映画『子猫をお願い』(2001)で知られるチョン・ジェウン監督のドキュメンタリー映画『猫たちのマンション』が韓国で公開中だ。団地の再開発により、マンションに取り残された野良猫たちが主人公だ。ソウルでは近年再開発が各地で進み、今回の大統領選挙でも有権者の関心を集めたキーワードだった。
舞台はソウル東部、江東区の巨大なマンション団地。マンションの老朽化が進み、再開発が決まった。住民たちが荷物をまとめて引っ越していくなか、この団地に住みついていた野良猫たちは置いてけぼりになる。チョン監督はこれまで3本の建築にまつわるドキュメンタリー映画を撮ってきた。今回は建築物が役目を終えて壊されていく過程を描きつつ、その中で影響を受ける生態系の一つとして猫に注目した。
『子猫をお願い』が公開された2000年代初めは韓国では猫にネガティブなイメージを持つ人も多く、猫好きは少数派だったが、20年を経て猫の人気が高まり、家で猫を飼う人も増えた。この団地の猫たちは住民たちに餌をもらい、半分飼い猫のように暮らしていた。名前の付いている猫も多い。
チョン監督が初めてこの団地を訪れたのは再開発前の2016年秋だった。「初対面でも猫たちが歓迎してくれた。人に慣れていて、住民の愛情を受けて育ったんだなというのが分かった。再開発でこの猫たちはどうなるんだろう?という疑問がこの映画を作ったきっかけ」と振り返った。
チョン監督を団地に招待したのは、この団地で生まれ育ったイ・インギュさん。イさんはマンションの取り壊しが始まる前に安全に猫たちを移住させるべく、団地近隣の住民と共に作戦を練っていた。「『子猫をお願い』は私たちの世代で知らない人がいないほど有名な映画で、チョン監督は憧れの存在。ファン心理で招待したのもあったが、団地と猫たちを記録してほしいという気持ちもあった」と打ち明けた。
映画では、イさんたちが餌で少しずつ団地の外に猫をおびき出して移住させる様子など、猫を守ろうと奮闘する人たちも描かれた。団地の猫は250匹ほどいたが、一部は飼い猫となり、一部は他地域に移住した。
通常は住民が去った後の再開発地区には入れないが、猫の救出という大義名分もあり、人が去ってがらんとした団地で少しずつ工事が始まっていく様子もカメラに収めた。低いカメラ位置で、巨大なマンション群を見上げる構図は、猫目線で見ている感覚になった。チョン監督は「撮影監督が地面にうつぶせになって撮るなど、大変だったと思う」と、ねぎらった。意図せず訪れた変化に不安な表情、餌をやりに来た元住民に見せる安堵の表情など、クローズアップの猫の表情も印象的だった。
チョン監督が何より苦労したのは、たくさんの猫がいる中で、個々の猫を識別し、猫ごとのエピソードを見つけ出すことだったという。「撮りたいと思う猫が都合よく現れてくれるわけでなく、途中でどこかに消えてしまう猫もいて、とりあえず撮っておくという方式で進めた」と話す。結果、350時間ほどの分量を撮影し、88分の作品にまとめるという、骨の折れる編集作業となった。
ソウルでは近年不動産価格の高騰が続き、次期大統領に決まった尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏は再開発の規制を緩和し、住宅の供給を増やす方針を掲げている。映画の中の猫たちは、イさんたちの活動により救出されたが、今後も各地で続く再開発で同様の問題が出てくる可能性は高い。チョン監督は「この映画は猫たちの話のようで、私たちの話でもある。猫に限らず、動物と人間の共生について考えるきっかけになると思う」と語った。