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イランのレスリング 敵対する米国との懸け橋に

Insight 世界のスポーツ
決勝戦で米国のアンソニー・ラモス選手と組み合うイランのハサン・ラミヒ選手 photo: Kanda Daisuke

イランの首都テヘランからイラクへ向かう街道の途上にある、イラン西部の都市ケルマンシャー。その屋内競技場に特設されたリングの中心で、2人の男が四つに組む。スタンドを埋めた数千人から地響きのような声援が飛んだ。

USA! USA!

2月16日、8カ国が参加したレスリング・フリースタイル男子のワールドカップ、予選の米国対ロシア戦。際どい判定で劣勢に立った米国選手を、後押しするように会場を揺らしたのは、イラン人観衆だった。

2週間前まで米国は出場すら危ぶまれていた。トランプ大統領がイランを含む7カ国からの入国を拒否する大統領令を出すと、イランは報復に米国人へのビザ発給を停止。レスリング代表が標的になった。

もとより両国の関係は険悪だ。イランがイスラム革命を起こした翌年、1980年に国交を断絶する。テヘランの米大使館が襲撃された事件が原因で、イランは米国を「大悪魔」(故ホメイニ師)、米国はイランを「悪の枢軸」(ブッシュ元大統領)と呼んできた。

レスリングはそんな両国をつなぎとめてきた。断交後、初めてイランに米国のスポーツ選手が入国したのは982月の国際レスリング対抗戦。これまでに米代表はイランを15回、イラン代表は米国を16回訪問したという。今回、動いたのはイランのレスリング協会。米国の参加を求める嘆願書を出すなど政府に働きかけ、ほどなくして米国の連邦地裁が大統領令を差し止めたこともあり、一転して出場が認められた。

一番人気、米国のバローズ選手 photo: Kanda Daisuke

町々の道場、強豪国の下地

イラン人観客とハイタッチする米国のジェームズ・グリーン選手 photo: Kanda Daisuke

イランはレスリングの強豪で、人気もサッカーに迫る。男子しか出場しないが、12年のロンドン五輪は金3個を含むメダル6個、16年のリオ五輪でも金1個など5個を手にした。

レスリングはイランで「コシティ」の名で呼ばれる伝統スポーツという一面もある。ローマ帝国と戦ったパルティア(アルサケス朝、紀元前3世紀03世紀)の時代には既にあったそうだ。「男2人が組みあい、相手を地にはわせた方が勝ち」というレスリングは、世界各地で文明のあけぼのからある。古代ギリシャの哲学者プラトンも選手だったとされる。

ただ、イランにはコシティを鍛錬する道場、日本で言う相撲部屋がズールハーネという形で現在も町々に残り、子どもたちも通う。その数約500カ所。ここにレスリング強豪国の下地がある。

優勝トロフィーを掲げるイラン代表チーム photo: Kanda Daisuke

大会はイランと米国が勝ち進み、決勝で対戦。体重別8階級のうち、イランは最初の4階級を連取。ところが、米国が巻き返して3連勝し、接戦に。最後の125キロ級をイランが制し、優勝を決めた。

米国のエース、バローズは試合後、自らのインスタグラムにイランの公用語、ペルシャ語でメッセージを載せた。「イラン人の皆さん、たくさんの愛をありがとう。イラン代表、優勝おめでとう。またイランに戻りたい、また皆さんに会いたい USIR」。イラン人を中心に約16000件のコメント、56000件を超える「いいね」がついている。(文中敬称略)