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「行動しなければ、沈黙を守る側になってしまう」 シネマニア・サロンリポート

シネマニア・リポート 更新日: 公開日:
第10回シネマニア・サロンを終えて、参加したみなさんと記念撮影=宋光祐撮影

「思っているだけで行動しなければ、沈黙を守る側になってしまうのだと気づいた」――。世界の映画人へのインタビューをもとに読者のみなさんと世界の問題を語り合う「シネマニア・サロン」、12月10日に開いた第10回は、ハリウッドからさまざまな業界や地域へ広がっている性的被害告発の輪「#MeToo(私も)」について考えた記念回。ハリウッドで24年活動した米国人プロデューサー、ブルース・ナックバーさん(56)をゲストに迎え、議論はいつも以上に白熱した。

「シネマニア・サロン」はGLOBEウェブ版の連載「シネマニア・リポート」の読者のみなさんと双方向で語り合うイベントで、2016年8月から随時開催している。「シネマニア・リポート」でインタビューした世界の俳優や監督、プロデューサーの方々の肉声を字幕とともに披露しつつ、彼らが語る世界の問題についてともに考え議論。今回は注目のテーマとあっていつもより広い会場とし、20代の男女を含めて約60人が集まった。

今は東京に住むナックバーさんは、米アニメ界の名門ピクサー・アニメーション・スタジオでヒット映画『モンスターズ・インク』(2001年)の製作に携わったほか、米テレビシリーズ『Dr. HOUSE』(2004~12年)なども製作。マシュー・マコノヒー(48)主演(48)の『ニュートン・ナイト 自由の旗をかかげた男』(2016年)では製作総指揮を務めた。私はナックバーさんに『ニュートン・ナイト』が日本で公開された2017年2月にインタビュー、ハリウッドの大物プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインによる数々のセクハラ・レイプ問題の発覚後も話を聞いて、11月25日付朝日新聞夕刊やGLLOBE「シネマニア・リポート」に記事を掲載。今回、読者の方々がじかに質問し話せる機会をつくろうと、彼をゲストに招いた。

「この問題は何千年と続いてきたのだと思う。ハリウッドの歴史をひもといても、映画界が興った時から女性たちに起きた問題だとわかる」。ナックバーさんはサロンの冒頭、そう切り出し、ハリウッドでこの問題が長年公になってこなかった構造問題を解説した。ハリウッドには名声や成功を切望する人たちが集まるが、夢が叶うのはほんのひと握り。だからこそそれを食い物にしようとする男性たちの被害を受けやすくなる――。

職場の人事や就職活動などに置き換えても、大なり小なり同じ構図と言えるだろう。

ワインスタイン問題について書いた記事をまだ読んでいない参加者の方々向けに、私は敢えて再度、会場でナックバーさんに聞いた。「だとしたらなぜ今、続々と声を上げる人が出てきたのでしょう?」

ナックバーさんは「トランプ大統領の登場だ」と言い切り、「女性たちから性的被害を訴えられてなお、彼が米大統領に当選したことで、女性たちが『もうたくさん! 我慢できない』と立ち上がった」と強調した。実際、反トランプ派が目立つハリウッドのいわば「内部告発」を経て、トランプ大統領(71)による過去の性的被害を告発した女性たちが今改めて、連邦議会に被害調査を求めている。トランプ政権で登用されたニッキー・ヘイリー国連大使(45)も「いかなる女性の告白にも耳を傾け、問題を取り上げるべきだ」と米CBSの番組で発言、トランプも例外とはならないと語った。

この観点に、参加者(32)からは「米国人ならではの見方。すごく印象的だった」との感想が後で寄せられた。

「#MeToo」運動が広がる中、オスカー俳優ケヴィン・スペイシー氏(58)も数々の被害が明るみに出た。これを受けてネットフリックスは、2013年からスペイシー主演で続く人気ドラマシリーズ『ハウス・オブ・カード 野望への階段』の最終・第6シーズンから彼を降板させ、妻役のロビン・ライト(51)を主役にすると発表。スペイシーは米国で12月公開のリドリー・スコット監督(80)の新作『All the Money in the World(原題)』にも出演していたが、問題発覚を受け急遽、クリストファー・プラマー(88)を代役に彼の全場面が差し替えられた。

それにしても『ハウス・オブ・カード』はスペイシーの当たり役で、彼はいわば、このシリーズの顔のような存在。ネットフリックスの会員増にも少なからず貢献したであろう彼を、ネットフリックスが即座に「排除」した決断には驚きを禁じ得なかった。「性的被害を及ぼす人物とは仕事しない」運動が、まさに広がっている。

そう言うと、ナックバーさんは語った。「ソーシャルメディアで非難が広がる中、ネットフリックスとしては素早く反応して先手を打ち、批判の矛先が自分たちに向かないようにしたのだろう」

ナックバーさんは同時にサロンの合間に、「この問題でクリストファー・プラマーが代役になるのはかなり疑問だ」と私に耳打ちした。どういうこと?と聞くと、あとで詳しく教えてくれた。米国版ハフィントン・ポストによると、プラマーが2008年に刊行した自伝『In Spite of Myself(原題)』は、21世紀に書かれたとは思えないほどセクハラ満載の内容だ。「女性を見るといつでも、想像で服を剥ぎ取って目でレイプしている」とつづったほか、女性をまるでモノとして見るような内容を手を替え品を替え書いている。さらには人種差別的な表現も。ハフポストは「リドリー・スコット監督はプラマーの伝記を読むべきだった」と見出しにうたった。しかし関係者はこれを読んだのか読んでいないのか、彼を代役とした作品は予定通り公開された。

クリストファー・プラマーと聞いてピンとこない方向けに注記すると、作品賞などアカデミー賞5冠の名作『サウンド・オブ・ミュージック』(1965年)でナチス・ドイツへの服従を拒んだオーストリアの大佐ゲオルクを演じたのがプラマーだ。この優れた作品を、とんでもない自伝で台なしにされた気分になる。

だからこそ、会場でナックバーさんは男性としてこう語った。「私は小さい頃からプレイボーイ誌を見て育った。つまり人生の初期から、女性をモノとして見る(objectify)ようになっていた。女性のビキニ姿が消費されている日本も、女性を性的対象としている点で似ている。それによって男性は、セクハラやレイプなどの性的被害に加担する共犯者となっている。男性が悪いことをしてもいいと思える環境を、男性自身が作り出している。自分自身はセクハラなど性的被害を及ぼしたことはないが、今改めて人生を巻き戻しながら見直し、誰かを嫌な気持ちにさせたことがあっただろうかと考えるようにしている」

すごい発言だと思った。男性自身からそうした言葉を聞くのは、本当に画期的だと思う。

そうしてナックバーさんは、ハリウッドで数年前に起きた事例を紹介した。「ある女優がひどい扱いを受け、脅しにも遭ったとしてエージェントに訴え出たが、悲しいことに誰も彼女を支えなかったということがある。人は仕事を失うんじゃないかと思うと、正しいとわかっていても行動できなくなる。日本もレイプ被害を訴え出た女性がいたが、彼女を擁護しようとしない人たちがいるでしょう。だからこそ声を上げた女性を周囲が支援していかないと、ものごとは変わってゆかない」

サロンの後半はいつも、参加者の方々にグループごとに分かれて議論してもらっているが、今回はいずれのグループもひときわ盛り上がった。今回、社会起業家で評論家の勝部元気さんにも参加いただいたが、勝部さんのグループでは20代の女性が、ナックバーさんの発言を受け、自戒を込めてこう吐露していた。「私もレイプ問題やジェンダー関連の話をする時は相手を選んできた。でもそれは、自分の倫理観より快適さを優先していたためだと思った。『自分は事件に対してひどいと思っている、だから被害者の味方になっている』という気持ちでいたけど、行動しない限り、沈黙を守る側になっていたのだと気づいた」

私自身、ぐさりときた思いだった。こうした声をじかに聞くことができて、このサロンを開催してよかった、と心から思った。

ナックバーさんは会場で、この問題をめぐって果たした米メディアの役割についても語った。「女性たちが勇気を出して語ったのに加えて、ニューヨーク・タイムズやニューヨーカーがそれを報道したからこそ、この問題が広く知れ渡った。とても大事なことだ」。そうしてナックバーさんはややおどけながらつけ加えた。「だからみんな、新聞を買おうね!」。これは私そして日本のメディアへの発破なのだと思う。年内最後の「シネマニア・リポート」を書きながら改めて、その言葉を胸に刻んでいる。

次回のシネマニア・サロンは3月11日(日)。サロンはかなり手作りの運営で、これまでも常連参加者のご協力に助けられてきたが、今回も見かねた参加者の方が、ありがたくも次回のボランティアを買って出てくれた。文字通り「みんなで作るサロン」、改めて感謝の気持ちでいっぱい。次回の詳細や参加ご登録はこちらから、お待ちしています。

みなさま、改めて今年もお世話になりました。どうぞよいお年をお迎えくださいませ。2018年も「シネマニア・リポート」 そして「シネマニア・サロン」をよろしくお願いいたします。