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【慎泰俊】社名は二宮尊徳の教え 世の不条理をビジネスで解決するネクストユニコーン

令和の時代 日本の社長
「五常・アンド・カンパニー」代表執行役の慎泰俊氏

■体感した世の中の不条理

――最初に、五常・アンド・カンパニーの事業内容を教えてください。

途上国の所得の低い人たちに少額のお金を融資するマイクロファイナンスを手がけています。インドとスリランカ、ミャンマー、カンボジアの4カ国で事業展開し、73万人以上の顧客に金融サービスを届けています。「世界銀行」は途上国の政府に融資して貧困削減をめざしていますが、私たちは「民間版の世界銀行」をつくる目標を掲げて、2014年7月に創業しました。

――マイクロファイナンスに携わるきっかけは何だったのでしょうか?

それは、私の原体験と関わっています。

私の国籍は「朝鮮籍」で、日本国籍はありません。法律的には無国籍でパスポートがないのです。代わりの書類を使って海外に行きますが、パスポートがないので、出入国時はいつも空港で大きな問題になります。このときに味わう「不条理感」はなかなか説明しにくいものです。「生まれたときの状態が理由で、社会的に不利益を被る」ということを世界からなくしたいと、ずっと思っていました。

最初は人権弁護士になろうと思いました。人権運動などに参加しましたが、それだけで世の中を変えるのは難しいと感じました。世の中の「ゲームのルール」は資本主義なのだと痛感しましたので、まずは「資本の論理」を勉強しようと思い、外資系の金融機関モルガン・スタンレーに入りました。

金融の仕事は非常にやりがいのあるものでしたが、それだけをやっていると「世の中の不条理をなくす」という初志を忘れそうになってきました。仕事というものは、その人の世界観にまで、大きな影響を与えるものです。そこで、働きながらNPO法人「Living in Peace」をつくり、国内で初めてのマイクロファイナンスファンドを企画しました。当時、マイクロファイナンスについて何の知識も持っていなかったのですが、自分が得意な金融の分野で取り組もうと考えました。その後2014年に五常・アンド・カンパニーを創業し、マイクロファイナンスを本業として手がけることになりました。

■父からの100万円に救われた

慎泰俊さん(中央)とミャンマーの顧客たち=五常・アンド・カンパニー提供

――マイクロファイナンスは、金融アクセスが難しい人たちにも生活向上の機会をつくる目的がありますが、「必要なお金が、必要なときに借りられる」ということの大切さは、慎さん自身の実体験からも感じていらっしゃると、著書で読みました。

大学卒業後、海外のMBA(経営学修士)をめざしましたが、職歴がないことや国籍のこともあり、うまくいきませんでした。2年間の「ニート生活」を経て、早稲田大学大学院ファイナンス研究科に合格できたのですが、私の家には、入学金と授業料として必要な約120万円がありませんでした。それまで、お金に困ったときは、母が親戚らに頭を下げて何とかしてきましたが、そのときは何ともならなかったようです。

そんなある日、父がポケットから現金100万円入りの封筒を出して渡してくれたのです。父は「児孫のために美田は買わず」という人で、自分や家族のために他人に頭を下げる人ではないのですが、おそらくそのときは、人に頼み込んで工面してくれたのです。残りの20万円は別で工面しまして、大学院に入ることができました。

その後は、大学院に通いながら、アルバイトとして働いていたモルガン・スタンレーに正社員として採用され、投資ファンドのユニゾン・キャピタルでも働き、ずっとやりたかったバイアウト関連の仕事に関わることができました。「あのとき、父親が持ってきてくれた100万円がなかったら、いまごろどうしていただろうか」と、いまでも時々考えます。

「必要なときに必要なお金がある」ということは、大切なことです。それは世界中の人びとにとっても同じで、当時の自分と同じように感じている人がいるはずです。そういう人たちの手助けができるのであれば、それは、すばらしいことだと思います。

――NPO法人ですでにマイクロファイナンスは手がけていましたが、その後、会社をつくることにしたのは、どんな理由があったのでしょうか?

NPOで集められるお金は、資本ではなく、基本的に寄付です。元手が寄付だけだと、規模を大きくするのに、どうしても時間がかかります。NPO法人としてゆっくり事業を伸ばしていくことも、それはすばらしいことですが、もう少し短い時間軸で世界の金融包摂の課題を解決したいと考えて、それには会社形態でないと難しいと判断しました。

■返せない人には貸さない

――現在4カ国で展開していますが、顧客はどんな人が多いでしょうか。顧客は、借りたお金をどのように使っているのでしょうか?

私たちの顧客の99%は女性です。途上国では若くして結婚する人が多く、子どもを産んで専業主婦になっている人たちが多いです。お金を稼ぐのは夫の仕事で、女性は常に従属する立場になってしまう。家庭や社会における地位を高めるためには、女性が融資を受けて、お金を稼ぐようになることが望ましいです。

借りたお金の使い方ですが、例えば、「ニワトリを購入して飼う」という事例があります。ニワトリは日本円で500円ほどで買えて、年間200個ぐらい卵を産みます。仮に1個10円で売れると、2000円になって、500円で買ったものが2000円というお金をつくってくれます。ニワトリを飼うには、最初、囲うケージやエサ代もいりますが、そういうものも含めて、必要なお金を借りられる金融サービスを提供しています。

慎泰俊さん(後列左端)と現地の顧客たち=五常・アンド・カンパニー提供

――お金が返せなくなった人の割合は、どの程度でしょうか?

14年に創業してからコロナ危機が起きる前までの数字でいうと、お金を返せなくなった人の割合は0・5%を超えたことがありません。返せなくなった理由も、事故にあったとか、亡くなったとか、天災にあったというものです。私は、金融機関は「返せない人には貸さない」ことが一番大事なことだと思っています。お金を返せなくなった場合、その人の生活が壊れるなどして、その後がつらくなってしまうからです。

――4カ国で事業を展開していますが、どのように規模を拡大していったのでしょうか?

五常・アンド・カンパニーはホールディングカンパニーなのですが、インドとスリランカ、ミャンマー、カンボジアの4カ国に株式を持っている会社があります。事業を広げるにあたっては、現地のマイクロファイナンスの専門家と信頼関係を築いたうえで、もともとあった会社に資本参加して過半数を取得するほか、彼らと協力していちから会社をつくったこともあります。お金を貸せるのか貸せないのかの判断は、現地のビジネスを熟知する仲間がいないとできませんので、現地の経営者たちと直接会って話しながら関係をつくることは大切です。グループ全体の従業員は約5000人ですが、東京のオフィスには20人ほどしかいません。ほとんどの従業員は、顧客と接するそれぞれの現場にいます。

■ビジネスパーソン二宮尊徳を尊敬

――未上場の五常は、将来もし上場すれば高く評価される見込みがある「ネクストユニコーン」といわれます。新規株式公開(IPO)については、どうお考えですか?

IPOは必要だと考えています。これまで約140億円を調達しましたが、「民間版の世界銀行」になるという目標を達成するには、3000億円とか5000億円といった大きなお金を集めなくてはならないと思います。そのために上場が必要であり、準備を進めています。

――「五常」という言葉が入った社名は、とてもユニークです。どんな意味を込めたのでしょうか?

私が尊敬する19世紀のビジネスパーソンに二宮尊徳(金治郎)がいます。日本では「薪を背負っている人」のイメージが強いですが、彼は、各地の農村をいろいろなビジネスで復興させた人物でもあります。

二宮尊徳は「五常講」という、いまでいう信用組合をつくったのですが、五常というのは「仁義礼智信」です。その価値観に共感する仲間が集まった会社をつくろうということで、社名に「五常」を入れることにしました。社名には「ベンチャー企業っぽさ」がまったくないかもしれませんね。

――会社の目的に共感する仲間が大事なのですね。

私はこの会社を「意思の結集体」だと考えています。創業7年のベンチャー企業なので、まだまだ弱いところがたくさんあるなかで、みんなが同じ方向を向いて、こういう世の中を実現しようという思いを共有することによって、会社のかたちができあがっていく。そこが一致しないと、どんなに優れた個人がいたとしても、なかなかチームとしての成果は出ないと思っています。

――お話をうかがって、五常・アンド・カンパニーという会社は、慎さんの初志がビジネスの原動力になっているように思いました。

これまで、「何で自分だけこんな目にあうのか」と思うことが多かったので、世の中の「不条理」は可能な限りなくしたいと思います。私の場合、自分ではコントロールできなかったものとして国籍などがあるわけですが、同じようにジェンダー、宗教、人種などで同じ思いをする人はたくさんいます。自分がイヤな思いをしたことが多かっただけに、その延長線上で、不条理をなくしたい気持ちが強いです。すべてをなくすのは難しいですが、少しでも、よりよい世の中、よりフェアな世の中に、できるだけ生まれたときのスタートラインがそろうような世界に近づけていきたいです。

人は生まれたときは絶対に悪いことをしていません。生まれたときの状態で社会的に不利益を被るというのは、本人が悪いわけではなく、社会が間違っていると思います。いまの社会では本人が悪いと思わされがちですが、やっぱり変だと思うので、可能な限りそれをなくしていきたいのです。自分が得意としている「金融」を通じて実現できればと考えています。