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トランプ政権、パンデミックと水面下の戦い 『最悪の予感』原書を読む

Bestsellers 世界の書店から
相場郁朗撮影

2020年、パンデミックへの備えが最も進んでいる国とされていた米国でなぜ新型コロナウイルス感染症による死者・感染者数が世界最多となったのか。『The Premonition(邦題「最悪の予感:パンデミックとの戦い」)は、『マネー・ボール』などのベストセラーで知られるマイケル・ルイスの新作。米政府に水面下で対応を働きかけた医者や研究者らの物語だ。いち早く、邦訳も出版された。

登場する米退役軍人省の医師カーター・メシャーは、ジョージ・W・ブッシュ政権下でパンデミック対応計画の策定に携わり、学校閉鎖と「社会的離隔」の重要性を提唱した。だが、オバマ政権下の新型インフルエンザ流行時には、計画より政治が優先された。

最も印象的な登場人物は、カリフォルニア州サンタバーバラ郡の保健衛生官チャリティ・ディーン。13年に発生した髄膜炎の封じ込めに当たり、新たなウイルスによるパンデミックを「予感」していた。ディーンはやがて、新型コロナで連邦政府の無策を目にしたメシャーらのグループに加わる。政策立案者に影響を与えることを目的とした電話やZoomでの秘密会議には、多くの政府関係者も匿名で参加。これが、他州に先駆けて自宅待機命令を出すようディーンがカリフォルニア州知事を説得する際に役立ったという。

著者は、責任はトランプ前政権だけでなく、制度、特に米疾病対策センター(CDC)の官僚的体質にもあると主張。最も重要な初期の数週間に、CDCが新型コロナを軽視したと厳しく糾弾する。

ルイスの作品らしく、登場人物は悪と戦うスーパーヒーローのように描かれる。今回はCDC関係者のコメントや、バイデン政権以降の対策に関する記述はなく、現在進行中の出来事に関する作品の難しさも感じるが、コロナ禍初期の米国で、水面下で困難に立ち向かっていた人々の物語から得られる情報は有益だ。

パンデミックの物語は医学や公衆衛生の話であると同時に、政治や経済の話でもある。ルイスは本書を通じて、パンデミックに打ち勝つには、危険が明らかになる前に行動することが必要だと訴えている。どれだけ優秀な人材と知見、世界最高水準の研究室があっても、危機意識を持った政治家と機能する制度がなければ、パンデミック対応は不可能なのだ。

■米軍が東京大空襲を実行するまで

The Bomber Mafia(爆撃機マフィア)』は、米軍が第2次世界大戦末期の東京大空襲に至るまでの経緯を描いた本。副題にある「the Longest Night(最も長い夜)」は、1945年3月10日未明に行われた東京への無差別爆撃(東京大空襲)を指している。300機以上の大型戦略爆撃機B-29が投下したナパーム弾(焼夷弾)は、東京都市部の住宅密集地域を焼き払い、10万以上の一般市民の死者を出した。

本書は2部に分かれ、「夢」と題した第1部では、「爆撃機マフィア」と呼ばれたアラバマ州マックスウェル飛行場を拠点とする空軍戦術学校(陸軍士官学校の航空部門に相当)の将校たちのグループを紹介する。爆撃機マフィアたちは、20年代から単に技術的な議論だけでなく航空戦遂行のモラルについて考えていた。彼らは、多くの民間人の犠牲が避けられない無差別攻撃ではなく、発電所や造船所、航空機工場などの重要なインフラや製造拠点を破壊することによって相手を無力化することが、道徳的に適切な攻撃であるとし、オランダの技術者ノルデンが開発したハイテク照準器を搭載した爆撃機による高高度からのピンポイント爆撃を提唱した。

物語は2人の空軍司令官を対比しながら進められる。爆撃機マフィアの一員だったヘイウッド・ハンセルとカーチス・ルメイだ。ハンセルは43年、ドイツの軍需工場への精密爆撃を提案。ルメイがその空爆を指揮したが、幾重にも厚く重なる雲によって作戦は失敗に終わった。レーダーが存在しない時代、操作が複雑で目視に頼っていたノルデンの照準器は機能せず、ハンセルたちが提唱した高高度からの精密爆撃の欠点が浮き彫りとなった。

44年、ハンセルはマリアナ諸島に配備されたB-29新部隊の責任者に任命され、日本の軍事力を破壊する任務に就いた。日本への攻撃は困難を極めた。急造されたB-29新型機は故障が多く、重装備の場合は離陸に強い風が必要だった。初期の空襲では日本への到達が可能であることは証明されたが、軍需工場を破壊するという目標は達成できなかった。当時はまだ知られていなかったジェット気流による不安定な風にも遭遇した。

同年末、ハーバード大学の科学者たちが開発したナパーム弾を詰めた何千もの爆弾がマリアナ諸島に到着した。名古屋への爆撃を先延ばしにしていたハンセルは突然、解任され、そこにルメイが新司令官として着任する。

第2部「誘惑」では、東京大空襲の詳細が描かれる。ルメイは日本の都市を爆撃するための技術的問題の解決に全力を傾けた。彼の作戦は、B-29の機体に大量のナパーム弾を搭載し、ジェット気流を避け、わずか5000フィート(約1500メートル)の低空飛行によって東京を夜間に無差別爆撃するというものだった。

東京大空襲の悲惨な情景が、帰還した兵士の生々しい証言や後世の歴史家たちの言葉で描き出されていく。ルメイは東京だけでなく、終戦までの間に日本の67都市で爆撃を続けた。

著者のグラッドウェルは、日頃は社会心理学に関する著作が多い。綿密なリサーチに基づいた彼の著作は、日本での受け取られ方とは若干異なり、米国では質の高いジャーナリズムとして評価されている。本書は、幼い頃から戦争や航空機に強い興味を持っていた著者が、個人的興味から執筆したという。先にオーディオブックとして作成された後、書籍化された。

本書からは、いままで自分が知らなかった多くの事実を教えられた。例えば、著者は東京を訪れた際、江東区にある東京大空襲・戦災資料センターを訪れ、建物の小ささと展示の少なさに驚いたという。東京大空襲の歴史は、長崎や広島への原爆投下のようには語り継がれていない。

また、東京大空襲を指揮したルメイが、64年に自衛隊の育成に貢献したとして日本政府から外国人として最高の勲章を授与されていたことは、なんとも皮肉に思われた。

米国では、第2次世界大戦をテーマにした書籍は人気で、数多く発行されているが、その多くが「原爆投下は戦争を早く終結させ、米国人だけでなく多くの日本人の命を救った」とする考えに沿ったものだ。だが、著者は東京大空襲の悲惨さとそこに至るまでの道のりを描くことで、戦争の道義について読者に疑問を投げかけている。連合国は確かに正義の戦争を戦ったかもしれないが、「差別のない正しい戦い方」に沿って行動していたのだろうかと。

■アメリカでアジア系として生きていくこと

Crying in H Mart(Hマートで泣く)』は、ミュージシャン・作家の韓国系米国人、ミシェル・ザウナーの回想録。ザウナーは、米フィラデルフィアを拠点にインディーポップの音楽プロジェクト「ジャパニーズ・ブレックファスト」で活躍している。ミュージシャンの回想録であるが、音楽ではなく、母娘の絆とアジア系米国人のアイデンティティーに焦点が当てられている。Hマートは、北米で展開するアジア系食材を専門的に取り扱う、在米日本人にもなじみの深い韓国系スーパーマーケットチェーン。本書には全編にわたってさまざまな韓国料理とその作り方が登場する。

著者はオレゴン州ユージーン郊外の森の中の家で育った。父親は仕事で忙しく、母親しか話し相手がいない孤独な子どもだった。学校では唯一のアジア系米国人。白人中心の社会に溶け込むのが難しいなか、何事にも厳格な母親の期待に応えようと奮闘し、また萎縮もしていた。それでも夏休みには母親とソウルを訪れ、祖母や叔母の小さなアパートに滞在し、韓国の料理や伝統文化に浸り母方の家族と大切な時間を過ごした。

高校生になり、音楽に熱中するにつれ学校の成績が下がり、母娘は激しく衝突し合うようになった。著者は自分のアイデンティティーの半分である韓国人らしさから遠ざかっていく。大学進学を機に東海岸に引っ越し、クリエーティブ・ライティングと映画制作で学位を取得した後は、ミュージシャンとしての自分の道を切り開こうとする。レストランで働きながら駆け出しのバンドでライブを行い、後に夫となる男性とも出会った。

著者が25歳の時、母娘がようやくお互いの違いを認め合えるようになってまもなく、母親が末期の膵臓(すいぞう)がんと診断される。約半年後に母親が亡くなるまでのことを著者は痛々しいほど克明に記している。看病のため実家に戻り、食欲の落ちた母親に食べてもらうため、YouTubeを見ながら毎日、韓国料理を作った。料理は母娘の絆であり、母親や韓国の伝統と結びついていた。

母の病状に関する描写のなかに、著者の子ども時代や10代の頃の記憶がちりばめられている。若い頃を振り返ることで、母親との緊張した関係、韓国系米国人としてのアイデンティティーの変化、そして韓国料理が彼女の生い立ちと大人になるまでに果たした重要な役割について著者は考察する。

化学療法が2回失敗した後、母親は治療中止を決断し、家族もそれを尊重する。その後の著者の回想には、胸が締め付けられそうになる。思い出作りのため、家族3人で韓国旅行をしたが、母親の病状は現地で急速に悪化した。オレゴンに戻った後、著者は恋人と結婚式をあげたが、母親はそのわずか2週間後に亡くなった。

母親の死後、自分の音楽活動はまるで魔法のように好転したと著者は言う。ジャパニーズ・ブレックファストは、アルバムを発表し、全米各地で公演。アジアツアーの最終公演ではソウルを訪れ、残された韓国の親族と再会した。著者は現在の成功について「母親が自分を見てくれている」と感じていると記している。

本書の発行は2021年4月だが、もともとは18年にニューヨーカー誌に発表されたエッセーを発展させたものだ。長編映画化が決定し、著者は脚本とサウンドトラックを担当する。近年、韓国人アーティストの米国での活躍が目覚ましいが、著者の活動は米国育ちの韓国系米国人として両国の文化が融合されている。ニューヨーク・タイムズ紙のインタビューによれば、昨年のアジア人排斥運動と自分の作品が結びつけられることには警戒感があるという。

本書のメディアからの評価は高い。世代や国がちがっても同じアジア系女性として共感できる部分は多い。強く心に残る本だった。


米国のベストセラー(eブックを含むノンフィクション部門)

7月11日付The New York Times紙より

※ 『』内の書名は邦題(出版社)

1 The Body Keeps the Score

『身体はトラウマを記録する』(紀伊国屋書店)

Bessel van der Kolk ベッセル・ヴァン・デア・コーク

トラウマが脳に影響を与えるメカニズムとさまざまな治療法。

2 Killing the Mob

Bill O'Reilly and Martin Dugard ビル・オライリー&マーティン・デュガード

保守派コメンテーターが20世紀のアメリカの組織犯罪を描く。

3 The Bomber Mafia

Malcolm Gladwell マルコム・グラッドウェル

第2次世界大戦における米国の精密爆撃の担い手とその成果。

4 Greenlights

Matthew McConaughey マシュー・マコノヒー

アカデミー賞受賞俳優が、35年間書き続けてきた日記の抜粋。

5 Untamed

Glennon Doyle グレノン・ドイル

活動家で講演家の著者が、自分の内なる声に耳を傾けるまでの道のり。

6 Caste

Isabel Wilkerson イザベル・ウィルカーソン

ピュリツァー賞受賞ジャーナリストが語る今日の米国の階級制度。

7 The Premonition

『最悪の予感:パンデミックとの闘い』(早川書房)

Michael Lewis マイケル・ルイス

コロナ禍でトランプ政権の公式対応に逆らった医師や研究者らの物語。

8 Crying in H Mart

Michelle Zauner ミシェル・ザウナー

韓国系米国人女性が自身のアイデンティティーを確立するまで。

9 Braiding Sweetgrass

『植物と叡智の守り人』(築地書館)

Robin Wall Kimmerer ロビン・ウォール・キマラー

米先住民の植物学者が植物や動物への理解と感謝について論じる。

10 The Anthropocene Reviewed

John Green ジョン・グリーン

人類を中心とした地球のさまざまな側面を見つめ直したエッセー集。