1. HOME
  2. World Now
  3. 震災乗り越え「塩分オフセット」革命 熊本発スタートアップが描く“美味しい”未来

震災乗り越え「塩分オフセット」革命 熊本発スタートアップが描く“美味しい”未来

スタートアップワールドカップ 更新日: 公開日:
「スタートアップワールドカップ2025」九州予選で優勝したトイメディカルの竹下英徳社長=2025年5月23日、熊本市、玉川透撮影

食事制限に苦しむ人に、再び“美味(おい)しい”を届けたい――。そんな志を抱いて、味を変えずに塩分吸収をコントロールする「塩分オフセット」という新発想に挑むスタートアップが登場しました。熊本発の「トイメディカル」(竹下英徳社長、社員数14人)。2025年5月、世界100超の国と地域が参加するビジネスコンテスト「スタートアップワールドカップ2025」九州予選で1位に選ばれ、今秋に米サンフランシスコで行われる世界決勝に日本代表として挑みます。熊本地震被災を乗り越えて世界に挑戦する竹下社長に、商品開発や起業にかける思いを聞きました。(聞き手・玉川透)

――健康食品などで「減塩」という言葉はよく耳にしますが、トイメディカルは「塩分オフセット」技術に着目しました。そのきっかけは?

製薬会社で医療品の開発に携わってきた経験をいかして、2013年に立ち上げたトイメディカルでは、人工透析の患者さん向けの商品もつくっていました。

あるとき、患者さんの集まりで困り事を聞かせていただく機会がありました。そこで、透析患者の友人から「食事制限が非常に厳しい。また熊本ラーメンを食べられるような商品を作ってほしい」と相談されたのが、最初のきっかけでした。

患者さんたちのQOL(生活の質)を向上させるお手伝いができないか。それは会社設立の原点にも通じるものがありました。

医療の現場ではもともと「痛みや不便は我慢するもの」という文化があります。実際、医療用テープや消毒剤の開発をしていたとき、大手医療機器メーカーの方々と話す中で、「痛いのは当たり前」という言葉を多く耳にしました。

しかし、実際は細い針の開発などで注射や点滴の痛みを減らす工夫も可能です。患者さんの苦痛を和らげる商品を作りたい。医療現場の常識を変えたいという思いがもともとありました。

トイメディカルのスローガンは「To make you smile(あなたを笑顔に)」です。人工透析患者さんの苦しみを少しでも減らしたい。食事の楽しみを取り戻してもらいたい。そんな思いが強くあり、健康食品は専門外でしたが挑戦を決意しました。

――技術的な問題はどうやってクリアしましたか?

健康志向の高まりを受け、糖分や脂肪の吸収を抑える製品が続々と売り出されつつありました。だったら、塩分でも同じように吸収をうまくコントロールできる製品が作れるんじゃないか。そう考えました。

でも、現実はそんなに甘くありません。開発を始めて1年ほどは、画期的な方法を探して文献を片っ端から調べ研究を重ねました。

塩分の体内への吸収を抑える「塩分オフセット」というアイデア自体は、これまでにも国内外の研究でカテキンなど様々な素材が試されてきましたが、良い結果が出ず決定的な製品化には至っていませんでした。

私たちも20、30種類の食物繊維を試しましたが、なかなかブレークスルーはおきません。

そんな時でした。古い文献の中に、海藻由来のアルギン酸類に塩分吸着機能があるという記述を見つけたのです。「これは!」と感じるものがありました。

もともと知り合いだった熊本大学大学院生命科学研究部の藤原章雄准教授に相談し、文献調査や評価をお願いしました。私たちが設計したものを藤原准教授に評価してもらう形で共同研究が始まりました。

その時点で、開発から約1年の月日が流れていましたが、実際に製品化できるまでには、さらに1、2年を要しました。ビジネスとして「いける」と実感できたのは、動物実験で効果が認められたときです。

実験で1回あたり1グラム程度の塩分をアルギン酸類が吸着して体外に排出できるというデータを確認し、これは大きな効果だと確信しました。

その後も試行錯誤を重ねてサプリメントタイプの製品として売り出しました。さらに、現在は調味料やお菓子など商品の幅を広げています。

「スタートアップワールドカップ2025」九州予選でプレゼンするトイメディカルの竹下英徳社長(左)=2025年5月23日、熊本市、玉川透撮影

――ビジネス面での課題は?

まず資金面が大きな壁でした。開発初期段階の2016年、熊本地震に襲われました。貯水タンクが壊れて工場が水浸しになって使えなくなり、心が折れかけました。

それでも復興支援の補助金などを活用しながら事業再構築に取り組めたのは、大きな災害を受けて元気がなくなっていた故郷を盛り上げるためにも、新しいことをしっかりやっていこうという気持ちがあったからだと思います。

地方発のスタートアップとしての苦労もありました。

VC(ベンチャーキャピタル)やアクセラレーター(支援組織など)が地方にはもともと多くありません。手探りで進めるしかありませんでしたが、地方だからこそ東京市場だけでなく、最初から世界市場を見据える必要があると考えるよう心がけました。

大手企業との協力も欠かせません。最初は自社販売だけでは限界があり、アルフレッサヘルスケアなど大手とも提携し、全国のドラッグストアで販売していただきました。ロート製薬からも出資を受けています。

スタートアップだからこそのメリットもあります。開発を決意した当時、社内での反対はありませんでした。スタートアップならではの瞬発力で新しい挑戦に踏み切れたと思います。

社員は現在14人ですが、優秀なスタッフに恵まれたことも大きかったと思います。スタートアップは「決められたことがない」状況が多いのが特徴です。目標を100%達成することよりも、何をすべきかを自分で考え、変化に柔軟に対応できる人材が求められます。なぜやるのかを明確にし、同じ未来を描ける仲間が必要だと考えています。

――会社勤めを辞めて、起業しようと考えた理由は?

じつは、もともと独立志向はそれほど高くありませんでした。

大学卒業後、外資系製薬会社に就職しました。熊本にUターンした後も製薬会社で商品開発に従事していました。いずれの会社でも評価していただいて、サラリーマン生活にも満足していました。

だから、会社が嫌で辞めたわけじゃないんです。ただ評価していただいて昇進すると、ものづくりそのものではなく、売り上げを重視したり、利益を追求したりする方に立場が変わっていきました。

会社としては重要なことだと分かっていますが、私は仕事を通じて課題解決をしていくことを目標にしていました。それならば、もう会社勤めをしていてはできない。自分の責任で課題解決をしたい。そう考えて起業を決意しました。

――起業には苦労がつきものですが、やめたいと思ったことは一度もなかったですか?

正直、普通だったらあきらめているよねとか、終わっているよねということが幾度もありました。資金繰りが厳しくて、金銭的にショートしかけたこともたびたびでした。でもそのたびに応援してくださる方々や出資企業がいました。そうした恩義ある方々への責任を考えると、自分の意思でやめるという選択肢はありませんでした。

――5年前のスタートアップワールドカップにも、同じ事業内容で挑戦していますね。その時と今回の違いは?

5年前も同じ技術で挑戦しましたが、当時は技術紹介だけでした。今回は実際に商品を作り、実績も積み、未来像を具体的に描けるようになったことが評価されたと思います。

今後の事業展開やターゲット分野についても、より考えを深められました。現在は塩分過剰摂取の問題解決に注力していますが、妊婦の妊娠高血圧症候群や介護領域など、食事制限が必要な方々にも応用できると考えています。特に高齢者の味覚低下による食事量減少を防ぎ、美味しくしっかり食べられる社会を目指します。

現在はサプリメントとして提供していますが、今後は食材や調味料としても展開できる可能性があります。食事の中に技術を取り入れ、味を損なわず健康も守れる商品を目指しています。

スタートアップワールドカップ2025九州予選で優勝し、トロフィーを手にする「トイメディカル」の竹下英徳社長(中央)と、主催者のアニス・ウッザマン氏(左から2人目)=2025年5月23日、熊本市内、玉川透撮影

――10月に米サンフランシスコで開催される世界決勝戦に向けて伝えたいことは?

食は人間の原点であり、健康と美味しさを両立する日本的な発想を世界に伝えたいです。極端な方法ではなく、バランスをとりながら人間らしい生活を実現する技術をアピールしたいです。

実は私自身も美味しいしょっぱいものは好きですが、この仕事を始めてからはラーメンの汁を飲まない、味噌汁も半分残すなど、塩分摂取には気をつけています。ただ、味を薄くしてまで制限するのは避けたいので、技術で解決したいと考えています。

そして、食事を楽しみながら健康を守る社会を実現し、世界中の人々を笑顔にしたいです。