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力士志望の子ども時代→音大卒→イラクでがんと闘う子どもを支援する、という仕事 

私の海外サバイバル
シリアから難民キャンプに逃れてきた小児がんの子ども(前列左)も支援している
斉藤亮平さん(左から2人目)。シリアから難民キャンプに逃れてきた小児がんの子ども(前列左)と

今はコロナ禍で出張に行ける回数が限られていますが、1回行くと1カ月ぐらい滞在して、現地のプロジェクトの進行を確認します。行き先はイラク北部のアルビルという大きな都市にある事務所。他にバグダッドやバスラにも事務所がありますが、治安が悪くて日本人が行くのはすごく難しく、私はまだ行ったことがありません。

イラクではがんを発症する子どもの割合が高く、度重なる戦争が影響していると指摘されています。戦争で使われた劣化ウラン弾に起因するとも言われています。一方、過激派組織「イスラム国」との戦闘などで経済状態は最悪。医薬品不足や貧困が原因で、十分な治療が受けられずに亡くなっていく子がいるのです。そんな状況を放置したくないと、支援を続けています。

NPO法人「日本イラク医療支援ネットワーク(JIM―NET)」で海外事業担当をする斉藤亮平さん
NPO法人「日本イラク医療支援ネットワーク(JIM―NET)」で海外事業担当をする斉藤亮平さん

柱の一つが医療支援です。特にがんの治療は1、2カ月で終わるものではなく、年単位で時間もかかる。困窮した子どもや家族が医薬品を買えるようにしたり、通院できるよう交通費を支援したりしています。

小児がんの場合、薬だけ買えるようにすれば十分というものではありません。心のケアのほか、長く学校に通えなくなった子どもたちには勉強の支援も必要です。そのため、学校の授業のような形で勉強を教えたり、子どもたち同士が交流しながら絵を描いたり音楽を楽しんだりできるようにしています。

患者の親の悩みや相談にものっています。がんの知識が十分ではなく「うつるんじゃないか」という人もたくさんいる。正しい知識を提供し、「抗がん剤で髪の毛が抜けてしまった」「吐き気で食べられない」といった状況に戸惑う親にアドバイスしています。

こうした支援をまとめてできるように、2019年にアルビルの事務所に小児がん総合支援施設を造りました。特に感謝されているのが、患者家族に対する宿泊支援。入院につきそう家族が泊まれる部屋もつくったことです。地元では独自のルールがあって、男性家族は付き添いでも病院に泊まれません。そのため父親や兄弟などは公園のベンチなどで寝ていたので、とても感謝されています。

イラクのアルビルに建てた小児がん総合支援施設
イラクのアルビルに建てた小児がん総合支援施設

アルビルはイラク国内だけでなく、国外からの避難民もアクセスしやすい所にあります。そのため、イラクの遠方からくる患者のほか難民となったシリア人の患者も多くいて、一緒に支援しています。

私は子どもの頃、海外のことに全く関心はありませんでした。高校生までは世界史も嫌いで。実は途中まで力士を目指していました。小学生で体重が100キロ以上あって、わんぱく相撲の全国大会で(元大関の)琴奨菊関とあたったこともあります。ただ、ピアノもずっと続けていて、結局、相撲の道に進むのはやめて音大にいきました。

大学で長期休みにバックパッカーで世界のいろんな地域を回ったとき、「こんな世界もあるのか」と。そこから「音楽と国際協力で、何かできないだろうか」と考えるようになりました。

ヨルダンの難民キャンプで子どもたちに音楽を演奏する斉藤亮平さん
ヨルダンの難民キャンプで子どもたちに音楽を演奏する斉藤亮平さん

大学卒業後、青年海外協力隊に申し込み、合格通知に書かれていた派遣先がシリアでした。2年間、子どもたちや音楽の先生に指導しました。シリアという国はすごくホスピタリティーがあふれる国で、自分が帰るべき場所の一つになりました。

その後、日本で会社員をしていた11年にシリア紛争が起きました。第二の故郷と言うぐらい好きになった国がどんどん戦乱に巻き込まれて苦しんでいる状況を見聞きして、「これはなにかしなきゃ」という衝動にかられました。ちょうどそのとき、シリアの隣国ヨルダンの難民キャンプで子どもたちのケアにあたる活動の募集があり、退職を決めました。今考えると、正社員の道を捨ててよくいったなと思います。青年海外協力隊の経験だけだったら、今の仕事をしていなかったかもしれない。やはりシリア紛争が起きたことで、何か中東の人たちと関わることをしていきたい、との思いが強くなって今の仕事をしているんだと思います。

イラク国内のシリア人難民キャンプで音楽ライブをする様子
イラク国内のシリア人難民キャンプで音楽ライブをする様子 ©KEIKO TANABE

最近、イスラエルとパレスチナのガザ地区の間で軍事衝突が起き、国際的に注目されました。イラクやシリアに関する報道も激しい戦闘がなくなれば減ります。現地の人は「もう世界は僕たちのことを忘れている」と口にします。でも、現場を見て感じるのは、「報道がない=問題が解決している」ではないということです。

シリアでも、現地にいるうちのスタッフが、「紛争以来、この10年間で今が一番状況が悪い」という話を地元の人たちから聞いています。でも、そういうニュースはなかなか入ってこない。ニュースがなくても、貧困の問題が解決されているわけでも、シリアやシリア人を取り巻く問題が解決されているわけでもない。小児がんの子どもたちへの支援をこれからも続けていかなければいけないと感じています。

手作りした中東料理
手作りした中東料理

料理が趣味で、オフの日は中東の料理を勉強しています。現地の人からよくご自宅に招待してもらいます。食事がおいしいと思ったご家庭やお店では、直談判してレシピを教えてもらっています。特に中東の家庭料理にひかれます。中東料理は日本人の口にもとてもあうと思います。日本に帰ってから作って振る舞うと、受けはすごくいいですね。

5年ほど前に、ロックバンド「LUNA SEA/X JAPAN」のギタリストのSUGIZOさんとフォトジャーナリストの佐藤慧さんと3人でバンドを組み、中東各地の難民キャンプをまわるライブ活動をしています。これまでの経験から、音楽によってシリア人の子どもも大人も元気をもらえると分かっていたので、「ぜひ一緒にやってもらいたい」と直訴して、実現しました。

難民キャンプは僕たちが想像する以上に閉鎖的な空間で、自由に外に行き来することも難しい。すごくストレスがたまり、難民キャンプに住む人は自分たちのことを「監獄に入った動物のようだ」と言う人もいます。音楽を演奏すると、老若男女問わずみんなが体を動かして全身全霊で歌ったり踊ったりしてくれる。その姿を見ると、衣食住の支援はもちろん必要ですが、心の潤い、心の栄養という面もケアしないといけないと感じます。(構成・中村靖三郎、写真は斉藤さん提供)