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オバマ大統領の8年に、有権者は何を思ったか

World Now 更新日: 公開日:

 8年前の2008年、アメリカの人々は「希望」と「変化」を求めて、バラク・オバマを大統領に選んだ。一方では、オバマ大統領と政権の8年間に不満を募らせ、別の「変化」を求めた人々もいた。それぞれの8年間の思いを聞いた。(GLOBE副編集長・大島隆)

■元ティーパーティー活動家「民衆の勝利だ」


 アンディ・サリバン(50)に初めて会ったのは、2010年4月、ニューヨークでのティーパーティー運動のデモだった。
 ブルックリンに住むサリバンは当時、建設工事の現場監督をしていて、建設業の組合員だった。「俺たちはもう、税金の無駄遣いにはうんざりしているんだ!」。サリバンの目に宿る怒りに、私は強い印象を受けた。その後、2014年の中間選挙や今回の大統領選挙の取材で回った各地で、同じような怒りを、人々の目の中にみた。

アンディ・サリバン=ニューヨーク、ブルックリンで


 ティーパーティーは、「小さな政府」を求める保守の市民運動で、2009年から全米に急速に広がっていた。運動のきっかけの一つは、オバマ政権による大手金融機関の救済だった。金融システムの崩壊を食い止めるためというのが政府の説明だったが、経済危機の中で苦しむ多くの国民は強く反発した。運動は、ワシントンの政治家や大企業など「反エスタブリッシュメント(既得権益層)」の色が濃く、その意味では、今回のトランプ現象にも通じるものだった。
 6年ぶりに会ったサリバンは、予想していた通り熱心なトランプ支持者となっていた。以前と変わらず工事現場の監督をしているが、組合は離れたという。サリバンは「奇跡が起きた」とトランプの勝利に上機嫌だった。
 これは共和党の勝利なのか、とサリバンに問いかけると、即座に「ノー」という答えが返ってきた。「これは党派を超えた、民衆の勝利だ。エスタブリッシュメントは結果にとても不満だろう」
 エスタブリッシュメントの話になると、サリバンの話は熱を帯びた。「一番むかついたのは、有名な歌手や俳優が出てきては、『ヒラリーに投票を』と訴えたことだ。大金持ちで何の不自由もしないやつらに、なんで誰に投票するかを指図されなければいけないんだ。毎月の小切手の支払いに苦労するような生活をしてから言ってみろ」
 サリバンは、「普通のアメリカ人はフラストレーションを感じている。それが人々をトランプ支持に向かわせたんだ」と言う。
 「昔は、大工や配管工も、働けば一家を養い、家を買い、休みに家族旅行も行けた。いまはアプリをつくって100万ドル稼げるような天才か、金持ちの家に生まれるしかない。かつては一生懸命働けば梯子(はしご)を登れたが、今は梯子の段そのものがいくつもなくなって、登ること自体が難しくなったんだ」
 実際には、トランプに一票を投じた人たちの多くは、「共和党候補」としてのトランプに入れた、従来の共和党支持者だ。この中には、トランプを嫌いながらも、民主党のクリントンに勝たせないため、鼻をつまみながらトランプに入れた人も少なくない。

トランプの演説を聞く支持者たち=10月27日、オハイオ州スプリングフィールド、大島隆撮影



 一方で、党派を超えて「エスタブリッシュメント」への反発が強まる中で、共和党候補というよりは、トランプ個人を熱烈に支持した人たちが投票所に足を運んだ。これが、トランプ勝利の大きな要因の一つだった。
 サリバンの怒りの矛先は、エスタブリッシュメント以外にも向けられていた。
 「小さな政府」を求めるサリバンは、6年前に会った時も今回も、「エンタイトルメント」と呼ばれる福祉受給制度の無駄を痛烈に批判していた。低所得者向けの支援措置や失業保険への過度な依存や不正受給が横行して、財政を圧迫するだけでなく、自助努力の原則を損なっている、という主張だ。
 サリバンの憤りは、今回会った時、移民に対しても向けられた。「社会福祉の手当を不正に受給している外国人がいる。建設現場で一緒に働いている外国人から、やり口を聞いたんだ。俺たちの税金なのに!」。
 トランプ政権に最初に取り組んで欲しいことを聞いてみた。サリバンは言い切った。「最初にやるべきなのは、国境に壁をつくることだ」。

■失われた希望


 もう一人、再会して話を聞こうと思ったのが、経済学者で元ニューヨーク大学教授のエド・リンカーン(67)だ。
 8年前の大統領選挙の投票日。研究室で話していたリンカーンの目が、みるみる赤くなった。
 「あなたにわかるだろうか。この国にとって、これがいかに歴史的な瞬間かを……」
 まだ選挙結果は出ていなかったが、オバマの勝利が確実視されていた。白人のリンカーンが、この国に初めてアフリカ系大統領が誕生することを喜び、感極まったのだった。
 あの日の夜、オバマの当選が決まると、ニューヨーク市内のあちこちで、人々の歓声が響いた。街中で見かけた「HOPE(希望)」と書かれたオバマのポスターやTシャツは、あの時代の空気を象徴していた。

エド・リンカーン=ワシントンDCで



 投票日前の10月末に再会したとき、リンカーンは「米国は多民族、他人種の社会だ。白人以外の大統領が誕生するのは、社会の健全な一歩だと思った」と当時を振り返った。
 リンカーンは、経済危機からの脱却や医療保険制度改革といったオバマ政権の8年の実績を評価する一方で、「取り残された人々」がいることも認めた。
 「そもそも米経済の成長のペースは鈍っているし、経済の構造的な変化が進んだ。新しい雇用も生まれたが、それは(製造業が栄えた)オハイオ州やミシガン州ではなかった。政治家たちは、彼らの膨らんでいく怒りに十分注意を払わなかった」

トランプの演説を聞く支持者たち=10月27日、オハイオ州スプリングフィールド、大島隆撮影


 リンカーンはトランプの台頭を非常に懸念していたが、最終的にはクリントンが勝つだろうとも思っていた。しかし選挙結果は、リンカーンを打ちのめした。
 「恐ろしいことが起きた。私の人生で最悪のことだ」「これは、ドイツ国民がヒトラーを選んだ1933年以来、世界で起きた最悪の出来事かもしれない」。選挙後に届いたリンカーンからのメールには、悲観的な言葉が並んでいた。
 「4年間を何とかしのいで、次の選挙で国民が別の人を選ぶのを期待するしかない。しかし、4年間はとても長い」
  ◇
 8年前の希望を打ち砕かれたのは、リンカーンだけではなかった。

ロジャー・ハル=ニューヨーク州スケネクタディで


 ニューヨーク州北部のスケネクタディで会った元大学学長ロジャー・ハル(74)は、白人と黒人の間に生まれた養子の次男を、8年前のオバマ大統領就任式に連れて行った。「私はオバマの大統領就任で、基本的にはこの国の人種偏見が終わると思った。子供を連れて行ったのは、その瞬間を見せたかったからだ。しかし、私は間違っていた。事態はむしろ悪化した」
 「私は常に楽観主義者だ」というハルだが、今回の結果への衝撃は隠せなかった。それでも最後に、自分に言い聞かせるように語った。「ただ家にこもって心配していても仕方がない。世の中を少しでも良くするため、自分にできることをやるのだ」