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「世界三大難関」インド工科大、イノベーションを支える「その場しのぎ」の力

World Now
IITデリー校に通う学生=2017年、奈良部健撮影

■頭脳立国への挑戦

IITマドラス校は、広大なジャングルのただ中にあるようだった。学生の多くは敷地内の寮に住み、冗談交じりに「強制収容所」と言われるキャンパスで、勉強ばかりの日々を送る。

IITは悲願の独立を勝ち取った初代首相ネルーが1951年、国家の産業発展に必要な技術エリートを養成し、「頭脳立国」を目指そうと設立したのが始まりだ。手本にしたのは米国のマサチューセッツ工科大(MIT)とされる。

1950~80年代には、カラグプル、ボンベイ、カーンプル、マドラス、デリーの5校しかなく、グーグルCEOのスンダル・ピチャイ氏やソフトバンク元副社長のニケシュ・アローラ氏など、いま世界のIT業界を率いるCEOには、この時代の卒業生が多い。

2000年代になって次々に新しい学校が増え、現在は23校に。それでも競争率は50倍以上だ。毎年、高校を卒業する約1200万人の学生のうち、約1万6千人が入学する。

最も人気なのが、コンピューター・エンジニアリング。市場が大きく、給与も高い分野で、学生たちの強い実学志向がうかがえる。

大学も世界で将来的に需要の高まる分野に重点的に取り組み、IITハイデラバード校は2019年にインド初で世界的にも珍しいAI(人工知能)学科を設置した。同年、米グーグルもインド南部バンガロールにAIの研究所を設立している。世界のAI(人工知能)技術はインド人技術者が支えているといっても過言ではない。

IITハイデラバード校准教授の片岡広太郎さん(41)が驚くのは、インドの学生たちの「手がよく動く」ことだ。課題はとりあえずやってみる。着手までの迷いがない。チャレンジすることへの敷居が低く、失敗をリスクと考えない。「徹底した競争社会なので、より早く物事に取り組んだ方が利益が得られると考えている。とてもハングリー」と話す。

学生は、とことん議論もする。日本の学生が飲み会でやることを教室でやっているようだ。

■あきらめない精神

ウーバーのカラニック前CEOに起業のアドバイスを求めるIITの学生=2016年、ムンバイ、宮地ゆう撮影

「あきらめるのはまだ早い。ジュガールの精神でなんとかしてごらん」。片岡さんは学生にそう語りかけることがある。「ジュガール」とは、資源が限られ、逆境にあっても機転を利かせて素早く解決方法を見つける姿勢のことだ。完璧ではなくても、なんとか目的を達成させる。

片岡さんは言う。「ジュガールは悪く言えば、その場しのぎ。ただ、物事がうまくいかなくても他のやり方を考え、発想を変えてみるのは大切。そこから真にイノベーティブなアイデアや技術が生まれたら、もうけものです」

IITの「QS世界大学ランキング」の順位は、最高のボンベイ校で177位。日本の東大は23位だ。評価がそれほど高くないのは、指標となる留学生や教員数が少ないことが背景にある。

資金力でも、欧米の大学や東大に劣る。だが、お金がない中でも実験道具を自分たちで作って工夫を重ねる。IIT卒業生で別の私大で生物工学を教えるゴウタム・サルケルさん(46)は「自分たちで道具からつくると、既製品を使うだけではわからない発見があり、より深い観察や理解につながる」と話す。

ジュガールはスタートアップ企業の原動力にもなっている。新型コロナの感染が拡大するなか、ワクチンを低温管理して運ぶコールドチェーンの提供や、閉鎖中の学校に代わりオンライン学習を手がける企業が急成長した。

■カーストの分断

指定カーストへの留保政策に抗議する北部ウッタルプラデシュ州の職員ら=2012年、ロイター

一方、インドには、IITへ入るために子どもが塾に通いつめて勉強に専念できるような家庭ばかりがあるわけではない。

インド憲法は、宗教やヒンドゥー教のカーストに基づいた差別を禁止し、社会的弱者を優遇する「留保制度」を定めている。政府は被差別カーストに当たる「指定カースト」を選定し、大学の入学や公務員の就職などの優先枠を割り当てている。IITは入学者の15%を指定カーストに割り当てている。

問題も指摘される。「他の学生との学力差が大きく、補習授業をしなければならない」。ある教員はこう語り、授業についていけない被差別カーストの学生が多いという。もちろん成績優秀者もいるが、教育格差が根強く残っているのが実態だ。

留保制度は公務員試験にもあるが、人口大国インドの職をめぐる競争は厳しい。昨年の公務員試験は約800人の定員に100万人以上が出願した。

このため、高位カースト出身者の一部は「留保制度は逆差別だ」と批判するほか、優遇を求めて被差別カーストと同等に扱うよう自分たちのカーストの「格下げ」を求める暴動も起こっている。

留保制度は差別されてきた人たちへの政策として必要不可欠だ。ただ、制度の存在がかえって人々のカースト意識を固定し、社会を分断している側面もある。

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