新しい土地のことを詳しく知ろうと思えば、地図を広げてじっくりと見ることが多いだろう。
すごい速さで上空を運んでもらったところで、何の役にも立たないに違いない。それも、暗闇の中でさかさまになり、頭を下にしてだと、なおさらのことだ。
でも、コウモリの赤ちゃんは、そうして自分の行動範囲の土地勘をつけることが明らかになった。生物学誌カレントバイオロジーに2021年11月、そんな研究論文が掲載された。
すみかの洞窟から夜になって出てくると、母親は特定の木まで子供を運ぶ。子供はそこを覚え、独り立ちしたときにあちこち動き回るのに必要な技能を、ここから身につけていくようになるとしている。
コウモリの多くの種の母親は、子供を体にしがみつかせて飛んでいる、とアヤ・ゴルトシュタインはいう。ドイツ南西部コンスタンツにあるマックスプランク動物行動学研究所の行動生態学者だ。
例えば、エジプトルーセットオオコウモリ(訳注=小型のオオコウモリで、主に果実を食べることからフルーツコウモリとも呼ばれる)。子供は生まれてから3週間は、母親にずっとくっついたまま過ごす(訳注=普通は1回に1子を出産する)。母親がエサを探して洞窟の外に飛び去るときも、乳首の付近をくわえながら、2本の足とあごでしがみついている。中には、子供が自分の体重の40%にまで育っても、一緒に飛ぶ母親も観察されている。
一方で、子供をねぐらの洞窟に残していくコウモリの種もある。では、なぜ、エジプトルーセットオオコウモリ(以下フルーツコウモリ)の母親はそうしないのか。子供を連れ出す労をいとわない理由は、よく分かっていなかった。
この謎にゴルトシュタインは、イスラエル・テルアビブ大学の行動生態学者リー・ハーテンとともに挑んだ。2人とも、今回の論文の共同執筆者である(訳注=テルアビブ大学教授)ヨシ・ヨベルの研究室で大学院生として学んだ間柄だ。
研究陣は、テルアビブ近郊の洞窟でフルーツコウモリの母子を何匹か捕まえた。いずれの個体にも、無線発信器と超小型のGPS装置が入ったタグを取り付けてから(タグは数週間で自然と落ちるようになっている)、洞窟に戻した。
夜行性の個体の追跡が始まった。ハーテンは、洞窟が見える10階建てのビルの屋上にアンテナを持って立った。そして、地上にいるゴルトシュタインに指示を出した。
こちらも自分のアンテナを持ちながら、徒歩か車で上空を飛ぶコウモリ母子が発信する電波を追った。
しかし、同じ問題が繰り返し生じた。子供コウモリの動きが突然止まり、母親からの発信もつかめなくなってしまうのだった。
「最初は自分たちの方法に何らかの誤りがあり、個体を見失っていると思った」とハーテンは振り返る。
答えを探るには、GPSのデータ回収が必要だった。そのためには、装置を自分たちで見つけねばならないという難問にぶつかった。タグがどこに落ちるかは、制御できなかったからだ。
道路や茂みに落ちていた。ネズミが巣穴にくわえ込んでもいた。
ドアをノックし、「ちょっと探させて」と頼むこともよくあった。そんなときは「精いっぱい愛想よくすれば、何とかなった」とゴルトシュタインは笑う。
十分なデータがそろうまで、1年以上もかかった。母子の発信をめぐる初期の問題は、自分たちの誤りではなかった。母親はエサを探すときに、子供を用心深く木に隠して飛び去っていたのだった。
「母親が赤ちゃんを木に置き去りにするなんて、想像もできなかった」とゴルトシュタインは語る。
明確な全体像をつかむまで、この野外調査は5年以上も続いた。
子供が生後数週間になるまで、フルーツコウモリの母親は、いつも暗くなると子供を抱えて洞窟から飛び去った。そして、見守る目もないまま、木に置き去りにしていた(まるで保育所にでも預けるように)。
夜を通して、母親は何度も子供のところに帰ってきた。乳を飲ませたり、体を温めてあげたりするためのようだった。十分にエサを集め終えると、子供を連れてねぐらに帰った。
子供を置いていく場所には、同じ木が繰り返し使われた。複数箇所の場合でも、数本に限られた。子供が大きくなり、重くなると、洞窟に近い木に移った。
生後10週ほどで、母親は単独で洞窟を出るようになる。子供は自立せねばならず、初の単独での外出となる。
近くには、何千本もの木がある。でも、まず目指すのは、直近まで置き去りにされていた木だ。さらに成長すると、その木を出発点にして自身で探る範囲を広げるようになる。
「この調査結果には、私たちも驚いた」とゴルトシュタインは語る。
どうやら子供コウモリは、母親のおなかにしがみつきながら、自分の周りの状況を学習しているらしい。ただし、今回の論文の執筆陣は、どういう方法で具体的に学ぶのかは探り出せなかった。
フルーツコウモリには、(訳注=オオコウモリの中では唯一)エコーロケーション(反響定位)の機能がある。舌を鳴らしてはね返ってくる反響音で位置を把握するのだが、研究陣はむしろ視覚を通じてではないかと考えている。
これまでは、コウモリの母子の間にどんな交流があるのか、よく分かっていなかった。それがこうして解明されたことについて、ベルリン自然史博物館の行動生態学者でコウモリ専門家のミリヤム・クネルンシルトは、「素晴らしい成果をあげてくれた」とたたえる。
「この調査結果は、母親コウモリが子供に生息環境への適応を積極的に教えていることを強く示している」とクネルンシルトは評価する。
しかも、子供は子供で、上下さかさまに運ばれながら、自分自身で飛んではいないルートを記憶していたことになる。
「個人的には、その点に最も驚かされた」というのだった。(抄訳)
(Elizabeth Preston)©2022 The New York Times
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