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支えても支えても報われない 「黙っていてはいけない」ヘルパーの怒り、裁判へ

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ホームヘルパー国賠訴訟の原告となった佐藤昌子さん。元日から一人暮らしの高齢男性宅を訪問、洗濯や調理など様々な支援を手早くこなす(撮影は2020年1月1日、福島県郡山市)

京都市内でホームヘルパーとして働く女性(63)は今年、新型コロナの濃厚接触者となった高齢女性の自宅を訪問した。高齢女性が通うデイサービスで感染者がでて全面休業となり、急きょ訪問介護サービスの依頼があった。入浴介助でも、重い認知症でマスクをつけていられない。逆に自分は倒れそうなほど暑くて息苦しくても外せない。

「訪問中に感染する怖さもあるし、自分が訪問先にコロナを持ち込んでしまうかもしれないというストレスもある。本当に不安のなかで働いています」

待遇面では報われない。「この20年間ヘルパーの賃金はほとんど上がっていない。人の尊厳を守る大事な仕事と思っているが、だんだん気持ちが重くなる。このままだったらヘルパーは本当に死に絶えてしまう」

訪問先で高齢女性の食事介助をするホームヘルパー(写真左)。感染防止に細心の注意を払うが、体を近づけてのサポートは避けられない=2021年6月、京都市(ヘルパーステーション「わをん」提供)

コロナ禍で飲食関係の職を失い、この女性が働く訪問介護事業所に応募してきた40代女性がいた。介護技術も急速に上達した。だが間もなく「この仕事では生活できません」と職場を去ったという。

昨年12月。同じ京都市にある訪問介護事業所ヘルパーステーション「わをん」の櫻庭葉子代表(45)は、ヘルパーを派遣している一人暮らしで認知症の高齢女性をどう支えるか、ヘルパー事業の責任者から相談を受けていた。女性が通うデイサービスでコロナの陽性者がでて、年末年始は急きょ全面休業となってしまったからだ。

女性は脳出血の後遺症で体も不自由だ。普段はデイで入浴していた。自宅には風呂場がなく入浴介助はできない。担当のケアマネジャーが近隣のデイをあたったが、かわりの受け入れ先は見つからなかった。

清潔を保つには体をふくだけでは不十分だし、休業中ずっとお風呂に入れなくていいはずがない――。家族と話し合い、同意を得たうえで、女性をわをんに連れてきて、事業所の浴室でヘルパーが入浴介助をした。合計3回。介護保険の訪問介護とは認められないやり方になるので、緊急対応として介護報酬は受け取らずに支援した。「ヘルパーがやらなかったら、誰が守るんや。そんな思いでした」

デイサービスなどで集団感染が起きて休止されたとき、命綱となるのがヘルパーだ。だが、そのヘルパーは極度の人材不足にあえぐ。求職者1人に求人が何件あるかを示す有効求人倍率(2020年度)は14.92倍。同年度の平均1.10倍と比べ、人材不足の深刻さが際立つ。若い世代が就職せず、60代、70代のヘルパーが現場を支える。

さらにコロナ禍が追い打ちをかける。

ヘルパーステーション「わをん」は約10人のヘルパーが働く小規模事業所だ。新型コロナ感染への不安から、主力だった60代後半のヘルパー2人が勤務から外れた。代表の櫻庭さんによると、ひとりは「感染が怖い」と休職の申し出があり、もう1人は持病があって家族に仕事を止められたという。櫻庭さんは「このままでは本当に働く人が誰もいなくなる」と危機感を募らせる。

もともと余裕はなかった経営は厳しさを増す。感染防護具の着脱や消毒などを徹底する時間を確保し、ヘルパーの心理的負担を減らすために、訪問件数をコロナ前より3割ほど抑えた。その分事業所の収入は減る。ヘルパーの減収を補うため期末手当を支給したため、人件費はそれほど減っていない。コロナ対策の「かかり増し経費」への補助金などでどうにかしのいだが、昨年度の収支はぎりぎりだった。

櫻庭さんは「精いっぱいやっているが、先が見えない運営が続き、いずれは閉所しなければならないのかと考えてしまう」と話す。東京商工リサーチによると、20年の「老人福祉・介護事業」の倒産件数は118件と過去最多となった。その半数近くは「訪問介護事業」が占める。

こうしたなか、ヘルパーの労働環境と人材不足について、国の責任を問う裁判が続いている。原告は東京都の伊藤みどりさん(68)と藤原るかさん(65)、福島県の佐藤昌子さん(66)。3人とも現役のヘルパーだ。

ホームヘルパー国賠訴訟の原告となった藤原るかさん(写真左)、伊藤みどりさん(同右)。ヘルパー683人が回答したアンケートの結果を公表し、「我慢しているのは私たちだけじゃない」と訴えた(2021年7月、東京都)

裁判の焦点は、一定期間の勤務表次第で労働時間が変わる登録ヘルパーと呼ばれる働き方だ。キャンセルや待機時間などの賃金未払い分や精神的損害の賠償を国に求め、19年に東京地裁に提訴した。背景には低すぎる介護報酬など介護保険の構造的な問題があり、労働基準法が守られない状態を放置してきた、と国を批判する。

藤原さんは「職業差別があると思っている。おかしいと感じているのは私たちだけじゃない」。原告団がヘルパーにアンケートしたところ、683人から回答があった。年収は150万円台以下が約7割。「8時から18時まで複数回ケアに入っても実働2時間程度の報酬」「人手不足で有給休暇を一度もとったことがない」など、労働環境の厳しさを訴える声が相次いだ。「このままでは次世代は誰もヘルパーとして働かず、在宅介護は壊滅する」と藤原さんは懸念する。「長くヘルパーを続けてきた70代の女性が『私の老後の介護はどうなるの』って言うんです。むなしいですよね」

ホームヘルパー国賠訴訟の原告となった佐藤昌子さん。元日から一人暮らしの高齢男性宅を訪問、洗濯や調理などの支援を手早くこなす(撮影は2020年1月、福島県郡山市)

藤原さんは500円貯金をしながら旅費をため、02年から世界14カ国・地域を訪れ、各国のヘルパーと交流してきた。英国では労働環境改善を求めてストをしたヘルパー、米国では正当な報酬と評価のために「闘う」と語る移民のヘルパーと会った。ヘルパーへの社会的評価はどの国も高いとはいえないが、日本はとりわけ深刻だと感じた。「黙っていてはいけない」との思いが裁判につながった。

新型コロナのワクチン接種をめぐってもヘルパーたちが「差別だ」と憤る事態が起きた。厚労省は2月、コロナで自宅療養中の要介護高齢者への訪問介護サービスの利用検討を求める通知を出した。にもかかわらず当初、ワクチン優先接種の対象は施設職員とされ、在宅系サービスのヘルパーらは外されていた。抗議・要望を受けて厚労省は、自治体判断で優先接種の対象にできることにしたが、患者や濃厚接触者へのサービス提供意思がある場合という「条件」がついた。

「根底にはジェンダーの問題がある」と原告の1人、伊藤さんは考える。ヘルパーの約9割は女性だ。原告らによるアンケートには、「国の中枢は『女なら誰でもできる仕事』と考えている」といった声も寄せられた。伊藤は、工場や事務職など様々な仕事を経験、「はたらく女性の全国センター」で労働問題に取り組んできた。10年前からは登録ヘルパーとして働いている。これまで訪問中の転倒で2度骨折。ひざを痛めていて、痛み止めをのんで自転車で高齢者宅を回る。

「女性が家庭で無償でしてきたケアワークに正当な評価がされず、企業に貢献しない働き方を周辺的な仕事とみなしてきたことが、介護報酬の低さ、ヘルパー軽視の背景にある。AI(人工知能)が発達する未来に残るのは人と人をつなぎ、生活を支える仕事。ケアワークの価値を高めていかなければ未来はない」

ポストコロナの時代は、これまでの価値観が根本から問われる。伊藤さんはそう確信している。