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行き詰まるグローバル化政策

World Now
カレッジには、移民の子に無償で教えるクラスもある=江渕崇撮影

イングランド東端のグレート・ヤーマスまでは、特急とローカル線を乗り継いでロンドンから約3時間かかる。この港町は、EU離脱を問う国民投票で離脱票が7割を超えた。最も高い割合で「ブレグジット」を支持した場所の一つだ。

ニシン漁で栄えたのは昔の話で、いまは海辺のリゾートなどに雇用を頼る。収入や雇用、犯罪などのデータをもとにした昨年の政府の調べで、「貧しい」地域を最も多い割合で抱える町の一つだった。「グローバル化の恩恵が及ばないこうした地域でこそ、将来への希望と、職業を得る機会をもたらす教育機関が重要だ」。この町で幅広い年代の職業訓練や生涯学習を担うグレート・ヤーマス・カレッジの校長、スチュアート・リマー(41)は言う。

この学校では年3000人以上が学ぶ。社会学の授業で熱心にノートをとっていたレイチェル・ウェルチ(32)は「荒れた子供時代を過ごしたので、学校は卒業できませんでした」。16歳で家を出てレストランで働いた。結婚し、子供もできた。ここで学び直して大学に進み、スペイン語の教師になりたいという。

校舎内を巡ると、美容師や保育士を目指すクラス、服のデザインを学ぶクラスなどが目に入った。多くは生徒1人あたり年約4000ポンド(約50万円)ほどの政府補助を受けて運営され、授業料は無料か格安だ。

個人の努力の問題に矮小化

校長のリマー自身、繊維工場の下働きを10代から始め、20代で学び直し、経営学修士(MBA)を得た。「みんなが直線的に大学を出て生涯の仕事を得るわけではない。何歳になっても、やり直すチャンスが与えられるべきだ」

地域に根を張るこうした学校は、全国に300以上ある。グローバル化による果実を社会全体に行き渡らせるには、収入や教育機会の再分配が欠かせない。そのパイプが、経済危機後の緊縮策で目詰まりを起こしている。政府の補助金が削られ、とりわけ成人向けコースの予算は2009年に比べて35%減った。100万人が学ぶ機会を奪われた、と大学・カレッジ組合はみる。

それでも、経済問題研究所のエコノミスト、フィリップ・ブースは「緊縮策は生ぬるいぐらいだ」と話す。グローバル化した金融市場では、放漫財政だと判断されれば金利が跳ね上がり、かえって国民の負担が増えかねない。「そもそも職業教育の受益者は企業と受講者。国が補助する理由はあるのだろうか」

一方で、予算カットの背景に、エリートの差別意識があるとの見方もある。コラムニストのオーエン・ジョーンズ(32)は、低所得層の若者が怠惰で無能だというイメージを、大手メディアが振りまいてきたと批判する。「彼らを『悪魔化』することで、失業や低賃金など政府が対応すべき社会的問題を、個人の能力や努力の問題に矮小化できた」

職業教育が細るなか、技能がいる仕事は移民に頼る割合が増えている。それが地域で緊張を生み、EU離脱につながった面があると、教育と雇用を研究するロンドン大学キングス・カレッジ教授のアリソン・ウルフは言う。「グローバル企業で働ける人はごくわずか。身近な職場で働けるよう学ぶ機会こそ守られるべきだ」

(江渕崇)
(文中敬称略)


格差縮めてもダメ?

人々の不満の矛先は、しばしばより弱い立場の人に向かう。少数者に寛容で、世界で最もリベラルな社会と言われてきたオランダでも、移民や難民への風当たりが強まっている。

運河が入り組むアムステルダム中心街の一角に、移民を支援するNPO「世界の家」がある。夕方になると移民たちが集まってくる。パソコンやオランダ語の無料講座を受けに来たのだ。正式な滞在許可を持たない人たちを対象に、医療や難民申請なども助ける。

ここで支援を受け、今はボランティアをしているアルサイン・カンジ(36)は、西アフリカのリベリアから内戦を逃れて2003年にオランダに来た。滞在許可を得てゼロからオランダ語を学び、染め物をつくる仕事も見つけた。しかし、数年前に理由もわからず滞在許可が取り消された。「完璧なオランダ語を話し、犯罪に手を染めたこともなく、完全に社会に統合されていた。それなのに、いきなり路上に放り出された」

彼はムスリムで、苦々しく思っているのが、ヘルト・ウィルダース率いる自由党の台頭だ。イスラムへの敵意を隠さず、「コーラン禁止」「モスクの閉鎖」を唱える。国内外で強く批判され、ヘイトスピーチの罪で訴追されてもいるが、各種世論調査では支持率のトップ争いを演じる。来春の総選挙で勝てば「英国のようにEU離脱を問う国民投票に持ち込みたい」(ウィルダース)と勢いづく。

限られる敗者復活の機会

「世界の家」でオランダ語を教えるパトリック・フィルモン(52)は「経済の先行きが不透明になり、人々が保守化して、外国人に厳しくなっている」と感じている。

ナチス・ドイツに占領された過去があるオランダでは、移民排斥につながる主張はタブーだった。しかし、著名コラムニストがつくった新党が、イスラム移民問題を取り上げて02年の総選挙で躍進。コラムニスト本人は選挙直前に暗殺されたが、これを機に、政府は移民に入国前のオランダ語試験を課すなど、規制を一気に強める。後を引き継ぐように、ウィルダースの自由党が躍進した。

英米や南欧では敗者復活の機会が限られていることが、ポピュリズムの台頭につながっている面がある。しかし、これらの国に比べれば格差が小さいオランダは、やや状況が違う。

オランダ政府は1990年代以降、グローバル化に対応するためとして、福祉国家の改革に乗り出した。失業給付などの条件を厳しくし、受給者には求職活動や職業訓練を求めた。世論が移民に厳しくなった背景の一つに、「オランダ人が汗水たらして作り上げてきた福祉国家が揺らいでいるのに、移民にただ乗りされてはかなわないという感情があるのではないか」とアムステルダム大学の政治学者、トム・ファン・デル・メールは言う。やっかいなのは、安全網を充実させ、格差を縮めるような政策が、ここでは解決策になりにくいことだ。

(江渕崇)
(文中敬称略)


「国家を取り戻せ」ウィルダース・オランダ自由党党首が語る

毎日仕事に出かけ、あるいは子育てに追われる「普通の人々」の声を、古い政治は代表できなくなっています。いま世界で起きているのは「愛国の春」。人々はもはや、EUのように国家を超えた存在を欲してはいません。

オランダを含む欧州の国々では緊縮政策で年金や公的医療が削られ、ギリシャに何十億ユーロもローンを提供している。その一方で、域外からも価値観の異なる大量の移民が流れ込む。人々は国家のアイデンティティーや主権が損なわれているだけでなく、日々の安全が脅かされていると感じています。

私たちが移民に厳しいのは二つ理由があります。一つは移民があまり働かず、経済に貢献していないということ。イスラム圏などから来る移民に、オランダの納税者は毎年72億ユーロ(約8200億円)使わなければならないという調査がある。もう一つは、人々に自由を認めないイスラムは、オランダの価値観と相いれないということです。

右翼とか左翼とかは古い政治の言葉です。私の党は、移民政策や文化的には右派に見えるかもしれません。一方で、公的医療を充実させ、年金を守り、高齢者福祉を拡大すべきだという左派的な主張もあります。普通の人のための政策です。

私はポピュリストだと言われます。ネガティブな含みのある言葉ですが、もしその言葉が人々の抱える深刻な問題に耳を傾けていることを指すなら、私はそれを侮辱だとは思いません。

自由貿易に私は賛成だし、グローバル化が悪いとはいわない。ただ、貿易協定はEUではなくて、国ごとの政府の意思で結ばれるべきです。私たちは自分の国を取り戻さなければなりません。

(聞き手・江渕崇)

Geert Wilders 1963年まれ。98年からオランダ下院議員。2006年に自由党を結成し党首。

(撮影:江渕崇、機材提供:BS朝日「いま世界は」)