『Ein Leben ist zu wenig(一度生きるだけでは十分でない)』は東ドイツ出身の左翼党政治家グレゴール・ギジの自叙伝である。いつも決まり文句しか出てこない並の政治家と異なり、著者は発言が個性的で、党派を超えた関心を集めるメディアの寵児だ。読み進むうちに、共産主義時代の東ドイツと、統一ドイツという二つの体制を生きた著者の自負心が、行間からにじみ出てくる。
ユダヤ人で共産党員だったギジの両親は、ナチを逃れてフランスに滞在するが、戦争が本格化すると党の命令でベルリンに戻り抵抗を継続。ギジは1948年に誕生、翌年に東西ドイツという分断国家が成立した。ギジにとって、ドイツ民主共和国(東独)は両親が命がけで建国に携わった国であり、父親は東独で文化相をつとめた。ギジが19歳でドイツ社会主義統一党(SED)に入党し、東独社会主義を正しいと確信していたのも当然であった。
法学を専攻したギジは「決断するのは性格に合わず、裁判官でなく弁護士になった」と振り返る。手がけた大半は、離婚や窃盗などの平凡な事件だった。そんな彼が、ベルリンの壁が崩壊した1989年の秋に突然政治の表舞台に登場、12月のSED臨時党大会で党首に選ばれた(筆者は偶然傍聴席にいた)。
こうして弁護士を辞めたギジは、「旧東独側の立場を説明し、旧西独国民の理解を得る」という新たな形の弁護活動を始める。猛烈な反共国家だった西独国民にとって、SEDは「スターリンの共産党」であった。ところがドイツ統一後もSEDは「民主社会党」とか「左翼党」とか表札を変えて解党しなかった。これは冷戦の戦勝国・統一ドイツに対する挑発とされ、党員は、敵性国家・東独の残党扱いをされた。著者のギジをはじめとする左翼党の国会議員は、2014年まで憲法擁護庁に監視され、情報が収集された。
このような圧力に抗して、元「共産党」が現在の統一ドイツで重要な野党になったのは、テレビの討論番組でもユーモアを忘れなかったギジの功績が大である。旧東独の理解に役立つ本書がベストセラーになったことは、「事実上、西独による東独の吸収合併」という当初のあり方から、「東西ドイツ真の統一」に近づいたことを意味し、著者も本望だろう。
『Nächste Ausfahrt Zukunft(未来は高速道路の次の出口)』の著者ランガ・ヨーゲシュヴァは科学ジャーナリストだ。彼の見解では、現在進行中の技術革新は、蒸気機関などの従来技術とは比べものにならないほど、社会を変容させる可能性があるというのに、ろくに議論もされないまま進行しているという。技術革新については、企業の競争力やビジネスモデルなど、経済への影響ばかりがクローズアップされる傾向があるからだ。
新技術の社会的影響が、従来の技術と大きく異なるのは、工場などの職場にとどまらず、生活全体に浸透しつつある点だ。実例としては、スマートフォンから発信される血圧や脈拍などの生体情報を利用した健康管理サービスや、パートナーを探すマッチングサイトを考えればわかりやすい。
次に著者が指摘するのは、普及のスピードである。電話が1億台になるまで75年もかかったのが、フェイスブックは4年、インスタグラムはわずか2年だ。だから、本書の題名にあるように、先のことだとのんびりしてはいられない。
借金を返してもらえるかどうかは重大要件だが、膨大な量のデータをもとに開発された個人の信用力を判定するプログラムがすでに存在し、その的中率は従来のものより遥かに高い。ところが、著者によると、プログラムの根底にある手順というべきアルゴリズムは複雑すぎて、因果関係を特定することができず、信用力がないと判定された人に対して、その理由を説明できないという。犯罪者候補を特定する類似プログラムが議論を呼ぶのも同じ事情からだ。
人間の自主性を重視する近代的価値体系は因果関係を基盤にする。実際の的中率が高いというだけでコンピューターの分析結果を信用するならば、「神のお告げ」に盲目的に従った時代に逆戻りすることになりかねない、と著者は警告する。
本書の特長の一つは、読者が著者と共に、最先端技術を身近に体験できる点にある。例えば著者は高速道路で時速130キロの自動走行車の運転席にすわるが、プログラムやセンサーが正常に機能しているかどうかが、絶えず気になってしまう。
2年前に米国で自動走行車が横断する白いトラックに衝突した。著者は、車に搭載されたAIが、光の加減で白くなった背景と白い車両を識別できなかった可能性を捨て切れないが、公式発表は「不注意な運転者に責任がある」とした。
現代の社会はすでに、疑わしい場合には人間よりも機械を信頼するようだ。それは、私たちの世界観が、気づかないうちに、変わりつつあるからではないのだろうか。
ユヴァル・ノア・ハラリは数年前に国際的ベストセラー『サピエンス全史』を著わしたイスラエルの歴史学者である。新著『Homo Deus(ホモ・デウス)』のなかで、彼は『Nächste Ausfahrt Zukunft』の著者が提起した疑問に、答えているかのように見える。
著者によると、ホモ・サピエンスは飢餓、疫病、天災、戦争といった外部の厄介な問題をある程度までコントロールできるようになったが、今やバイオ・エンジニアリング、人工生命体の創造、サイボーグなどの新技術によって「神や創造主の地位へとアップグレードしようとしている」という。題名の「ホモ・デウス(神的人間)」はここに由来する。
遺伝子操作によって「デザイナーベビー」を創造するのもその例だ。また、サイボーグと聞いて陳腐なSF映画を連想するのは認識不足で、要介護の老人がロボットスーツを着用するのも、人間と機械の融合(サイボーグ化)のひとつのあり方である。また人工頭脳の近年の成果も目を見張るばかりで、人工生命体の創造も夢ではない。こう考えると、ホモ・サピエンスはホモ・デウスへの道を着実に歩んでいることになる。
現人類の遺伝的形態は、これまで自然淘汰だけで変わってきたが、ホモ・デウスの時代になると、自らの技術で自らの遺伝子を操作し、人工的な進化を起こすことも十分ありうる。そうなってしまえば、現人類にとっては、ホモ・デウスなんかよりも、ネアンデルタール人などの旧人類の方が遥かに身近な存在となってしまう。ホモ・サピエンスは、自らも意識しないうちに、自身とは全く異なった未知の存在になる冒険をはじめたことになる。
ハラリによると、ホモ・デウスになろうとする現人類の露払いを務めるのは、「データイズム」という世界観である。この考え方では、動物も機械も似たようなアルゴリズムで機能するデータ自動処理装置、ということになる。また、電子データと生化学的データにも、本質的な差はないとする。両者を区別しないのは、電子データに基づく機械と、生化学的データに基づく人間との融合を、円滑に進めるためである。
この世界観によると、すでに膨大なデータが地球規模で行き来している。機械であろうが、人間であろうが、個々のデータ自動処理装置は、データを受け取ったり出したりして、この巨大のデータの流れに参加する。あなたがメールのやりとりをしたり、「いいね!」ボタンを押したりするたびに、このデータの奔流に加わっているわけだ。しかし、その時のデータ処理アルゴリズムは、すでにふれたヨーゲシュヴァも指摘したように、因果関係と無縁であり、何の目的に役立つかよく分からないという。
ハラリによると、データについてのこのような考え方は、20世紀後半に個々の学問領域で少しずつ受け入れられていたのが、今世紀に入ってから急速にホモ・デウスの宗教というべき立場に昇格したという。
ドイツのベストセラー(ノンフィクション部門)
1月27日付Der Spiegel紙より。『 』内の書名は邦題(出版社)
1 Ein Leben ist zu wenig
Gregor Gysi グレゴール・ギジ
旧東独社会主義の伝統を受け継ぐ左翼党の政治家の自叙伝。
2 Die Kunst des guten Lebens
Rolf Dobelli ロルフ・ドベリ
幸せに至る道は千差万別だと説く、スイスの経済哲学エッセイスト。
3 Über den Anstand in schwierigen Zeiten und die Frage, wie wir miteinander umgehen
Axel Hacke アクセル・ハッケ
著述家の著者は品格の保持が今の厄介な時代こそ重要だとする。
4 verheimlicht - vertuscht - vergessen 2018
Gerhard Wisnewski ゲルハルト・ヴィスネウスキー
2017年に隠され、ごまかされ、忘れられた「新聞に載らなかった事件」の数々。
5 Nächste Ausfahrt Zukunft
Ranga Yogeshwar ランガ・ヨーゲシュヴァ
科学ジャーナリストが社会を根底から変える技術革新を解説。
6 Das geheime Netzwerk der Natur
Peter Wohlleben ペーター・ヴォールレーベン
自然の中に存在する、生きもの同士の秘密のネットワーク。
7 Das geheime Leben der Bäume
『樹木たちの知られざる生活』(早川書房)
Peter Wohlleben ペーター・ヴォールレーベン
自然林を理想とする著者が生きている樹木について語る。
8 Homo Deus
Yuval Harari ユヴァル・ハラリ
イスラエルの歴史学者・ベストセラー「サピエンス全史」の続編。
9 Wunder wirken Wunder
Eckart von Hirschhausen エッカルト・フォン・ヒルシュハウゼン
医者の著者が「病は気から」の微妙な世界をユーモラスに扱う。
10 Hilde
Ildikó von Kürthy イルディコ・フォン・キュルティ
ベストセラー作家が子犬ヒルデちゃんとの日常をしるす。