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ハマスの越境攻撃から1カ月、決壊したガザの絶望と怒り 戦争しか知らない子どもたち

World Now 更新日: 公開日:
イスラエル軍の空爆で殺害されたパレスチナ人を悼む子どもたち
イスラエル軍の空爆で殺害されたパレスチナ人を悼む子どもたち=2023年11月3日、パレスチナ自治区ガザ南部ハンユニス、ロイター

パレスチナ自治区ガザに拠点を置くイスラム組織ハマスによる越境攻撃で1400人以上のイスラエル市民が殺害された後、イスラエル軍が激しい空爆を始めて1カ月になる。ガザではこれまでに約1万人が死亡し、そのうち4000人が子供と報じられている。
1994~2014年に朝日新聞の中東特派員として5度の中東赴任経験を持つフリージャーナリスト川上泰徳氏が、終わりの見えない紛争の最中で育つ子どもたちのトラウマと暴力の連鎖について考察する。

子どもを含むガザ市民への無差別攻撃

ガザではこれまでに約1万人が死亡し、そのうち4000人が子供である。なぜ、子供の死者がこれほど多いのかと言えば、ガザの230万の人口の年齢中央値が18歳であり、人口の半分が18歳以下という人口構成と符合している。

しかし、納得がいかないのは、イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマスせん滅」を掲げているのに、ほとんど全人口の年齢分布と同じ割合の子供の死者が出ていることである。つまり、攻撃はハマスに対してではなく、子供を含むガザの全市民に無差別に行われているということを示すと考えるほかない。

ハマスとイスラエル軍の戦闘が激化する前のガザ北部ジャバリヤ難民キャンプで、ピエロに扮したエンターテイナーのシャボン玉を楽しむ子どもたち
ハマスとイスラエル軍の戦闘が激化する前のガザ北部ジャバリヤ難民キャンプで、ピエロに扮したエンターテイナーのシャボン玉を楽しむ子どもたち=2023年8月8日、パレスチナ自治区、ロイター

10月7日にイスラエル南部への越境攻撃が起き、私はインターネットの動画として出ているハマスの戦闘員がイスラエル市民を銃で殺害する映像を見て衝撃を受けた。私は中東で起こるすべての戦争について、双方の政治的な主張を伝えはするが、どのような主張であれ、市民の殺害には反対する立場をとってきた。

市民を殺害すれば「テロ」である。今回のハマスによる市民殺害も戦争犯罪として非難する。

ただし、当初、ハマスが乳幼児を殺害したとするニュースが報じられたが、その後、米CNNが政府筋の情報として「証拠はない」と報じるなど事実かどうかは分からなくなっている。

CNNアンカー、サラ・シドナー氏がXに投稿した謝罪

子供の殺害はイスラムが禁止していることであり、ハマスが「ジハード(聖戦)」をたたえる戦いで、戦士たちが神の教えを破るとは私には思えない。

いずれにせよ、もし、ハマスの戦士がイスラエルで子供や女性を殺害していたことが明らかになれば、ハマスはイスラムの教えに基づいてイスラム法を犯した戦士を自らのイスラム法廷で裁かねばならないだろう。

乳幼児の殺害を抜きにしても、ハマス戦士による市民の殺戮(さつりく)は、イスラエル南部に取材に入った海外メディアによって、多くの証言が出ており、否定することはできないだろう。

この作戦についてハマスの軍事部門は「大洪水作戦」と名付けた。痛ましいことではあるが、ガザの包囲壁を越えて、イスラエル側にあふれ出たのは、ガザの若者たちの中に積もり積もっていた絶望と怒りがあふれ出たものと考えるしかない。

ハマス戦士の暴力を認めることはないが、何もないところから暴力が起こるわけではないことも明らかである。

占領と封鎖下で生きるパレスチナの人々

イスラエルはハマスが2007年にガザを実効支配して以来、16年間にわたって、ガザを包囲し、封鎖し、ガザ市民に国際法で禁じられている「集団懲罰」を科してきた。

イスラエル国民はガザで暮らす230万人の人々の苦難や絶望に目を向けることなく、ハマスの軍事部門がイスラエルに向けてロケット弾を撃ち始めると、それに対して何十倍もの空爆で報復して、ガザを破壊し、押さえつけて、「不都合な事実」として見ないで来たのである。

英BBCがイスラエル南部を取材して、ハマスによって殺害された女性の息子の証言を流していた。その女性はパレスチナ人との対話を進めてきた平和活動家だった。

BBCの記者が息子に「母親はこの状況について何と言うと思うか」と問うと、息子は「これが戦争の結果だ、平和のために努力しない結果だ」と母の思いを代弁した。

「イスラエル人は『攻撃の下で生きる』というが、ずっと戦争状態で暮らし続けるなど持続できるわけがない。そしてついに決壊してしまった」。息子からこのような認識が出てくるのは、母親がパレスチナ人と関わっていたことで、壁の向こうのパレスチナ人の状況が見えていたためだろう。

しかし、ほとんどのイスラエル人は自分たちが課した占領と封鎖の下で生きるパレスチナ人のことは見えないのである。パレスチナ側からの暴力が起これば、多くのイスラエル人は、自分たちは何もしていないのに、パレスチナ人が平和を破壊して、襲い掛かってきたと考える。

現在のパレスチナで起こるすべての暴力の根源にイスラエルによるパレスチナの軍事占領という日常的な暴力があることがイスラエル人には見えていない。すべてが10月7日に始まったわけではないのだ。

パレスチナの子どもたちが描く絵と心に負った傷

私は1994年から2014年まで朝日新聞の中東特派員として、カイロ、エルサレム、アレクサンドリアなど5度、中東に赴任し、その間、ガザには数えきれないほど入った。

ガザに入っていつも驚かされるのは、子供の多さである。2015年にフリーランスになってからガザに入った時に、ガザ自治区南部ハンユニスにあるナワル児童館を訪れた。地域の子供たちを集めて、劇やスポーツ、芸術・社会活動など幅広い活動をしている。

ガザ地区南部ハンユニス

2015年といえば、前年2014年夏に51日間のイスラエルによるガザ攻撃があって、ちょうど1年目だった。この時の攻撃ではガザで2200人以上が死亡し、3分の2は市民(=非戦闘員)だった。

所長やスタッフにインタビューをすると、攻撃の後、児童館の活動は戦争によってトラウマを抱えた子供たちの精神的なケアが中心になったという。

心理療法士の女性は、戦争による子供たちの精神への影響として「夜尿症、恐怖、放心、粗暴化、うつ、不安、悪夢、食欲不振、社会的孤立」を挙げた。

おじが死ぬのを見た7歳の少女は2カ月間、一言も話さず、完全に社会的孤立状態になったという。児童館の活動に参加するように励まし、少しずつ回りと話をするようになったという。

友人を亡くした11歳の少年は、戦争前は「子供を守る」という活動のリーダーをしていたが、3カ月間、全く活動に参加できなかった。戦争の後、イライラして、怒りやすく、すぐに激するようになった、と話していた。

児童館の活動として絵を描く子どもたち
児童館の活動として絵を描く子どもたち=パレスチナ自治区南部ハンユニス、ナワル児童館提供

児童館では子供たちに戦争中の体験を話させ、絵を描かせ、劇を演じさせながら、子供たちが自分の感情をコントロールし、自信を取り戻させるようにしているということだった。特に、心理療法として絵を描かせることを取り入れているということで子供たちが描いた絵を見せてもらった。

子供たちが描いている絵の半分は、平和な時の出来事や光景である。子供たちが縄跳びなどをして遊んでいるものやスイカやバナナを売っている市場で買い物をしたりする光景など、日本の子供たちが描く絵と変わらない。家で誕生会をした時の絵もある。

ところが戦争の絵には驚かされた。イスラエルの軍事ヘリがミサイルを放ち、救急車が走り、人が倒れているという絵である。地上にはハマスと見られる覆面をした男性がロケット弾を発射する姿もある。別の絵では建物が崩れ、女性が叫び、子供たちを抱きしめている母親の姿もある。

ナワル児童館の子どもが描いた戦争の絵
ナワル児童館の子どもが描いた戦争の絵=ナワル児童館提供

絵を半分に分けて、右側にミサイルがビルを崩し、女性が泣いている光景を描き、左側に子供が遊んでいる光景を描いている絵もある。少女が頭の中で、人々がおびただしい血を流す戦争の光景と、子供たちが遊ぶ平和の光景を思い浮かべていることを示す絵もある。

ナワル児童館の子どもが描いた平和の絵(左)と戦争の絵
ナワル児童館の子どもが描いた平和の絵(左)と戦争の絵=ナワル児童館提供

戦争の体験を絵に描くことによって、子供たちは心の中に入り込んでいた恐怖や不安を表現し、そのことが自分の心に入り込んだ闇の部分を表出することになる。

それにしても、私の目の前で劇をしたり、絵を書いたりしている無邪気な子供たちが、このような戦争の絵を描いたということは信じられないほどだった。

彼ら、彼女らの頭の中に、このような戦争の光景が刻み込まれているということの痛ましさに言葉を失った。このような悲惨な光景が、生活の中でフラッシュバックしたり、夢の中でよみがえり悪夢となったりして、恐怖がよみがえることもあるだろう。

ナワル児童館の敷地でサッカーをする子どもたち
ナワル児童館の敷地でサッカーをする子どもたち=2015年8月、パレスチナ自治区ガザ南部ハンユニス、筆者撮影

ガザでは2007年にハマスがガザを実効支配するようになって以来、イスラエルによる封鎖が始まった。ガザは高さ5、6メートルの巨大なコンクリート壁によって包囲され、生活物資や医薬品さえ不足するような困難が続いている。さらにハマスとイスラエル政府の対立によって、16年間で4回の戦争があった。中でも2014年の戦争は今回の衝突に次ぐ多くの犠牲をガザにもたらした。

現在、ガザで18歳の少年・少女には封鎖と戦争の記憶しかないということになる。子供たちがどれだけのトラウマを抱えているか、想像することさえ難しい。

2022年に日本でも劇場公開され、今回のガザ危機によって全国各地で緊急上映されているドキュメンタリー映画『ガザ 素顔の日常』(2019年、アイルランド・カナダ・ドイツ制作)の中で、2018年から2020年までガザで2年間続いた「帰還の大行進」と呼ばれる大規模な反占領デモを行う場面が出てくる。

ドキュメンタリー映画「ガザ 素顔の日常」予告編

若者たち数千人がガザの周囲を取り囲む分離壁のところまで行ってイスラエル軍車両に向かって投石する。イスラエル軍は催涙ガス弾を発射し、そのうち実弾を撃つ。多くの若者が死傷し、救急車に運ばれる。

映画の中で若者たちを救護する救急隊員の男性が語る。

「ここ10年以上、ガザの若者は、未来も希望も奪われてきました。唯一憂鬱のはけ口となるのが(イスラエルの)フェンスなのでしょう。投げた石が兵士に当たらなくても、銃弾が飛んできます。社会に必要な若者たちが手や脚を失うハメになります」

この衝突について、国連人道問題調整事務所(OCHA)の集計で2020年4月までの2年間で214人(うち子供46人)が死亡し、3万6100人(子供8800人)が負傷したという。5人に1人が実弾による死傷。その間、イスラエル側は兵士1人が死亡し、7人が負傷したという。

イスラエル軍による空爆で、親戚の4歳の女の子とその父親らが殺害され、悲しむ男の子
イスラエル軍による空爆で、親戚の4歳の女の子とその父親らが殺害され、悲しむ男の子=2014年7月15日、パレスチナ自治区南部ラファ、ロイター

絶望の中で怒りを表現するために命がけで石を投げる若者たちの救いのない行為の背景に、私が児童館で見た子供たちが描いた戦争の絵を見る。

パレスチナ危機が呼ぶ中東の危機

壁で包囲されて占領され、日常物資も搬入が制限さる封鎖の下に置かれ、数年ごとにイスラエル軍とハマスの軍事部門の間で「非対称戦争」が起こり、1000人、2000人とガザ市民が犠牲になる。生まれてきてからずっと、そのような状態に置かれてきた若者たちである。

いま、またイスラエルは自分たちを「唯一の被害者」と考えて、「ハマスせん滅」を掲げて、ガザに無差別空爆・攻撃を加えている。すでに1万人の市民を殺害し、さらに攻撃を強めようとしている。その結果は見えている。

パレスチナ問題が中東問題の核心と言われるのは、パレスチナ危機が中東危機を呼び寄せてきた歴史が繰り返されてきたからだ。

1987年に始まった第1次インティファーダ(反占領民衆蜂起)は1990~1991年の湾岸危機・湾岸戦争につながった。

2000年に始まった第2次インティファーダの後に、2001年の9.11米同時多発テロが起き、2003年のイラク戦争につながった。

さらに2008年12月~2009年1月の初めてのイスラエル軍によるガザ攻撃で、1400人の犠牲を出したアラブ同胞のパレスチナの悲劇に、アラブ諸国は無力をさらけ出し、2011年の「アラブの春」の若者たちの政府への怒りの一つの要因となった。それがシリア内戦や2014年の「イスラム国」の出現にもつながった。

今回のガザをめぐる危機はまだ終わっていないが、パレスチナ危機だけで終わるものではなく、日本にも大きな影響を与える中東危機として波及しかねないことはこれまでの歴史が示していることである。

イスラエルとパレスチナの関係だけ見ても、戦争が終わって生き残った子供たちの絶望を深め、ハマスの軍事部門に追いやることにしかならないだろう。将来の暴力の種を、いま自分たちがガザ市民の間にまいているという自覚が、イスラエル国民の間にどれだけあるだろうか。子供たちの戦争の絵を見返しながら、頭を抱え込みたくなる日々である。