ノルウェーの首都オスロから飛行機で約2時間半。北極圏のスバールバル諸島最大の島スピッツベルゲン島は、かつて炭鉱で栄えたところだ。炭鉱夫たちが1980年代まで寝泊まりしていた宿泊所をそのまま再利用したホテルがあると聞き、泊まってみた。
その名も「Coal Miners’ Cabins(炭鉱夫たちの宿泊所)」。当時、食堂として使われていた場所が改装され、レストランになっていた。大柄な地元の男たちが肉にかぶりついている。聞くと、炭鉱で働く男たちが食べていた料理を再現したメニューだという。これに、決めた。
出てきたのは牛、鶏、豚の肉300グラムと、トウモロコシやズッキーニなどの野菜。そして山盛りのポテト。炭を使って400度の高温になる特殊なオーブンで、空気を調整しながらいぶし上げる。味付けは塩とこしょうでシンプルに。たまらないにおいが充満してきた。
4種類のソースで、焼きたてをいただく。肉は歯ごたえがあり、ジューシー。野菜は香ばしく甘い。おなかをすかせて挑んだが、山盛りポテトは30分かけても終わらない。だんだん、苦しくなってきた。
「もうひと仕事」の力に
2009年から厨房で働くノルウェー人のスティアン・ハンセン(36)によると、材料はノルウェー本土から運ぶ。野菜や牛乳などは空輸するが、積み荷に載らないこともある。そんな時は、島にある複数のホテルで備蓄を分け合う。「肉体労働の炭鉱じゃ、食事がエネルギーの源で唯一の楽しみ。昔は2人分の大皿で出していたらしいよ」。今では多くの炭鉱が閉まり炭鉱夫は少なくなった。でも地元の人たちは、よく肉を注文するという。
レストランの壁には、当時の炭鉱や厨房の写真が貼られていた。酒をあおる姿もあるが、労働者たちは、移動できる範囲やお酒の量が制限されていたらしい。今では珍しくなったトナカイの肉も当時は食べていたというから、きつい重労働を心身共に食事が支えていたのだろう。
訪れたのは白夜のころ。夏でも風は肌を刺すように冷たかった。24時間照らすお天道様を見上げながら、「もう一仕事するかな」。そんな力が湧いてくる一品だった。