海外が注目する日本とは
これまで20年近く海外暮らしをしてきたせいか、「海外メディアって、日本についてどんなニュースを報じているの?」と聞かれることが多い。自国が外からどんな目で見られているのか、確かに気になるところではある。
当たり前だが、世界のどこのメディアも、一番の関心事は自国民の生活に直結することだ。日本メディアが1面トップで報じるような大ニュースでも、海外ではだいたいスルーされる。
では、日本のどんな話題が海外で受けるのか。改めて考えてみた。
まず、その国と関係があるもの。たとえば「うちの国の大統領が日本の首相と会談し、両国は××協定に合意した」といったケース。
それから、地震や火山爆発などの自然災害。特に、東日本大震災や、それに関連した福島原発がらみのニュースはよく取り上げられる。
あとは、私が個人的に「エキゾチック系」と呼んでいるものがある。「へえ、日本ってこんな国なのか」と、読者や視聴者の目を引くニュースだ。和食やアニメなどの話題も、このカテゴリーに含まれる。
最近でいうと、大相撲の「女人禁制」問題を海外メディアがこぞって報じた。「日本の伝統では土俵とは神聖な場所とされており、たとえ救命行為のためでも女性がそこへ入ることは許されないのだ」というような報道が、世界中を駆け巡ったわけだ。
正直言って、この時は「あーあ、これでまた、『日本は男女差別が大きい国』という固定概念が強まるだろうな」と、がっかりした。いかにも、「男女格差ランキング114位の国」にありそうなニュースではないか。
でも、冷静に考えれば、これは「フェイクニュース」なんかじゃなく、実際に起きたことである。がっかりした理由は、「自分の日本に対する思い」と、「外国人の日本を見る目」の間にズレがあるからだ。
ズレに直面することで、日本が海外からどう見られているのかに気づくこともある。つまり、日本を相対化して見ることができるわけですね。
念のために付け加えておくと、これは日本に限ったことではない。たとえば、ローマ特派員をしていたころ、イタリア人にとって大問題だった年金制度改革を海外メディアが報じたのを見たことは、ほぼなかった。でも、シチリアでマフィアの大ボスが逮捕された時は、「まるでゴッドファーザーの世界ではないか!」とこぞって飛びついた。
当時、イタリア人記者は「これでまた『イタリアはマフィアの国』という固定概念が強まるな」とため息をついていた。その一端を担った身としては、「わかるわかる、その気持ち。でも逮捕されたのは事実だから」となぐさめるしかなかった。
前置きが長くなって、すいません。
このコラムでは、海外メディアが報じる日本のニュースから、日本を再発見したいと思っている。
日本メディアが報じる日々のニュースを自分の立ち位置へ引きつけて考えるところから、一歩だけ後ろへ下がって眺めたい。「発見」でなく「再発見」なのは、そんなという思いがあるからだ。
言わずもがなではあるが、相対化とは必ずしも「がっかり」することではない。胸をはって吹聴したくなるような、「前向きなズレ」もある。
というわけで、初回から何だと言われそうだが、トイレの話から始めたい。
日本のトイレは世界の関心事
4月17日のイギリス英国メディアのガーディアン(ウェブ版)に、こんな見出しのニュースが載っていた。
「中国の『トイレ革命』を日本が支援へ」
見出しに続き、太字で「ハイテクトイレの国が、習近平(シーチンピン)国家主席が目指す中国全土のトイレ改善に技術的支援を申し出た」とあった。
もともとは昨年12月、自民党の二階俊博幹事長が北京にある中国共産党の中央党学校を訪問した際、日中間の協力強化を表明したのが発端だったらしい。協力分野に、トイレの衛生と質の向上を含めたという。
調べてみると、習主席はこの分野にかなり熱心なようだ。2014年12月に初めて「トイレ革命」に言及しており、「揺るぎなく推進せよ」と指示を出している。中国に駐在する朝日新聞の特派員も昨年、「習近平が旗を振る『トイレ革命』」というデジタル向けの記事を書いた。
確かに、洗浄機付きのトイレは日本が誇れる優れた発明品だと思う。日本で暮らした外国人が、帰国するときに「アレを持って帰りたい」と言うのを何度も聞いたことがある。実際、少しずつではあるが、海外のホテルなどでも広まってきていると感じる。
一方で、同じハイテクトイレでも「音消し機能」の方には違和感を覚える外国人は多い。確かに、これまで100近い国や地域を旅してきたが、日本以外で普及している国はひとつもなかった。
トイレの「音」をめぐる比較文化論
最近、羽田空港の荷物受け取りエリアで女子トイレに入ったとき、こんなことがあった。
早朝着の便だったせいか、女子トイレで先客はオーストラリア人の母娘だけだった。すごく元気な女の子は4、5歳くらいか。お母さんが「ママも一緒に入ろうか」と申し出たが、自信満々で「ノー。一人でできるから」と断った。
ところが個室へ入り、ドアを閉じたとたん、「ザザザザザー」という、あの音が。
「ママ!この音、何? 変な音がする」と叫ぶ女の子。焦ったお母さんは、ドアを叩いて「早く出てきなさい!」と命じた。
これは緊急事態だと感じ、思わず助け舟を出した。
「これは排泄音を消す音ですよ。日本の女子トイレには、だいたい付いている機能なのです」
お母さんは「そうなんですか。でも、ずいぶん大きな音ですね」と驚きつつ、ややほっとした様子をみせた。
なんとか用をすませて個室から出てきた女の子は、心配で待っていた私のところに来て、真剣な表情で質問をぶつけた。
「あれは、おしっことかうんちの音を消すためのものなの? 聞こえたらいけないの?」
お、そうきたかと思った。
「個人的には、いけなくないと思う。自動じゃなくて自分でボタンを押すタイプなら、私は押さない。でも日本では、おしっこの音を『恥ずかしい(embarrassing)』と思う人が多いのよ」と答えた。女の子は、「恥ずかしい……」とおうむ返しに言い、じっと考えているようだった。
日本通のイタリアの友人は、「あのマスキング音の方が、『本物』よりずっとヘンな音ではないか。オープンな電車内で化粧するのは平気なのに、超プライベートな空間のトイレの個室内で出す排泄音が恥ずかしいなんて、日本人は不可解だ」という。どうだろう。
逆に知人の日本人女性はオーストラリア旅行中、音消しに困って排泄中にも水を流してごまかしたそうだ。この機能はもともと、排泄音を消すために何度も水を流すのを避けようと、節水目的で1980年代に発明されたとも聞く。
でも、乾燥大陸で慢性的な水不足に悩むオーストラリアでは、「あんたが出す音なんかどうでもいいから、貴重な水を無駄にしないでくれ」と怒られそうである。
私は入ったことがないが(当然だ)、聞くところによると、日本でも男子トイレだと音消し機能が付いていないことが多いようだ。ならば、これは日本の女子トイレ特有の機能なのだろう。
「恥ずかしさ」の基準は、国によってかなり違う。このあたりをトイレ的観点から、比較ジェンダー論としてまじめに研究してみたいような気もする。
※このコラムは月1回、毎月中旬に掲載します。