子どもたちに伝えたい自然災害のインパクト
CTCは「ITを通じた社会課題の解決」「明日を支える人材の創出」などを重要な課題として位置づけ、持続可能な社会の実現に向けて貢献することを目指している。その一環として「キッザニア福岡」に2023年7月に出展したパビリオンが「シミュレーションテクノロジーセンター」だ。ここでは子どもたちが「サイエンスエンジニア」となり、コンピューターを活用したシミュレーション技術の可能性を学んでいく。
色弱の子どもにもわかりやすい画像を使ったり、海外の子ども向けに英語の字幕をつけたり、多様な来訪者が楽しめる工夫が凝らされている。
地震、津波、竜巻、竜巻の飛来物という4種類の災害を想定して、どのようなことが建設予定の橋に起こるのかをシミュレーションする。津波がどのように押し寄せてくるのか、竜巻が起こった時に飛来物が当たったらどうなるのか、橋がどれだけのダメージを受けるのか、シミュレーション映像が画面に流れる。
さまざまな災害規模を示すデータの中から、どのデータを選ぶかも課題のひとつになっていて、子どもたちは2人1チームでシミュレーションを体験する。
学んでもらいたいのは「準備をしておくことの大切さ」。「自然災害もシミュレーション技術を使えば、どんな被害が起こるか、ある程度の予測は可能になりつつあります。想定される危険を事前に知っておくことは、防災対策のためにはとても大事です」
未来の予測が難しい時代、子どもたちにとって、ここでの体験は、シミュレーション技術が社会のさまざまな分野で役に立ち、人々の安心・安全な暮らしを支えていることを知るきっかけになるはず。
「このパビリオンが未来のエンジニアの裾野を広げる一翼を担えればうれしいです」
災害の増加に伴い、必要性が高まるシミュレーション
馬渕氏が所属する科学システム本部は、科学・工学分野における数値シミュレーションやシステム構築・解析などを行う部署。1958年の科学・工学系の計算サービスから始まり、66年の歴史がある。その中で馬渕氏は主に耐震シミュレーション技術に携わってきた。
「災害が増加し、シミュレーション技術の必要性が高まっています。世界では自動車分野での技術が特に進んでいますが、日本では耐震シミュレーションの技術が高いと思っています」
1994年に入社して、明石海峡大橋や東京湾アクアライン建設のための耐震シミュレーションを進めていた馬渕氏。入社翌年、阪神・淡路大震災が起き、多くの橋や高速道路に被害が生じた。
「よりしっかり設計しなくてはいけないという気運が高まり、私たちも橋や道路の破壊形態などを綿密に調べ、シミュレーションの解析に生かすようにしました」
また東日本大震災以降、津波シミュレーションの技術も急速に進化してきた。今まで蓄積された地震や津波の観測記録とシミュレーション結果をもとに「断層の形から津波の高さを予測する」、「海底地震津波観測網で観測された水圧分布から浸水の深さを予測する」といった解析を重ねることによって、予測の信頼性を高めているという。
津波が到達する前に、一刻も早く予測し、次の行動の手助けに活用できないか――。日本海溝海底地震津波観測網『S-net』を用いた津波早期探知システム開発の協力も行っているという。
暮らしに身近な場面で応用される技術
CTCのシミュレーション技術は、暮らしに身近な場面で活用されている。東日本大震災の発生後、震源地から遠く離れた関東の埋立地で液状化現象が発生した。その居住区で実施した地盤沈下対策がそのひとつだ。「その場に居ながらにしての液状化対策として、一戸建ての居住地域の地中に格子状の壁を構築しました。地盤の解析モデルを作成して、地震で揺れた時にどうなるのか、どのくらい沈下が抑えられるのかをシミュレーションしました」
スポーツ分野においては、障害物に衝突した際に頭を守る「超軽量ヘルメット」の開発にも携わってきた。どのような材質が衝撃を吸収してくれるか、金属、複合材料、樹脂材などさまざまな材質で解析したという。
最近では、バーチャルモデルを使ったシミュレーションも盛んだが、CTCでも車両と人体の安全性を確認するために、衝突事故における人体の損傷がどれほどあるのかバーチャルモデルを使った解析を行った。
他にも、物質が壊れる前に内部から放出される音波を捉えることによって、欠陥を早く発見できる技術が自動車の運転用センサーなどに応用されている。このように、日々の生活を守るためのシミュレーションがさまざまな領域で行われ、製品開発などに生かされている。
AIやIT…掛け合わせで広がるトランスシミュレーションの可能性
CTCの科学システム本部は、エネルギー・環境、社会基盤、製造と扱う分野が幅広い。事業領域も、防災・都市情報、原子力、新エネルギー、資源開発、土木・橋梁、生産・物流、自動車・航空など多岐にわたる。
そして今注目されているのが、これらの事業や産業の領域・分野を超えて多彩なデータやテクノロジーを掛け合わせるトランスシミュレーション技術だ。
AI、シミュレーション、IoTなど、テクノロジーのジャンルにとらわれずに組み合わせることで、より自由な形で最適解を目指すことができる。例えば、課題解決力強化のためにシミュレーションとAIを掛け合わせたり、自動車の進化のために道路事業、電気事業と枠を超えて各領域の技術を掛け合わせたり、農業、エネルギー、ライフサイエンスと異なる産業を連携させたりして、利便性の高いサービスで社会の課題解決に応えていく。
具体的には、気象シミュレーション技術やAIをベースにした解析・予測技術とITを融合し、風力発電・太陽光発電などの再生可能エネルギーの安定供給を目指すシステムづくりに貢献したり、カーボンニュートラルを目指す社会の中で、超音波を活用して水素のパイプラインなどのインフラ検査に生かしたりといった例が挙げられる。いずれもより良い未来を創り支えていくための新たな価値を生み出すサービスだ。その中でもシミュレーション技術は、仮想空間上でさまざまなシナリオを再生・分析・評価できるため重視されてきている。
「シミュレーションは、しっかり数値を設定することで予測をすることが可能ですが、それなりに時間がかかります。そこで速効性が必要な場合は、過去のシミュレーション結果を機械学習させて取り入れるという方法があります。トランスシミュレーションで、シミュレーションとAIやITをうまく掛け合わせていけば、目的や課題に合わせて、より柔軟に最適解を目指せるサービスになるのではないかと思います」
機械学習で出てきた答えが間違っているという「ハルシネーション」の問題もある。「答えが妥当かどうかをしっかり分析することが、私たちサイエンスエンジニアに求められているところ。綿密な検証をしてこそ、安心・安全な技術を提供できると考えています」
次の一手につなげていくシミュレーションの付加価値
CTCの強みは、自社ソフトウェアやツールを持っていること。設計ソフトや、用途限定のソフトウェアだけではなく、ベーシックなシミュレーションソフトやツールを提供している。そのひとつが、生産・製造工程のプロセスシミュレーションを用いて、CO₂排出量を算出するツールだ。オペレーションの中で、どのくらいのCO₂が排出されているか、数値を予測して「見える化」することが可能になる。
「この数値を見ながら、製造工程の改善方法を具体的に検討していけば、GX(グリーントランスフォーメーション)の推進にもつながります。シミュレーションによって見える化や生産性向上を図るだけでなく、次の一手につながるフィードバックをすることで付加価値を生み出していきたいですね」
サイエンスエンジニアの役割は、科学の物理現象をシミュレーションし、その結果を活用して、社会課題の解決に貢献すること。
「シミュレーションには誤差が伴うし、結果にもバラツキがある。予測した結果の精度が100%ではないと認識した上で判断をしていかないといけない。だからこそより精度良く再現できるように、日々研究を続けていくことが大事だと思います」
先行きが見えにくい時代、普段からしっかり準備をしておくことが、防災・減災、災害レジリエンス、そして、さまざまなリスクへの備えにつながる。科学技術と幅広い領域の知見は、よりよい未来を切り拓く大きなチカラとなるはずだ。