ルカシェンコ氏は1994年以来、27年にわたって大統領を務め、強権的な統治を続け、欧米から「ヨーロッパ最後の独裁者」として非難されている。今年5月には、政権側がベラルーシの領空を通過していた国際線の旅客機を強制的に着陸させ、反政権派のジャーナリストを拘束。大統領や側近たちへの欧米諸国の制裁措置が強化された経緯がある。
東京大会でのチマノウスカヤさんの亡命希望も、政権の刷新と「自由」を求める反体制派が徹底的に弾圧されているベラルーシの国内事情が反映された形だ。
ベラルーシ・オリンピック委員会はルカシェンコ大統領の長男が率いており、欧州連合(EU)各国はさっそく、チマノウスカヤさんの亡命受け入れの準備を進めているほか、「選手の安全」を保障する国際オリンピック委員会(IOC)や日本政府も適切に対応することを表明した。
一方、チマノウスカヤさん自身は2日、東京都内のポーランド大使館を訪問、亡命に向けた協議を進めているとみられる。ベラルーシ側の反発も予想され、処遇をめぐって国際問題に発展しそうだ。
この問題は先月30日にチマノウスカヤさんがインスタグラムへの投稿で、自分の同意なく、これまで出場したことのない1600メートルリレーへの出場者登録が行われたとコーチ陣を批判したことから、騒動が大きくなった。
米CNNなどによると、チマノウスカヤさんにはこの投稿を削除するよう、チーム関係者から「脅しの電話」があったといい、その後「(チマノウスカヤさんを)オリンピックから排除して帰国させなければならない。なぜならチームの競技の妨げになるからだと告げられた」という。
29日には、ベラルーシ選手団がメダルを一つも獲得していないことに、ルカシェンコ大統領が「ほかのどの国よりスポーツに出資しているのにこの結果は何だ!」と選手やコーチを批判しており、チーム関係者の動向に影響した可能性がある。
チマノウスカヤさんは8月1日、SNSのメッセージを更新し、「IOCに助けを求めている。圧力がかけられ、同意もなく国外に連れ出されようとしている。IOCはこのことに介入してほしい」とのメッセージを流した。
チマノウスカヤさんは選手村を出て、羽田空港に移動。帰国経由便への登場を拒否し、報道陣がカメラを構える中で、警察に保護を求め、亡命希望を訴えた。
NHKの取材に対しては「もともと予定していなかった種目にほかの選手に代わって出場するよう指示され、不満をSNSに書き込んだところ、『政権批判だ』として強制送還されそうになった」などと話した。
IOC広報責任者のマーク・アダムス氏は2日の記者会見で、「彼女は羽田空港で保護され、組織委員会の職員が同行した。彼女からは『安全だ』ということばをもらった」と説明。今後の対応をめぐり、ベラルーシのオリンピック委員会に対して、書面での報告を求めていることを明らかにした。
昨夏行われた大統領選挙では、市民がルカシェンコ氏当選の不正を訴えて大規模な抗議活動を展開。治安部隊と衝突するなどして、多数の死傷者が出る事態になった。
チマノウスカヤさんはその際、自身のインスタグラムで陸上代表チームの一員として反政権デモを支持する声明を出し、「私たちは表現の自由を求める。ベラルーシのどの国民にも自分の声を主張する権利がある。弾圧のない世界を!」と訴えていた。
ベラルーシ国内ではチマノウスカヤさんのバッシングが起きている。国営メディアCTBによると、ベラルーシ議会代表者院(下院に相当)議員のビターリ・ウトキン氏は「彼女の行為は裏切りであり、卑劣なふるまいだ」とコメント。「これはベラルーシで起こっていることを念頭に入れた、あらかじめ仕組まれた政治的な行動の可能性がある」と語った。
さらに、チマノウスカヤさんが羽田空港にいる様子を詳しく伝えたベラルーシの反体制派メディアのジャーナリスト、タデウシュ・ギチャン氏は自身のツイートで、ベラルーシの政権派ジャーナリストからチマノウスカヤさんに対して、「売春婦め」「殺す時が来た」などとのメッセージが寄せられていることを明らかにした。
英BBCは「彼女はベラルーシに残る家族への抑圧を恐れている。彼女にとっての最大の懸念だ」とするチマノウスカヤさんの支持者の言葉を伝えている。