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移民監督トラン・アン・ユン、今のフランスを憂える~『エタニティ 永遠の花たちへ』

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
インタビューに答えるトラン・アン・ユン監督=外山俊樹撮影。1996年にも週刊誌「AERA」の取材でトラン監督に会った外山記者いわく、「20年以上経つのに、まったくお変わりない」

ベトナム戦争のサイゴン陥落でフランスへ逃れた監督は、今のフランスをやはり憂えていた。『ノルウェイの森』(2010年)などで知られるトラン・アン・ユン監督(54)の最新作は、初めてフランスを舞台にした仏映画『エタニティ 永遠の花たちへ』(原題: Éternit/英題: Eternity)(2016年)。30日の公開を前に来日したトラン監督にインタビューすると、移民をめぐる懸念を珍しくも語ってくれた。

『エタニティ 永遠の花たちへ』は、19世紀末フランスの上流階級が舞台。女性が結婚し多くの子を産むのが当たり前だった時代、親が決めた結婚の中でも意思を発揮するヴァランティーヌ(オドレイ・トトゥ、41)の波乱の人生、彼女の息子アンリ(ジェレミー・レニエ、36)の幼なじみで妻となるマチルド(メラニー・ロラン、34)に訪れる悲劇、マチルドのいとこで親友のガブリエル(ベレニス・ベジョ、41)が大家族の伝統を守ろうとするさまなどを、時代の流れとともにつづる。第1次大戦を挟みながら、一見豊かで恵まれた当時の女性たちがいかに苦難や悲しみを乗り越えてきたかが、セリフを最小限に抑えた映像美からにじむ。

『エタニティ 永遠の花たちへ』より © Nord-Ouest

トラン・アン・ユン監督といえば、カンヌ国際映画祭カメラドール(新人監督賞)の『青いパパイヤの香り』(1993年)、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞のトニー・レオン(55)出演作『シクロ』(1995年)、『夏至』(2000年)、ジョシュ・ハートネット(39)に木村拓哉(44)、イ・ビョンホン(47)と米日韓俳優共演の『アイ・カム・ウィズ・ザ・レイン』(2009年)、松山ケンイチ(32)が主演した村上春樹(68)原作の『ノルウェイの森』(2010年)と、いずれもアジアを舞台にした作品で名をはせてきた。

今作はこれまでと打って変わって、舞台も登場人物も完全にフランス。トラン監督作品としては初だ。原作は、アリス・フェルネ(55)の小説『L’Élégance des Veuves(原題、「未亡人たちの優雅さ」の意)』。これを映画化した背景について、トラン監督はゆっくりと語った。「私は映画化できる小説を探そうと、たくさんの本を読んでいた。なかなかピンとこなかったところへ、この小説はとてもすばらしいと思った。とても感動し、泣いたほどだ。とても個人的なものに触れた気持ちで、とてもとても心打たれた」

『エタニティ 永遠の花たちへ』より © Nord-Ouest

トラン監督はベトナム戦争下の1962年に生まれ、ベトナム中部ダナンで育った。ラオスへの移住を経て、サイゴン陥落の1975年、12歳で両親や弟とフランスへ亡命した。パリ19区でタクシーを降りた時、父のポケットには17ドルほどしか残っていなかったという。他の親類とは、ベトナム戦争の混乱の中でばらばらになった。「私は貧しい家庭で育ち、家族はとてもこぢんまりとしている。父の子ども時代のことも、私は知らない。両親以前の世代についてもよく知らず、誰だかもわかっていない。この本が描いたとても豊かな大家族は、私にはないもの。だから興味を惹かれた、彼らの人生の流れにとても魅了された」

トラン監督が生まれ育った「辺鄙な田舎の小さな地域」は、「夜はとても静かで、サルの咳が聞こえるほどだった」と言う。サルの咳! それだとわかるものなのでしょうか。「ええ、わかりますよ」

トラン・アン・ユン監督=外山俊樹撮影

フランスに移り住んで40年以上。今回ついに、フランスを題材にしようという境地に至ったということだろうか。「私は、フランス映画を撮りたい、あるいはベトナム映画を撮りたい、といった考え方はしない。次は例えば、マレーシアで撮るかもしれない。自分が何に心動かされるか次第だ。自分がワクワクする題材に出あうのはとても稀なこと。だから、どの国で撮るかは関係ない」

フランスとベトナムという2つの文化を体現する監督として、こうも語った。「フランスにいる時と、ベトナムに戻った時とでは別の人間でいるような感じがある。フランスの暮らしで何かうんざりすることがあっても、ベトナムに行けば新たな気持ちになれる。非常にリフレッシュするような感じがある。とてもいい感覚だ。だから私は2つの文化をあわせ持っていると感じる。アイデンティティーとはなんなのかわからないが、私は、ベトナムに生まれ育ってフランスで暮らす人生の産物だ」

トラン監督のインタビューは、どこか禅問答のようでもあった。

『エタニティ 永遠の花たちへ』よりオドレイ・トトゥ © Nord-Ouest

この映画は女性たちを軸に生と死のサイクルを描いているようだと言うと、「私はそれをサイクルとは思わない。直線であり、エタニティー(永遠)だ」と答える。「永遠は、私たちにはなかなか実現しづらい代物では?」と返すと、「いや、私たちは何も『実現』などしなくていい。永遠は、自分自身より大きなものとして常にそばにある」。今作を彩る庭の花々や衣装の刺繍から、ベトナム的な繊細さと美意識が感じられると言うと、トラン監督は「どうでしょう、それはあなたの解釈次第ですね」と優しく笑った。ある意味、まるでトラン監督の映画の中にいるようなやり取りだ。

だが、世界的に成功した移民の監督として、移民をめぐる今のフランスの状況についてどう思うか尋ねると、口調はやや厳しさを帯びた。

『エタニティ 永遠の花たちへ』よりベレニス・ベジョ © Nord-Ouest

「私がフランスに移り住んだ当時は、人種差別に遭ったことなど決してなかった。一度もだ。12歳当時、人種差別にからむものを見せつけられたり示されたりしたことは、まったくなかった。みんな、私が彼らと違うことに興味を示し、ベトナムについて尋ねてきたりした。とてもいい感じだった。ところが今は、違うものになっている」

トラン監督には20歳の娘と16歳の息子がいるが、「息子はパリで人種差別に直面している。彼はパリで非常に教育水準の高い学校に通っているが、それでも嫌な思いをしている」とトラン監督は話した。

トラン・アン・ユン監督=外山俊樹撮影

ベトナム移民の苦労についてあまり多くを語ってこなかった印象のトラン監督としては、珍しい発言だと感じる。

「フランスは他の人々を受け入れる伝統がある。これを変えるべきではない。多少問題があっても、移民は受け入れ続けるべきだ。フランスは、人々が新たなチャンスを得て、新たな出発をしようとして集える場所でなければならない。移民によって文化が融合することで、人々におもしろいものをもたらすのだから」。ユン監督の言葉に力がこもった。

『エタニティ 永遠の花たちへ』よりメラニー・ロラン © Nord-Ouest

そんなトラン監督が今進める次回作は、「子どもの映画」だそうだ。「私が子どもの時に遊んだゲームや、そういったものも含めてね。まったく個人的な経験を撮るのではなく、個人的な感情を大事にしたい。今回の『エタニティ 永遠の花たちへ』のように」

明らかな政治的・社会的メッセージを直接作品に盛り込んだりはしないトラン監督。それでいて次回作は、今の世界への憂いがどこか、にじんできそうな気がした。

トラン・アン・ユン監督(左)にインタビューする筆者=外山俊樹撮影