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ピンチは好機! 憧れの職に@シンガポール

私の海外サバイバル
ダイビング中の木村卓哉さん=木村さん提供

私のON

シンガポールに来たのは2009年です。アメリカのセントルイス大学を卒業後、米国のIT企業などを経て、06年に米国系の大手金融機関に入社しました。はじめは東京勤務でしたが、09年にシンガポールへ転勤になりました。ここでダイビングのインストラクターになりました。平日はいまも会社で働き、主に土曜日曜を利用した兼業インストラクターです。もちろん、会社も同意の上で、金曜は午後6時までに退社することを認めてもらっています。

ダイビングを始めたのはシンガポールに来てからです。海が好きでずっと憧れていたのです。実は私、米フロリダ州の航空大学に留学したこともあり、パイロットの免許も持っています。フロリダではせっかく海の近くにいたのですが、ダイビングをした直後は体調の問題から航空機に乗れないため、いつ搭乗訓練があるか分からない航空大学生としてはダイビングができませんでした。

シンガポールに来て、当時つきあっていた人がダイバーだったことや、会社にインストラクターの資格を持っている人がいたこともあり、すぐに始めました。

インストラクターの資格は、インドネシアのバリ島で1カ月間、講習や試験を受けて取りました。実はこの直前、会社でそれまで勤務していた部署が別の国に移転することが決まり、私は仕事を失うことになると思っていたのです。そこで、これも良い機会だろうと思って、憧れだったインストラクターをめざすことにしました。結局、会社の別部署に配転され、会社にもシンガポールにも残ることができたのですが、新しい部署で働き始める時に、会社の上司に相談して、インストラクターとの兼業も認めてもらいました。

シンガポールの海は、タンカーなどの航行も多いのであまりきれいではありませんが、水温は平均で28~29度くらいあって暖かく、ダイビングは人気があります。インストラクターの仕事で稼ごうというつもりはあまりないので、指導している生徒さんは口コミで来た人が中心です。それでもほぼ毎週末、入っていますが。日本人と外国人の割合は3:7くらいでしょうか。日本人は日本語で、外国人は英語で指導します。インターネットを使ったeラーニングで座学をやって、土日にプールでトレーニングをして、それが終われば海に連れて行きます。シンガポールから気軽に行け、海がきれいなマレーシアのティオマン島へ泊まりがけで行くことが多いです。

ダイビングを指導しているベトナム人の生徒と=木村さん提供

シンガポールからはバリ島やモルディブへも直行便があり、ダイバーにとってこの国の魅力は世界中どこへ行くのもアクセスが良いところです。それに生徒の多くはシンガポールで仕事をしている方ですが、シンガポール人だけでなく、英国、米国、ベトナム、フィリピンなど国籍が様々なのもシンガポールならではでしょうか。ダイビングを通して、様々な仕事の方、様々な国の方と知り合うことができます。

会社でもダイビングクラブを立ち上げたのですが、同じようなクラブは他の外資系企業にもあり、ほぼ3カ月ごとに参加者を募って、船をチャーターしてダイビング旅行に行っています。別の会社に転職した元同僚によると、新しい会社にもダイビング仲間がいたおかげで、すぐになじめたということでした。仕事をする上でも、異文化を知る上でも、ダイビングがツールとして役に立っているみたいです。

私のOFF

シンガポールの夜景を背に=木村さん提供

会社の仲間たちと飲み会をやる時に、一番良いのは、ホテルなどの屋上にあるルーフトップ・バーですね。景色が良くて、風が心地よく、ビールもすすみます。シンガポールにはたくさんあって、仲間たちとバーを渡り歩くこともあります。ここは常夏で季節感がないので、一年がとても早く過ぎるように感じます。

シンガポールは水道の水も飲めますし、生活で困ることはほとんどありません。強いて苦労したと言えば、「シングリッシュ」と言われるシンガポールなまりの英語に、最初はとまどいました。ただ、米国留学中は英語でもっと苦労しましたからね。ピザの宅配を頼んでも、英語が通じず、電話を切られたこともありました。シンガポールは米国の地方都市より、ずっと多様性があるので、コミュニケーションは苦労しません。

あとは、シンガポール・タイムですね。1時間や2時間の遅刻は珍しくありません。自宅でバーベキューをして、開始の夕方5時に火をおこして待っていたけど、誰もいなかったということもありました。日本の常識で動くと、損をした気になるので、自分も慣れるようにしました。(構成・浅倉拓也)

Takuya Kimura

きむら・たくや/1974年、東京都生まれ。米国の大学を卒業、IT会社などを経て2006年から外資系金融大手に勤務。