「俺たちは嘆かわしい人間じゃない」
「俺たちは『嘆かわしい』人間なんかじゃない。普通の人間だ。人種差別主義者じゃない」。オハイオ州デイトンで食事をしながら話を聞いた男性は、憤りを口にしました。クリントン氏が選挙期間中「トランプ支持者の半分は嘆かわしい人たちだ」と発言したことを、怒っているのです。「これはアメリカの真ん中に住む、俺たち普通の人々の勝利だ」。
60歳になるこの男性は、「仕事を探しているがフルタイムの職がみつからないので、医療保険にも加入できない。いま病気や事故にあったら、家を売るしかない」と不安を口にしていました。
私もアメリカで生活しているとき、半年ほど保険なしだった時期があるので、不安な気持ちはわかります。けがをして病院に運ばれたら、何十万円、ときには何百万円も請求されるので、とにかく交通事故にだけは遭わないように気をつけていました。
いろんな人にトランプ氏を支持する理由を聞きましたが、多くの人が口にしたのは、やはり経済でした。自分自身の生活が苦境に置かれた人。いまはやっていけても、地域全体が沈む中で、自分の先行きや子供の将来に不安を抱える人。こうした人たちが「何も変わらなかった8年間が続くよりは、新しい人に託したい」「いままでのワシントンの政治家は、自分たちを顧みなかった」という思いを口にしました。
経済、暮らしにまつわる課題に比べると、移民の問題はそれほど多くは話題にはのぼりませんでした。ただ、あからさまな差別を口にする人はいませんでしたが、マイノリティの権利ばかりが強調され、自分たちがないがしろにされている、という不満を抱いている白人有権者が相当数いることは、言葉の端々にうかがえました。
「アメリカは、国の成り立ちから言ってもキリスト教を中心とする国だ。それなのになぜ、メリー・クリスマスではなく、ハッピー・ホリデーズという必要があるのですか」
スプリングフィールドという小さな町で会った元教師の男性は、訴えました。アメリカでは近年、キリスト教以外の宗教の人たちにも配慮するという理由で、「ハッピー・ホリデーズ」という言い方が広がっています。
「オバマは警察を守らなかった」。警察官による黒人射殺事件や警察への抗議デモを巡って、こんな不満をもらす人も複数いました。ある大学教授は「トランプ現象は、アフリカ系大統領が誕生したことの反動とも言える。この8年間、アフリカ系の大統領に不満を募らせていた白人が、予想よりも多かった」という見方を示しました。
もちろん、トランプ氏に一票を投じた人が、すべて「高卒・白人の中低所得層」というわけではありません。共和党支持者の中には、富裕層も高学歴の人たちも、マイノリティもたくさんいます。
ただ、今回のトランプ氏当選の決め手となったのは、従来からの共和党支持層に加え、これまで政治にあまり関心がなく投票をしなかった人や、民主党支持だった人がどっとなだれ込んだことです。私が取材したクラーク郡では、共和党の予備選挙に投票するために、新たに共和党員となった人が8000人もいたそうです。地元の共和党委員会のトップは「多くはトランプに投票するためで、労働組合員もたくさんいた。こんなことは初めてだった」と話していました。
この出張中も、アメリカ社会は揺れ続けました。18日は、超人気ミュージカル「ハミルトン」のキャストが、観劇に来たペンス次期副大統領に「多様なアメリカに住む私たちは新政権を不安に思っている。アメリカの価値観を守って欲しい」と訴えました。これに対してトランプ氏はツイッターで「ペンスに対して失礼だ。謝れ!」と批判しました。
アメリカに何が起きているのか。それは世界にとって何を意味するのか。今回の取材も生かし、12月4日発行のGLOBE12月号で読み解きたいと思います。