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ワクチンパスポート「衛生パス」義務化に怒るフランス人 「自由奪われる」毎週のデモ

World Now 更新日: 公開日:
衛生パスに反対の声をあげる人びと=2021年10月23日、パリ、中村靖三郎撮影

10月下旬の土曜日。パリの観光名所パレ・ロワイヤル広場は人であふれていた。大音量の音楽が流れ、屋台が立ち、三色旗が振られる。「リベルテ(自由を)! リベルテ!」。合唱が始まった。

野党や、燃料税引き上げに反対した「黄色いベスト」運動の主催者らが呼びかけている。だが、政党への支持などとは関係なく、抗議の声を上げる人は少なくなかった。強制的に自由を奪われることへの怒りが渦巻いていた。

衛生パスに反対の声をあげる人びと=2021年10月23日、パリ、中村靖三郎撮影

会社員のリンダさん(45)は、7月にパス提示の義務化が発表されたとき、「もう自由は存在しないのかと、トラウマになるほどショックを受けた」という。以来、毎週のようにデモに参加している。

安全確認が足りないと感じ、接種は受けていない。夏以降、レストランにもカフェにも行けない。特に憤るのは病院まで対象にしたことだ。「病院がパスがないからと治療を拒む状態を受け入れたら、この先、『あなたは適切な食事を取らずに病気になったのだから、治療する義務はない』と言われかねない」

飲食店を経営する40代の女性は、店で義務づけられている客のパスの確認はしている。ただ、パスのない常連客には「警察が確認に来たらトイレに隠れて」と見過ごしている。

自身はワクチンを受けていないが、接種自体を否定しているわけではない。ただ、本来自分の意思で選ぶべきことが事実上強制され、移動の自由が狭められていると感じる。「若者は『ワクチンを打って、自由を買う』と話すようになった。自由は買わなければいけないものなのか」。

レストランに行くときは夫のパスを使ってきた。男性の名前で気づかれるかもと不安だったが先日、友人がパスのQRコードのコピーをくれた。彼女は両親が老人ホームにいて、パスがなければ会えないため、仕方なく入手したと聞いた。

知人の家族は、ワクチン接種をするかしないかでけんかになった。デモに行くと「自分のことしか考えていない」、「無責任」と批判される。「みんなが『パスを持っているか』『接種したか』と疑い合っている」と嘆く。

関連データを示しながら衛生パスの提示義務化に反対の声をあげる「黄色いベスト」運動の主催者=2021年10月、パリ、中村靖三郎撮影

「私はワクチンは打ったが、衛生パスには反対」。こんなプラカードを持つのは、ジェロームさん(62)。「提示が義務化されて社会から排除される人が出てきた。仕事を奪われ自殺する人も出ているのに、何もしないわけにはいかない」

昨年のロックダウン(都市封鎖)でも移動は規制された。だが、「すべてが閉まったが、(必需品の買い物など)外出の機会は平等に与えられた。今は、自由に動けると見せかけて、自由を奪われている人がいる」と言う。

12歳の孫はパスなしではテニススクールにも行けなくなった。「親はリスクが正確にわからない状況で子どもに接種を強いることはできない。でも、しなければ、子どもの自由が奪われてしまう」

エッフェル塔に上る際にも衛生パスの提示が求められていた=2021年10月27日、パリ、中村靖三郎撮影

8月のある世論調査では、デモへの賛否は賛成が37%、反対が48%。人びとの意見は割れている。

一方、フランスでは移動や表現の自由を守るため、法廷で行政の行きすぎた規制に歯止めをかける取り組みも続けられている。「マスクを街全域で義務化するのは移動の自由の過度な侵害で、人出の多い区域に限るべきだ」「感染拡大の防止を理由にした一律のデモ禁止は違法」。NPOなどの申し立てを受け、国務院(行政最高裁判所)が下した緊急審理手続きの判決例だ。

この手続きで昨年3月~今年4月に647件の判決が出て、51件で行政措置の一時停止や変更が命じられた。日仏両国で弁護士をする金塚彩乃さんは、「危機的状況下でも、できるだけ自由を確保するためにどこで線を引くかを明確にする努力がされてきた」と注目する。

フランスのNGO「人権連盟」(LDH)のアリエ・アリミ弁護士、中村靖三郎撮影

ただ、緊急事態だから許された自由の制約が長引くことで、「慣れ」を生み出す懸念も出ている。国務院への申し立てを続けるNGO人権連盟の弁護士アリエ・アリミさんは「衛生パスのような例外であるべき緊急措置が日常生活に入り込み、新しい規範となりつつあることを恐れている」と話す。