会(JECFA)やEU、米国も独自に各添加物のADIを定めており、添加物によってはズレが生じる場合もある。